わさっきhb

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第2用法 その後

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今年の1月29日リリース,とのこと.あのころはというと,算数の教科書とその指導書の問題点に対してRe: 算数の教科書とその指導書の問題点を書いたものでした.同月にかけ算の式と言葉の順序 メモ海外のかけ算のQ&Aを取り上げると,@genkurokiさんのツイートで言及があったあと,翌月にご自身のサイトに付け加わっていたのも,ぼんやりと覚えています.
さて,冒頭のリンクには,途中で,第2用法にリンクされています.リンクに感謝,の一方で,2011年7月から現在までの間に,いろいろ情報を見てきておりますので,振り返ってみることにします.以下で,リンク先のない引用は,冒頭のページに書いてあった内容からです.

8人に鉛筆をあげます。
1人に6本ずつあげるには全部で何本いるでしょう。
「8×6=48」と答えた方、小学校のテストではバツになるかも知れません。

に対し,

一人ずつ呼び出して6本ずつ渡していく方法をとれば
6×8
が正しいことになる。
だが、6色の色鉛筆を配るのに、赤を8人に配り、青をまた8人に配り、同様にして6色、すなわち6本ずつ配る場合には、
8×6
が正しいと言えよう。

と進めていますが,「一人ずつ呼び出して6本ずつ渡していく」と「6色の色鉛筆を配るのに、赤を8人に配り、青をまた8人に配り、同様にして6色、すなわち6本ずつ配る」は,算数教育において異なる場面設定とみなされます.
後者について,「6色の色鉛筆」という情報を追加し,配り方を指示しているのには,その背景に直積(デカルト積)があります.配り終えたのち,色に着目すると,1色につき8本,それが6色あるので,8×6=48という式を書くことができ,受け取った人に着目すると,みな6本ずつ持っていて,8人いるから6×8=48という式が得られます.
1つの場面に対して2つの(かけられる数とかける数を交換した)かけ算の式が得られることは,日本の算数でも認識されており,デカルト積のピクトリアルにいくつか事例を載せています.
直積で表される対象は,「『一つ分の数』×『いくつ分』」に帰着させて立式することが可能です.そのことは,1960年代の文献で,数学教育の現代化運動に関連して指摘があり,ここで主要なところを引用しています.図はアレイ図(2. 最古のアレイ図?)に載せています.
ただしその文献では,1つのアレイ図に対応するかけ算の式は1つだけです.2つの式になるのは,『一つ分の数』の取り方が2種類あるからです.『小学算数なっとくワーク2年生』の中の出題(p.101)で,2行8列の長方形配置から2×8=8×2を導いています(1, 2).
「一人ずつ呼び出して6本ずつ渡していく」には,直積が現れません.累加で「6+6+6+6+6+6+6+6」,あるいはそれをかけ算にして「6×8」と書くことができる,という次第です.
配り方については,いくつか指導や出題の例があります.比較的最近のものを挙げると,『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』では「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」を出題し,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を,指導上の留意点として挙げています.また東京都算数教育研究会の学力調査では,「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 4こずつ ふくろに 入れて くばります。くばる みかんの 数を もとめる しきを かきましょう。」と細かく指示しています(詳細).
そのような問題設定から,『一つ分の数』を発見することが,授業を通じて学習され,テストで問われてきたわけです.

一方、2%の食塩水100gの中にある食塩の量は
100X0.02=2
0.02X100=2
のいずれが正しいのだろうか。
2%というのは、0.02倍のことだから100gの0.02倍で 100X0.02=2 と考えることができる。
しかし、一方で2%というのは、1g中に0.02gある食塩を表わしているのだから、その100倍で 0.02X100=2 と考えることもできる。
『一つ分の数』×『いくつ分』の順序を採用してなお、二つの順序がありうるわけである。

この2つの式と論拠について,「順序」とは別に,注意したい点があります.「100X0.02=2」と書いたときの100は食塩水の質量,2は食塩の質量に対応します.一方,「0.02X100=2」については,0.02も2も食塩の質量と見ることができます.
実のところ,異なる種類のかけ算となっています.
ではどんな種類のかけ算があるのかというと,かけ算の「構造」や「モデル」として国内では1970年代,海外でも同時期から1990年代にかけて検討がなされ,論者によってさまざまな分類が提案されてきました.
この食塩の話に近く,2年生向けのものとして,次の出題があります.

コニーは4個のおもちゃの車を買いたい.1個は5ドルする.いくら払わないといけないか?

