6. サンドイッチ批判の理由
このようなサンドイッチですが,「かけ算の順序」の観点では批判の対象となっています.http://www.amazon.co.jp/dp/4491027811のカスタマーレビューの一つが,今年書かれた中では顕著なように思います.
サンドイッチ批判の理由を,自分なりに並べてみました.(この種のリスト作成に関しては,あらかじめ反論のための反論の列挙の列挙をご確認ください.作成者の思考の範囲内で書かれている点にはくれぐれも注意の上で,読み進めていただけると幸いです.)
- 「1あたり量(1あたりの大きさ,内包量)」と相容れない.
- 「かけ算には順序がある」という間違った認識を持ってしまう.
- 答えは一つではない.
それぞれ簡単に意見を書いておきます.数教協の推奨する式の書き方は,大人から見るとなじめるように見えます*1が,それでも,量の把握や立式,式の計算において,難点があるように思えます.乗法の結合法則を理解する際,「1あたりの数」に不自然な配慮が必要となります.数教協の提唱する乗法の意味づけについて,かけ算と量、そして式にも批判が見られます.
結局のところ,内包量・外延量を背景とする乗法の意味づけも,学習指導要領から読み取れる乗法の意味づけも,一長一短があるのです.その意味づけが効果的な場面,苦労を要する場面が,いずれにもあります.メリット/デメリットを秤にかけ,学校現場や教科書の執筆や採否,そしておよそ10年ごとの学習指導要領の改訂を通じて,現在まで受け入れられている方針が
これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
(『数学教育学研究ハンドブック』pp.74-75.日本数学教育学会による,乗法の意味づけより孫引き)
であり,これを当雑記では「累加と拡張」と書いてきた次第です.
2番目の批判について,売り言葉に買い言葉として書くなら「順序のあるかけ算も,順序のないかけ算もある」であり,そして小学校2〜3年では「順序のあるかけ算で,すべてが片付く」と言えます.
とはいえ,きちんと書きましょう.「順序があるかけ算」は,「〈乗数と被乗数が区別される文脈〉」(小原豊: 小学校児童による有理数の乗法における乗数効果の分析 (2007).乗数効果より孫引き)に対応づけられます.「〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉」も知られています.長方形の面積も,単位正方形がいくつ分と数えることで求められ,長さが小数や分数の場合には,乗法の意味の拡張を使うことになります.
ここで一つ,問題です.次の図で,○はぜんぶでいくつあるでしょうか.かけ算の式を書いて,求めてください.
3行4列のマトリックス,なので3×4=12としたくなります.確かにそうなのですが,小学校の2年生では,次のような分け方が見られます(『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』p.21).
ここから,3×4=12,4×3=12,2×6=12,6×2=12が,○の個数を求める式となると認識できます.アレイを根拠とすると,3×4=12,4×3=12の2種類だけです.○を並べ替えることなく,「□こずつ△つ分」(一つ分の大きさ×幾つ分)という1種類の考え方によって,この状態から4つの異なる式を得ることができるのは,被乗数と乗数を区別して考えるからこその恩恵なのです.
そして,この事例は,上に記した3番目の「答えは一つではない」という主張の反証になっています.そもそも,「学校教育は答えが一つ」というのが幻想なのです.現実には,算数教育の解説書や学習指導案(takehikomのブックマーク / 5×3)を目にしてきた範囲で言うと,結果的には正解となるにも不正解となるにも,子どもたちの多種多様な反応を引き出すために授業が計画され,実際に授業がなされています.かけ算で,複数の式が正解になる(その場面に合った式である)ような授業事例として,上のアレイの話と,やはり結合法則に関するもの,それから,2行2列で構成される比例関係を縦に見るか横に見るか(2×30g)があります.あまりのあるわり算で,誤答に対して児童らが様々に反応するのも,興味深い事例だと思います(2円あまる).
7. 乗法理解は「累加」と「拡張」
乗法を,どんな既知の事項をもとに,どのように意味づけ,そしてどのように活用していくか(小数・分数・実数,文字式などでも立式・処理していけるようになるのか)については,さまざまな議論がなされてきました.数教協の「内包量×外延量」は魅力的ですが,私はその活用は(十分に理解した上で)限定的であるべきと考え,「累加」と「拡張」による意味づけを支持します.
これは「算数だから」ではありません.数学者による,加減乗除すなわち算法の書籍でも,乗法に「累加と拡張」のアプローチをとっているものが見られます.
書籍としては『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』と『量と数の理論 (1978年)』が分かりやすいと思います.当雑記では,本から学んだ「かけ算の順序」ツアーをご覧ください.
