わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

コメントから,広がりを見せる

昨年末から,かけ算の順序関連の記事で,「呑み助」もしくは「nomisuke」というお名前によるコメントを見る機会が増えています.
これまでに見てきたものを,リストにしておきます:

ざっと読んだ所感として,独自の観点が前面に出ており,ブログ主さんや,あとでコメントを見る人への配慮が欠けているように映ります.いくらか,相手を意識した儀礼の字句はあるものの,あっという間にかき消され,なんだか一人相撲をしているように,思えてなりません.
一連のコメントが無視されているなあと思って,読み進めると,他のコメンターさんや,ブログ主さんとのやりとりを見ることができ.何か反応したいと思わせる,ある種の文才はありそうです.(実際私もこのエントリを書いているわけですし.)


ブログ主さんの反応から,いくつかつまみ食いします.

IshidaTsuyoshi 2014/01/15 10:40
(中略)
蛇足ながら、小学校で習う掛算において「3+3+3+3+3 は 3×5 でもあるし 5×3 でもある」と言える例を示しておきます。

3+3+3+3+3 を下のように図示します。

●●●●●
●●●●●
●●●●●

これを 3×5 と 5×3 のどちらで式に表しても、まったく間違っていません。さすがに、これを「3×5 でなければバツだ」と主張される小学校の先生は、居ないか、居ても極めてまれでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/IshidaTsuyoshi/20131130/1385778521#c1389750025

その黒丸の並びから話を始めるのなら,たしかに,目にしてきた多くの算数の本で,3×5でも5×3でも表されますが,「かけ算の順序論争」の文脈では,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」といった出題に対して,場面を,そのような並びで表現するのが適切かが,問われることになります.
言い換えると,アレイを,かけ算の問題における「対象」と見るのか「手段」と見るのか,です.そして実情を言うと,対象とするのほうは国内外で広く見られ,一つの配置に対するかけ算の式は様々です(*).手段とするのは,School Math Study Group (SMSG)が1960年代に提唱し,数学教育の現代化運動とともに,下火となっています(*).シドニーで実施された,小学校2〜3年の長期調査にも,そのような手段は出てきません(*).
アレイでかけ算を考えるのでは,(-3)×4=-12,3×(-4)=-12,(-3)×(-4)=12といった,正負のかけ算には対応できない(*)のも,気になります.正負のかけ算の理解でよく用いられるのは,数直線です(*).かけ算の性質を理解し共有するためのツールは,いろいろあり,適材適所を考えたいところです.アレイは,交換法則や分配法則を可視化するのには有用ですが,結合法則や,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉への適用は,国内外の算数・数学教育において確立しているとは言えないのが,本やWebの情報にあれこれアクセスしてきた者としての結論になります.
「文章題→図(の選択)→式」の流れによる出題が昨年ありました(*).「文章題→式→理由」の流れも興味深いです(* *).

その「約束」は『掛順こだわりに意義があると盲信している教師』の教室でだけ通用する『俺ルール』です。上に書いた「人類全体のほとんどが合意している約束」には、そんな「ルール」はありません。

http://d.hatena.ne.jp/IshidaTsuyoshi/20131130/1385778521#c1390384788

外国の算数においても,『俺ルール』と称されている約束を前提とした出題例を,見ることができます.

算数教育に関する英語文献では,イエスバット法で,a×bとb×aの違いを確認する事例が記されています(* *).
国内では,商品(袋詰め,箱入り)の「×」はほとんどが「一つ分の数量×いくつ分」になっていること(*)を,ご確認いただければと願います.レシートはどっちもあります(* *).そういった校外の調査は,算数と日常生活との接点になります(*).

現在「同数累加」の考え方はどういう扱いかというと、
「3×4の答えは、3+3+3+3でもとめられる」
という表現になっています。
同数累加は、かけ算の「定義」でも「意味」でもなく、かけ算の答えの求め方の一つという位置づけです。

3×4=3+3+3+3 とは導入しない | メタメタの日

その解釈は,小学校学習指導要領解説 算数編で「累加の簡潔な表現として乗法による表現が用いられる」や「累加としての乗法の意味は」と書かれていることと整合しません.
PDFだと,http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=27で読めます.一つ前(平成11年5月、平成19年7月一部補訂)にも同様の記述があります.
乗法の単元を解説している,手元の複数の本で,かけ算の式が最初に現れる直前に,累加の式があります(例えば*).「2+2+2+2+2って書くのは大変だね.これからは2×5と書こう」が意図されています.かけ算の答えの求め方(かけ算が先,累加が後)ではなく,累加が先にあって,かけ算の書き方へと誘導しているわけです.
あと,2+2+2の式は算数において3口のたし算とも呼ばれますが,「まとめて数える活動」として,1年(*)・2年で学習します*1.米国の基準の,"Work with equal groups of objects to gain foundations for multiplication."が関連します(*).