1988年のmultiplicative structures

日本で,2〜3年生に出題するなら,5×4=20のみが正解となるはずです.この問題を提示した(著者の)Vergnaudは,「5ドルが4つ」あるいは「5ドルの4倍」で考えると5×4=20となるとした上で,おもちゃの車の個数「4個」を先に思い浮かべ,「1個5ドル」という単価をかけることで,20ドルになると考えれば,4×5=20という式にもできることを述べています.
とはいえ「4個×1個5ドル」という考え方も式も,日本の算数(の低学年)では採用されていません.理由としては,そういった関数関係に基づく乗法の理解は,かけ算の導入時(2年)では困難であること,4×5を累加で4+4+4+4+4と書くと,(Vergnaudも指摘しているとおり)おもちゃの車が20個という意味になってしまうこと,「(単価)×(個数)」で小中の学習指導要領解説は一貫していることが挙げられます.

100ボルトの電圧のところを2アンペアの電流が流れると200ワットの電力が生ずる。
という問いの場合、もはや『一つ分の数』×『いくつ分』の定義では解釈が困難だろう。

これについても,科学計算で使われるかけ算のいくらかは,『一つ分の数』×『いくつ分』とは異なる構造・モデルに基づいています.
名称としては「量の積」です.Greerによる,乗法・除法が用いられる場合の最後のほうに入っています.本からだと,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187(乗法の意味)の中で,「(3)量の積に基づく乗法」として解説されています.量の積の特徴を一言でいうと,かけられる数・かける数のいずれとも異なる単位になる量を,かけ算の答え(積)として得るという点です.
とはいえ,『一つ分の数』×『いくつ分』のタイプのかけ算と,(電力は厄介なので)「面積」のタイプのかけ算との間には,先人によってリンクづけがなされています.例えば1970年代に出た本ですが『量と数の理論 (1978年)』は数学の道具立てを使って書かれています.それと同趣旨で小学校向けの内容が,学習指導要領解説に示されています.
ところで先ほどの,食塩の量を求める式のうち,「100X0.02=2」はGreerの分類の中でPart/whole(全体と部分の関係)に位置します.食塩水が全体,食塩が部分に当たります.一方「0.02X100=2」はRate(率,変化率,割合)になります.「0.02[g/g]×100[g]=2[g]」を「0.02[g]×100=2[g]」(一般には,「a[d1/d2]×b[d2]=p[d1]」を「a[d1]×b=p[d1]」)に置き換えられるのが,割合のかけ算の特徴と言えます.

6×8=6+6+6+6+6+6+6+6
と書いたが、英語圏やドイツ語圏では  wikipedia に見られるように
8×6=6+6+6+6+6+6+6+6
と定義されているようだ。
日本で 6の8倍と称する概念は、英語では 8 times 6 、ドイツ語では 8 mal 6 と表現することに由来すると考えられる。
30数年前ドイツに住んでいた頃、公衆電話、自動販売機、駐車場の料金精算機などに、よく 3×1DM などと表記されていて、掛け算の順序が言語に依存していることを実感した記憶がある。
従って、この場合には、掛け算の順序の定義のあり方は、数学の問題ではなく、言語の問題に帰することになる。

言語の問題に関しては,構文を定めれば,それに従うというだけのことではないでしょうか.そして,算数教育に携わる人々は,国によって違うことを配慮した上で,算数学習の国際交流を行ってきています.
事例については,かけ算の式と言葉の順序 メモで集約を試みました.
また海外事情について,昨年夏の経験を海外の「×」にまとめました.海外では,乗数にあたるものは無名数(日本では「1.4kg×10個」など両方に単位がついた式をよく見かけます)という特徴がありました.

これらの問題も名数を付して式を立てればかなり明確になる。
鉛筆の例でも、
6本/人×8人=48本
8本/回×6回=48本
と考えればどちらも正解であっていいと思う。

「6本/人」「8本/回」といったパー書きの式を算数で利用しようというのは,新しい上に,衰退傾向にあります.パー書きを積極的に採用しているのは,数学教育協議会ですが,1961年の『算数に強くなる水道方式入門』には,パー書きのかけ算の式は見当たりませんでした.

冒頭の朝日新聞の記事によると、

ところが、文科省に問い合わせると、「国として、『正しい順序』を決めてはいない」と意外な回答。
学習指導要領自体にも「順序」の記述はない。
ただ、「8×6=48」をバツとする指導については「学校現場に裁量があり、コメントする立場にない」。
としているとのこと。

やはり、ここははっきりさせないとまずいのではないだろうか。

文科省の問い合わせや,学習指導要領の件から,「掛け算の順序」「正しい順序」とは何を指すのだろうかという疑問が生じます.
実のところ,かけ算に関連した「順序」という言葉の使われ方には,乗除先行(かけ算・わり算がたし算・ひき算より先)や九九学習の順序(何の段から順に学習していくか)など,何種類かあます.かけ算の順序,計算の順序で整理してきました.
これまでの算数教育の蓄積を軽視し,展開されてきた---そして冒頭のブログ主さんも受け取った---のが,「掛け算の順序」という言葉であり,個人的にはこの概念は,ゲーム脳マイナスイオンと同様に,注意を払う必要はあるけれどもやがて衰退していくのではないかと考えています.