暗号技術の「入門」として,読みやすい内容でした.最初の利用例の表は,そのまま自分の授業で見せたいと思いました.
その一方で,「改ざん」やその対策としての「認証」の話がなされていないのは気がかりです.「公開鍵だから漏えいしても問題ないため、最初に平文のメールで送っておいてもよい」と書かれた部分は,少し変えて,試験で誤り訂正問題として使いたいなと感じました.それと細かいことですが,「複合化」という誤変換と,「8bytes」「32byte」という単複不整合も目につきました.
気になったのは記事よりも,この記事の最初についたはてブのほうです(http://b.hatena.ne.jp/yassan0627/20150427#bookmark-248727082).
id:yassan0627 まとめとして良い記事なのだけど、暗号あるあるの「復号」を「復号化」って間違える辺りが勿体ない。
こうコメントを書く気持ちも,理解できます.私自身,先週の授業でホワイトボードを使って,なぜ「暗号化」の反対は「復号」なのかを説明しましたし,「暗号化の反対は復号」と題する記事を書いたことがあります.
なのですが,「暗号化」の対義語として「復号化」を挙げている書籍もあります.1986年に出版された『現代暗号理論』の,第1章の最初のページです*1.
重要な情報を第三者に知られないように送る秘密通信の手段としては,昔から多くの人によって考えだされたさまざまのものがある.暗号(cryptography)はそのなかの最も重要なものということができよう.暗号学(cryptology)は暗号とその解読に関する諸問題を扱う学問である.
実際の暗号通信システムは複雑であるが,その本質的な部分を取り出したモデルを考えると,図1.1のようになる.もとの通信文は平文(plaintextまたはcleartext)といわれ,その意味内容が第三者に分かりにくい形に変換されたものが暗号文(ciphertextまたはcryptogram)である.この変換を暗号化(encryptionまたはencipherment)といい,逆に,暗号文をもとの平文に復元する過程を復号化(decryptionまたはdecipherment)という.復号化は復号または翻訳ということもある.
見て分かるとおり,「復号化」が主,「復号」は従というか別称の扱いです.あとのページをぱらぱら見ても「復号化」です.「復号化鍵」「復号化処理」といった表記もあります.
これを読んで,昔はそうだったが,そのうちに「復号化」は暗号の研究に携わる人の間で使われなくなった,という反論も,可能だとは思います.
あいにくそれを実証するに適した文献は持っていません.*2
ともあれ,http://www.hyuki.com/diary/dia0310.html#i01より読める通り,『暗号技術入門』では著者の判断により「復号化」の表記が採用され,ネット上でもこの3文字熟語が当たり前のように使われているわけです.
ただ,情報教育の観点で,「復号化ダメ論」を唱えることもできます.
というのも,復号化復号化と書いていても,上で指摘したとおり,長文の中に「複合化」の誤変換が入り込んでしまう可能性が,高くなってしまうのです.
暗号化に対して常に「復号」を使っていると,「複合」は,自分でわざと変換しないと出てきません*3.
復号か復号化かは,「送信は厳格に,受信は寛容に」の原則で,いけませんかね.
昔書いたこと:
(リリース:2015-04-27 晩)