8. 非サンドイッチ
「サンドイッチ」が適用できない場面をいくつか,挙げておきます.その指摘により,いつの時点までは,サンドイッチ(倍概念のみ)で考えればいいのかが,明らかになると考えています.
一つ目は,「〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉」です.ただし,これに言及するときは,ちょっとした暗黙の了解事項があります.構文的には,「×」の左に置くもの,右に置くものという違いがあります.しかしそれらは,これまで学習してきた(数を対象とした)かけ算で,答え(積)を求めるためにそのように書くわけです.したがって,これまで見てきた「かけられる数(被乗数)」「かける数(乗数)」とは別に,考える必要があります(ともに「因数」と表記するのがいいでしょう).
Greerは,「デカルト積」「長方形の面積」「量の積」を,そのような例として挙げています.もっとも複雑そうで,2つの量に区別のある「ある暖房機が3.3キロワットの電力を4.2時間で消費するとき,電力量はいくらか?」を見ても,3.3キロワットと4.2時間のいずれかが,「かけられる」ものではないのです.
これを理解するための基本的な考え方は,単位量どうしの積で,新たな次元の単位量を作ることです.今の例なら,1キロワットが1時間で1キロワット時,と電力量を定めます.そうすると,3.3キロワットのほうは1キロワットの3.3倍,時間のほうも1時間ではなくその4.2倍なので,1キロワット時を3.3倍して4.2倍すれば(その順序は逆でもかまいませんが),13.86キロワット時を得ます.
このように,新たな次元の単位量をつくり,その何倍とする考え方は,『量と数の理論』pp.50-51にも,小学校学習指導要領解説 算数編p.147にも見られます.長方形の面積です.数学的には,複比例の概念がかかわってきます.もちろんそうなると,小学校の算数ではお手上げです.中島健三は,複比例に関する小学生の意識調査を1968年に公表していますが,著者の期待する結果にはなっていなかったようです.
複比例の厄介さは,説明変数が2つで,目的変数に対してそれらが独立に値をとり得ることだと言えます.では説明変数が1つの比例,すなわち小学校で学習する比例の関係で,かけられる数とかける数を逆にすることはできるのでしょうか?
これはどうやら,「できる」と言ってよさそうです.比例関係の表を作ったとき,横方向に「何倍(×数)」「何分の1(÷数)」を見て式を立てるのは,倍概念ですが,縦方向の2つの数から「何倍(×数)」を発見し,式にすればいいのです.先述の2×30gのほか,かける数が1あたりで整理を試みています.
サンドイッチに相対するような便法は,「トランプ配り」です.よく知られているように,分離量どうしのかけ算で利用すると,被乗数と乗数の役割を変えることができます.その特徴と欠点,指導上の対策は,トランプ配りにまとめています.
サンドイッチでないかけ算の最後は,数を対象としないかけ算です.日常生活のいろいろなところで,その種の「×」記号を目にします.「×」から学ぶことで,気になった事例を取り上げています.
といったところで…非サンドイッチによるかけ算を,いつあたりから理解していけばいいのかというと,「長方形の面積の求め方」「伴って変わる二つの数量」「□×△=△×□(交換法則)」を学習する,4年あたりからとするのが良さそうです.これは,学力テストの正誤判定とも合致しています.全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の解説資料には「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する」とあります.
なお,『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』(計算力調査)では,4年向けに,乗数が先,被乗数が後にくる文章題があり,式の正答率が答えのそれよりも低くなっています.これは3年との比較を意図しています.
公表されている,学力テストにおける正誤判定の事例を見ていくと,2年・3年のかけ算では,被乗数と乗数が逆の式は「乗法の意味を理解していない」としています.かけ算・資料集3(その他)をご覧ください.
9. 「かけ算には順序がない」
- (再掲)問3:さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。
これは,インターネットで見かけた出題事例です.そこでは,「5×3=15」という式にバツがついていました(「×」から学んだこと,余談で話す).
その式を正解とせよとする根拠は,何パターンかあります.遠山啓の解説から派生した「トランプ配り」が最も有名でしょうか.そのほか,乗法の意味づけ(倍概念ではなく,2つの因数により積が得られること),海外では反対に書くことを挙げる人もいます.最近では,「一つ分の大きさ×幾つ分」という言葉の式に対して,交換法則を適用するなんてのも見かけました.
ここと次の節では,「もし問3で,5×3=15も正解(場面を表した式)とすると,どうなるだろうか?」という問題意識をもって,検討していきます.