遠山啓には72年に「6×4、4×6論争」について書いた文章があります。(著作集「数学教育論シリーズ5」114頁以下)

3×4=3+3+3+3 とは導入しない | メタメタの日

「6×4,4×6論争にひそむ意味」のみでは,遠山の教育観(時代によって変化していることを含めて)を理解できないんじゃないかなあ,という印象を持っています.
というのも,その文章では「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」も挙げて,4×6でも6×4でもよいと主張していますが,この机の件はアレイを背景としています.遠山自身はアレイという言葉を使わず,それと同等の教具として,タイルを並べたかけ算を紹介しています(*).ですが1979年の講演で「いままでの「タイル×タイル」というのは,子どもにはなかなかわからない」と言っています(*; ウサギの耳の数でかけ算を考えることについても,不適切だったと釈明しています).
アレイを援用したかけ算の意味づけは,上に書いたとおり衰退の道を進むのですが,そのことを1972年当時に予見できていたとは思えません.
「1972年」「遠山啓」に関して,あと一つ,同年の同氏の著書との関連も気になります.現在では『さんすうだいすき 第10巻 かけざんをやろう』で読める本です.この本の7の段の中に「8ひき ならんだ 7ほしてんとう虫。ぜんぶで ほしは いくつ?」という問題があります.本の全体構成を踏まえた上で,それを8×7の式で表してよいと読むのには無理があります.
現在の視点で見たとき,かけ算の順序を逆にした式を不正解にするのはけしからん,正解にせよと主張したいときに,数学者であり算数・数学教育にも影響を与えた遠山啓の著作を都合良く借りているように,感じてなりません.その傍証となるのが,海外の掲示板の反応(*)や,かけ算の問題の子どもたちのストラテジ(*)で,それらにはトランプ配りが見当たらないのです.


本記事のはじめのほうに「独自の観点」と書きましたが,当該コメンターのほか,各ブログ主さんも(もちろん私自身も),独自の観点を持って,それを明示するかしないかは別として,文字にしているわけです.
かけ算の順序論争を通じて,いろいろな観点あるいは対立軸を見ることができます.

  • □×△ではなく△×□と書いたとき,正解でもよいか不正解とすべきか
  • 国内の問題か,国際的な観点で論じるべきか
  • 算数(教科教育)に限定するか,数学(学問)まで考慮するか
  • 算数の問題か,日常への適用を考えるか
  • 学級・学校の指導を尊重すべきか,親や部外者が入って変えていくべきか
  • 単一か,多様か
  • かけ算には順序があるのか,ないのか

何か意見を見かけたら,真っ向反論するほかに,上の(あるいは他の)軸から選んで,元の意見にない観点を提示すれば,自分の土俵に引き込める……なんてことを推奨するわけにも,いきませんね.
Xを選ぶならYではない(XでないならYを選ぶ),という暗黙の前提が置かれていないか,意見や提案を読みながら,冷静に考えないといけないように思っています.
見直してみると,上で挙げた対立軸はいずれも,ケースバイケースなものばかりです.「かけ算には順序があるのか,ないのか」を例にとると,「かけ算」や「順序」が何を指すのか明確にした上で,順序のあるかけ算もあるし,順序のないかけ算もあると考え,出題など各事例を振り分ければいいのです(* *).「順序のあるかけ算」「順序のないかけ算」を,ある紀要論文(*)の用語に対応づけると,それぞれ〈乗数と被乗数が区別される文脈〉〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉となります.
コメントのやりとりをざっと読みまして,近視眼的な流れをたどることのないよう,「交通整理」ができないものか,と思いながら,本記事をリリースします.
自分は今後も,事例や主張を収集・整理していき,当ブログにて取りまとめていくとします.さしあたりの目標は,二重数直線・割合・3用法・比例関係・Core Standardなどを含んだ,小学校高学年向けの「かけ算の順序」のQ&A集づくりです.

*1:構文的には2+2+2も3+2+5も,3口のたし算ですが,まとめて数える活動では同じ数どうしのたし算に限定されます.たし算の式を使用せずに(2,4,6,…と数えながら),総数を求めることもあります.