わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

30歳,60歳(後編2)

前回,「結果」を書くと予告しましたが,結果については前に書いました.関連するエントリを並べます.

それで総括ですが…
友人の葬儀,教授の還暦祝いをリンクして考えるようになったのは,本腰を入れてお祝いの企画をし始めるころのことでした.同僚からのメールに,予算の見積もりが書かれていたのですが,「学生に1000円程度,残りは我々(私と同僚)2人で」といった趣旨がありました.
この分担案について問題があるわけではなりません.そして,そのメールをもらう前の夕食時に,我が家の食卓で話題にあげたときにも,妻だったか母だったかが,同じことを言っていました.
金銭面だけでなく,企画についても,学生の意見を取り入れ,指示しながらも,中心的なところは同僚と自分と話し合って決めていくことになる…ということで,昔,テレビゲームイベントをしていたころのことを思い出しました.
ということで自分にとってリンクしている2つの出来事ですが,もちろん違いを挙げていけばキリはありません.年齢が違うし,教授は定年ではなくこれからも研究室の求心力であり続けることもあります.
ただしそれなりに重要な人生のイベントに,「単なる参加者(参列者)」以上に関わったこと,そして自分への影響については,またときどき思い出して考えていくとします.
ここからちょっとカラっとした話題に切り替えることにします.還暦で,他の人にどんな祝い方をしたかというのを書いてみます.
実家の母の還暦は,年の初めに親類が祝ってくれました.今年のことではありません.私はまだ独身でした.その日はレンタカーを借りていて,外をドライブしていたので,実母のお祝いに参加しなかったのですが,後日送られて来た写真には,赤いちゃんちゃんこred, padded sleeveless kimono jacketを来て照れている主役の姿がありました.そういえば,教授のお祝いでは赤いちゃんちゃんこを用意しないことにしたのですが,理由の一つは,この写真でした.
(妻の)父も,教授と1〜2か月と違わず,60歳になりました.ささやかなお祝いを昨年末,白浜の宿に泊まってやりました.ゴールデンウィークに旅行をするつもりです.当初はみなで海外旅行,と言っていましたが,これはちょっと難しそうです.