小学校では,2年のかけ算導入時点から,そして不正解にしないとはいえ高学年になっても,被乗数と乗数の役割の違いを重視しています.最新の学習指導要領改訂により,「小数×整数」が第4学年,「整数または小数×小数」と「分数×整数」が第5学年,「整数または分数×分数」が第6学年と分かれている(したがって,それらの計算をするための場面設定もそれぞれ異なる)ことを,根拠として挙げるのがよさそうです.
そういった中で,主にWebで見かける反論はいずれも,下の学年から「かけ算には順序がない」ことを周知せよ,というのが根底にあるように思えます.
なのですが,海外の乗法指導事例を見ていると,とても賛成できません.
The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
(Vergnaud, G.: Multiplicative Structures, Acquisition of mathematics concepts and processes.「倍」と「積」から学んだことより孫引き)
乗法の学習は第2学年上半期に九九に伴って始まる。1つ前の教育課程から, 「一部分の学習者が被乗数と乗数の区別に難儀を感じる」,「中学校に入ったら被乗数も乗数も因数として扱う」などの理由で,被乗数と乗数の区別をなくし,最初から因数として扱うこととした(略)。これについて現場の授業等を観察したことがある。この処理は数計算の場合大きな差支えがないかもしれないが,量の扱いではやはり不具合があって,教師たちの丁寧な対応によって乗り越えているところである。
(http://www.nier.go.jp/seika_kaihatsu_2/risu-2-ikkatu.pdf#page=191.「倍」と「積」から学んだことより孫引き)
なお,海外と日本の教育(特に算数・数学教育)の違いについては,多くの概説書で『日本の算数・数学教育に学べ―米国が注目するjugyou kenkyuu』が取り上げられています.ドイツは100,日本は50,米国は81も合わせてどうぞ.
10. 子どもたちの理解
最後に,最近検討している一つの考え方を紹介します.
文章題や学校のテストでは,多くの場合,文章題に合った式を書くのですが,ここでは「式」を出発点としてみます.そして,文章題に合う式を一つ書くのではなく,式から文章題(一般に複数)への結びつきを探ります.複数あるので,「集合」とします.
問3だと,「3×5で表される場面の集合」を考えます.問3の問題文は,その集合に属します.「1さらに りんごが 3こずつ のって います。そんな さらが 5まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」も,同じ場面ですので,やはりその集合に入ります.りんごやさらの枚数でなくても,また分離量でも連続量でも,3×5で表される場面は思いつきます.
その集合は一般に無限集合であり,したがって過不足なく記述するのはおそらく困難なのですが,さしあたり,「与えられた式で表される場面の集合」に,個別具体的な場面が属するかしないかを判定できれば十分です.
記号を導入しておきましょう.式で表される場面の集合を「S_式_」と書きます.式が3×5なら,「S_3×5_」です."5枚の皿に3個ずつ乗った林檎の総数"∈S_3×5_となります.
aとbを相異なる数としたとき,小学校の2年すなわちかけ算を学習している段階では,S_a×b_≠S_b×a_となります.そして先に書いた,「かけ算には順序がない」は,S_a×b_=S_b×a_で表されます.
実例に当てはめてみると,「例えば2×1と1×2は,積は2で同じだけど,意味が違うでしょう」(『算数授業研究 76 論究1 なぜ、「問題解決」を重視するのか』p.62.Re: 「かけ算の順序論争の歴史」を考えるより孫引き)は,S_2×1_≠S_1×2_と書けます.もう一つ,
「ベンチが5こあります。そこに6人ずつすわっています。ベンチにすわっている人は何人でしょう」
問題をつくったA男は,数字の順序で5×6としてしまった。
そこで「絵」を描かせると,「ああそうか」とA男は6×5の式が立てられた。
(『算数の教え方には法則がある』p.71.「向山型算数」読み始めより孫引き)
を見ていると,「ベンチが…」の問題と,絵は,ともにS_6×5_に属すこと,S_6×5_≠S_5×6_であることが読み取れます.
そういった集合そのものは,もちろん子どもたちには不要です.ですが,そのようにして「これとこれは同じ(a∈A,b∈A)」「これとこれは違う(a∈A,aB)」を認識できるのは,低学年の学習であっても,大切なことだと思います.
繰り返しになりますが,この集合「S_式_」についての検討は,発展途上の段階です."a行b列のアレイにおけるドットの数"はS_a×b_とS_b×a_の両方に属するので,S_a×b_∩S_b×a_=∅ではないこと,それとその集合に各場面が属するかしないかの判定にはその判定者(知識,発達段階も含めて)に依存する点には,注意が必要です.
(最終更新日時:Thu Aug 2 22:38:06 2012ごろ)
*1:高校の理科でなくても,「km/h」といった速度の表記や,ガソリンスタンドの「円/L」などで,日常生活からも知ることができます.