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「なぜエンジニアは文章が下手なのか」の数式

Software Design (ソフトウェア デザイン) 2012年 12月号 [雑誌]

Software Design (ソフトウェア デザイン) 2012年 12月号 [雑誌]

定期購読しています.表紙にでっかく書かれていますが,「なぜエンジニアは文章が下手なのか」が第一特集になっていまして,読みました.
読み終えて,最初に思い浮かんだ言葉は,「力作」です.自分自身これまで,学生の文章やスライドに目を通して意見を言ったり,論文その他で文章を書いたりしていて,暗黙知(たまに形式知)はある程度,持っているつもりです.この解説には,自分の思いとずいぶん重なる形の情報整理やアドバイスが,明示されていました.図も豊富で,ひとつひとつなるほどです.
5つのパートに分かれていますが,いずれも著者は開米瑞浩氏です.いわゆるかけ算の順序論争で今年のはじめ,お名前を取り上げました*1が,それより前に『ネーミングの掟と極意 (エンジニア道場)』を読んでいました.- 「掛け算順序固定」問題対策本部 - アットウィキが更新されないのは残念ですが,用語:かけ算の順序 - 「×」から学んだこと@wiki - アットウィキからリンクさせてもらい,この件についても,今年の「荷下ろし」ができたかなと感じています.
うしろに影響しない,この特集への苦言を2つ,書いておきます.国語教育への批判(pp.26-27)はポジショントークであり,図1(p.19)の「異文化コミュニケーションに関する問題」「責任転嫁の誘惑」の典型例であるように映りました.それと,エンジニア向け文章としては,既存の文章のリンク先を示すことで,全体の文章量を減らすことができ,かつ力点の置くところがより明瞭になるのですが,この点へのアドバイスが見当たらないことも,少々残念に思います.


といったところで本題です.特集の中で,ピンポイントに引っかかった記述があります.

ここで、ある論理構造を別な形式で表現した例を見ていただきましょう。

A:5に3を足すと8になります(自然言語数式)
B:5+3=8(記号数式)

(p.27)

Aのほう,「5に3を足す」ではなく,「5と3を足す」では? というのが第一感です.
ただし,この文では,書き換えると「5と3を足すと8になります」となって,「と」が2度出現するため,敬遠したくなります*2
「5に3を足す」と「5と3を足す」は,1文字違いです.google:aにbを足すの上位に「aとbを足す」が出るくらい,互換性のある表現と言ってよく,前後の記述やリズム感をもとに,どっちかを選べばいいようにも見えます.私自身,書いてみた文章を推敲する段階であれば,そんなプロセスで選んでいます.
引っかかったのは,書き手が「5に3を足すと8になります」を思い描いて「5+3=8」と記したものの,読み手はその数式を見て「5と3を足すと8になります」と解釈するのではないかということです.


算数の,やや細かい話をします.「5に3を足すと8になります」は,加法が用いられる場合のうち増加(または添加)に,「5と3を足すと8になります」は合併に,それぞれ対応づけられます.増加・添加は,たされる数とたす数に区別があり,たされる数,この場合では5が基準量となります.その文脈では,「3+5=8」という式は基準量が3となり,話が変わってきます.それに対し合併では,たされる数とたす数に実質的な区別はなく,3+5=8と書いても差し支えないという立場です.
ここで一つ,シナリオを立ててみます.
書き手はたし算の式を一つ,示しました.そこで念頭に置いていたのは,増加の意味です.たされる数にたす数が作用して,和となる数量を得るという見方です.しかし読み手は合併の意味で受け取りました.2つの数量を対等のものとして,和となる数量を得る演算です.*3
一例だけならいいのですが,書き手がその式をもとに,たされる数すなわち基準量を固定させ,たす数と和が変動する例を示しながら,たし算の特性を述べていったとします.そうすると,合併で考える読み手は,読み進めていって「それはたし算じゃない」と感じる…
かけ算の順序論争も,この種のミスコミュニケーションが,原因のいくらかを占めているように思えます.
そこでのフラストレーションは,その種の文章題をもとに,学校教育を批判する文章からうかがい知ることもできますが,批判を読んだ自分の中にもよく,発生しています.


たし算とかけ算について,補足をしておくと,かけ算にも,かけられる数とかける数の区別をする見方とされない見方があり,それぞれ「倍(multiple)」と「積(product)」という用語で区別できます.日本の算数においては,合併と増加を1年で学習し,合併が優位です.かけ算のうち,倍は2年なのに対し,積は例えば面積として4年で学習します.
またアレイもしくは- 「掛け算順序固定」問題対策本部 - アットウィキにある「アレイ・グリッドモデル」は,積の離散的表現の一つですが,2年では,それを立式の手段として採用していません.まったく見られないというわけではなく,囲い込みなしのアレイ図に対し,そこから「一つ分の大きさ」と「いくつ分」のペアを見つけてかけ算の式で表すという活動がなされています*4
アレイは,総数を求める対象であり,また交換法則や分配法則を視覚的に理解する手段としても活用されていますが,いくつかの本から学んだのは,乗法の意味理解の手法としては不十分・不完全だということです.


さて,ミスコミュニケーションを減らすには,どうすればいいでしょうか?
かけ算の順序論争で,先月末から,その取り組みを行っています.Wikiにすることです.上にもリンクしましたが,この件では先行するWikiがあります.
いま進めているWikiは,主張ではなく,用語や文献を主体にしています.Web上で見かけるけれども書籍などには載りにくかったり,どうやら一義な使われ方をなされていなかったりする語句*5を,自分なりに解説し,文献と関連づけています.文献を起点として,そこに現れる主要な用語にリンクすることも,行っていきます.文献ごとの相互関連を示すことも可能です.
メッセージも大事だけれど,それを支える,みなが共有できるようなデータベース,すなわちナレッジベースを充実させていこう,という方針で,継続的にアウトプットしていこうと考えています.
Wikiはまだまだ始まったところです.文章表現の洗練さとしては,wikipedia:かけ算の順序問題にさえ及んでいないのは,承知しています.暖かく見守っていただければと思います.

*1:なぜ教材研究.雑報の完成形であるとともに,前年末からの検討の集大成という面でも,お気に入りの一つです.

*2:「5に3を足すと8になります」だと,「に」が2度出現しています.なぜこちらの文では違和感が少ないかというと,この文は「5に3を足すと,8になります」と切って読解することができるからです.「5と3を足すと,8になります」と切っても,一つのまとまりに「と」が2度出現するのは,変わりません.

*3:この種の2つの表記・解釈は,算数や国語だけでなく,英語にもあるように思います.少なくとも個人的には,"Your idea is the same as his assertion."と"Your idea and his assertion are the same."はそれぞれ違う印象を受けます.

*4:乗法の交換法則,あるいは長方形の縦と横に実質的な区別がないことから,「一つ分の大きさ」と「いくつ分」のペアは少なくとも2つあります.しかし,3行4列のアレイから,「2×6」や「6×2」も得ることができます.そういった形で,意図的な数量を用いた出題をもとに,子どもたちから,1個,2個にとどまらず多様な答えを引き出す活動が,広く見られます.

*5:「順番」「掛け算順序固定」といった,表記の揺れについても,何とかできればと思っています.