わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

プラス5分で「乗法の意味理解」

昨日の続きというか補足です.
「かけ算には順序があるのか」という問題設定の新しさについて,著者ブログを見ました.「かけ算の式の順序」といった表記として,目にすることができるのは,2010年11月の量についての交換法則 | メタメタの日からで,例えば2009年はじめごろには「かけ算の式の順番」と書いています.
同月29日追記:2010年2月にかけ算の式の順序についての調査結果(2の1) | メタメタの日がありました.
「掛け算の順序」という表記が見られるものとして,http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0018.html#a19980821195612を指摘することができます.また少々古い(2009年1月)ブログ記事の中で「かけ算の順序」が何度も現れるものには,http://math.artet.net/?eid=1047624があります.
さて,「かけ算には順序があるのか」を問題として設定したい(算数・数学教育の専門家の間でも検討してもらいたい)ならば,表記を含めたその問題設定が妥当なのかが問われます.専門家でない者が,学術・実践などの蓄積を踏まえずに論を立てても,無視されておしまいです.
なお,「かけ算の式には順序があるのか」と書いたとしても,乗法の結合法則に関すること,すなわち「a×b×cを計算する際,(a×b)×cとするのかa×(b×c)としてよいのか」といった,式の評価の順序と,間違えられないようにしないといけません.
次に「蓄積」について.1972年(昭和47年)の朝日新聞の記事だとか,それを受けて遠山啓がトランプ配りを主張したとか,あるのですが,被乗数・乗数を逆にすると間違いとされる出題例は,書籍で確認できるものでも,昭和40年代前半に見られます*1.その時点から論争があったのをうかがい知ることができますが,その出題をするからには,乗法の意味理解について,算数の教育・指導に携わる者の間でコンセンサスがあったとも言えます.
アレイ図などと呼ばれる図をもとに,交換法則を主張することについて,考えてみましょう.ですが,場面を表す式が2つ以上あるか,1つに限られるかは,問題文の書き方(授業であれば,問題の与え方)によるところが大きいのです.
実際,図から式を立てるなどで,問題文から「一つ分の大きさ」が2種類,見出せるとき,交換可能な2つの乗算式がいずれも正解になる,という出題は,書店の問題集などでも,見つけることができます.そこでは「2つ書きなさい」などの配慮がなされています*2
別解が存在し得る点に関しては,「答えを,どのような状況で求めるか」のプロセスに注意したいものです.いろいろな考え方を発見・紹介して,授業中などで皆と共有する状況と,採点されることを意識して(一つの)解答を記述する状況とで,とる行動が異なります.前者については,現在の小学校の中でそのように行っています.
トランプ配りの考え方が授業で無視されているのかというと,そうでもなく,例えば一つの木に5種類の花が咲き,そんな木が4本あるという「ふしぎな花のさく木」(『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』p.49)のように,特殊な場面設定として,考慮されています.
「解答を記述する状況」について,採点者は遠山啓ではないという事実から出発したいと思います.もちろん解答する子ども自身でもありません*3.目にすることのできない採点者との,バトルといってもいいでしょうが,コミュニケーションととらえることもできます.文章題は算数というより国語だという主張は,この点があるのだと思っています.
問題文で与えられる情報をよく観察し,ときには補助線を引くだとか,そもそも言葉だけの問題だったら図にするだとかしながら,問題解決のコンセプト---では分かりませんよね---「何を使えば解けるか」を発見します.問題文の記載内容をフル活用し,式をたてて計算して,単位を添えて答えとするか,「説明しなさい」の形式の問題なら,計算で得られた数量を使いながら,言葉にします.
『かけ算には順序があるのか』p.40には,「4個/人×6人=6個/回×4回」という,単位付きの式があります.しかし学校教育の場では,単位を付けず*4,場面をもとに式にしたり,場面と式から「4×6」や「6×4」が何を表すかを読み取ったりしています.
「一つ分の大きさ」と「1あたり量」は違う種類の情報です.「1あたり量」は,「4個/人」のように,「/」を含む単位で表されます.この表記や考え方は,学習指導要領およびその解説や,教科書には見られません(ただし,授業の中でそれを教える先生はいるかもしれません).高学年になってもです*5
もし,単位付きの式を学校教育の場で普及させようとするなら,理論・実践の両面で,過去の成果や批判を見直し,それでもなお優れていることを関係者に納得させ,実験し,そして教科書や学習指導要領に書かれるといった流れまで,想像していないといけません.
まず理論について,新規に作るのはコストが高すぎる上に専門家の受け入れも困難になりますから,『量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)』あるいは『量と数の理論 (1978年)』をベースに,量に関する乗法の交換法則を取り入れるか,「3km/(km/時)×4km/時」といった式を認めるようにする*6のが,手軽でしょうか.矛盾や不具合が起らないかどうかは,保証できません.
実践面ですが,乗法の交換法則の適用以前に,「/」を使った単位の使用が小学校2年生に対して効果的でないと判断し,採用していない事例が知られています.私が読んだのは『算数入門 かけ算プリント集―すぐに授業ができる解説付』と『かけ算とわり算 (子どもを賢くする―よくわかる算数の授業)』で,いずれも基本的には数学教育協議会の指導方法を用いています.乗法に関する,遠山啓や数学教育協議会の考え方・教え方への批判は,『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』pp.113-114,かけ算と量、そして式-個人的思い出も込めて-から読むことができます.
別の対立軸として,「かけ算だけの問題だ」と「加減乗除の中でかけ算の意味を考えるべきだ」があります.
加減乗除の中でかけ算の意味を考える」際のキーワードは,「演算決定」です.問題文から「これは,たし算(の式で表せばいいの)かな? ひき算かな? かけ算かな?」と自問・発問するのが一例です*7.乗法の式に合う文を,演算や被乗数・乗数に注意して選ばせるという問題が,昭和44年に見られます.
乗法の文章題に対して,「これは,何を使って答えを出すことができるか」を考えるとともに,これまで学んだことの中から選びます.それが「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」であるならば,次に,一つ分の大きさと幾つ分になる数を発見して,式にします.これが,想定される解き方であり,「(小学校の第2学年における)乗法の意味理解とは何か?」と聞かれたら,これが答えとなります.
除法も,加法も減法も同様です.注意するのは,学年が上がるにつれ「何を使って」のところが増えることです.
「かけ算だけの問題だ」が低コストなのは2年生のうちだけで,3年生になり除算,4年生では小数を含む乗除算と,計算対象の範囲が広がり,解くのに使うルールが増えてきます.文章題では,問題文を見て「かけ算を使って答えを出すことができるか」を判断することが,解答作業に含まれます.判断結果がnoなら,他の,見込みのありそうな演算に当たります.高コストだし,着実に正解が得られることが期待できません.
かけ算の問題に限っても,情報過多の場面において底辺と高さを発見し,平行四辺形の面積を求めることが要請されるものがあります*8.乗法の交換法則や,「平行四辺形でも,見方を変えれば底辺と高さを変えられる」といった知識は,その種の問題を解くのに寄与しません.
その事例で中心に置くべきなのは,「平行四辺形の面積は底辺×高さ」です.さらに,「どんな約束事(書き方,公式など)があるか」を理解し「与えられた問題に対して,どの約束事を適用すればよいか」を判断することです.面積の公式は,学年に応じて学ぶ知識の一つであるのに対し,適用の仕方については,1年生から,学年に合った事例で学ばせ,習熟を図りたいものです.
「演算記号の左と右に何を書くべきかは,反対にすると結果が異なる減算と除算のときだけ考えればよい」という方針を,小学校の算数教育では採用していません.「なぜ?」を考えるよりも,本心でそうありたいと思っている人は,専門家や文科省の方々に採用してもらうよう,働きかけてください.もちろん歴史的経緯や重要な概念を論文や図書で調べ,理解した上でないと,無視されるか,適当にあしらわれるだけです.
本日きちんと書くことのできなかった,現在の教育を語る上で大事な(そして「トランプ配り」が出たころには確立されていなかった)キーワードに,「指導と評価の一体化」があります.もしこの言葉を初めて見たという人は,まず,それがどこに見られるかを是非一度確認してください.そしてこの概念を,ミカンの問題に組み込むとすればどうすればいいか,学校の先生になりきって,考えていただければと思います.

*1:算数・数学教育つれづれ草』p.46,『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』p.117.

*2:交換可能とは異なりますが,平成19年度 全国学力・学習状況調査の小学校算数B大問1(1)では,長方形のまわりの長さを求める式を,選択肢の中から2個選ばせています.

*3:先生が正解を言い,その場で子どもたちがマルバツをつけるというのは除きます.それと本音を言えば,子どもの頭の中に,仮想的な採点者を持つと言いますか,いったん書いたものを「それが提出されたらどうなるか」と考えながら,見直せるようになってほしいものです.

*4:算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.179によると,式は,関係記号を含まない「フレーズ型の式」と関係記号を含む「センテンス型の式」に分けられます.センテンス型の式すべてと,演算記号を1個以上使ったフレーズ型の式を,説明などで日本語の文の中に使用するのから避けている,と言ってよさそうです.

*5:学習指導要領および解説では,「基準にする大きさ」「単位量当たりの大きさ」が見られます.これらは「10を,基準にする大きさとする」だとか「0.1m当たり…」といった量のとらえ方ができますが,「1あたり量」だと困難なように見えます.

*6:『量の世界』に見られる「内包量の第2用法」では,我々の言う「かける数」(当初,「かけられる数」と書いていましたが,「かける数」に訂正します)は外延量とされています.しかし「3km/(km/時)」も「4km/時」も,外延量には見えません.なので,「3km/(km/時)×4km/時」を認めるためには,第2用法とは別の意味付けに基づくことが必要なように思えます.なお,「割合の第2用法」は,それを積極的に使うかどうかは別として,乗法の意味に関して知っておいて損のない概念だと思います.

*7:ただし,演算決定は,「加算か減算か」と「乗算か除算か」で考える事例が多いようです.演算決定という言葉は,1957年の「書かれた問題解決のための作問指導:特に演算決定との関係考察」にも見られますが,1997年に出された「乗法・除法の演算決定に有効にはたらく数直線の指導」は,項目や図が整理されていて,一読の価値があります.現行の学習指導要領解説では「演算の決定」が1回,一つ前のものには「演算決定」と「演算の決定」が1回ずつ,出現します.

*8:平成19年度 全国学力・学習状況調査の小学校算数B大問5(3).