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かけ算と累加

小学校の算数における乗法(かけ算)の指導について,「通説」と言っていいものがあります.それは,まず累加(例えば2×5=2+2+2+2+2)によって乗法の意味づけを行い,累加で意味づけられなくなる段階,具体的には乗数が小数となるような場面において,乗法の意味の拡張を図るというものです.
この考え方が記されている記述をいくつか引用します.

【整数の乗法と除法】
第2学年では,乗法が用いられる場合や計算の意味について理解できるようにする。例えば,一つ分の大きさを知ってその幾つ分か,または何倍かの大きさを求める計算として意味付けをしたり,同数累加(加法の繰り返し)によって,その結果を求めたりする。第2学年では,乗法九九を知り,1位数と1位数の乗法を確実にできるようにすることが特に重要である。なお,乗法九九の理解を深めるために,簡単な場合の2位数と1位数との乗法も扱う。
(略)
【小数の乗法と除法】
第4学年では,乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができるようにする。
第5学年では,乗数や除数が小数である場合の乗法及び除法を用いることができるようにする。乗数が小数である計算になると,加法の繰り返しという累加の意味ではとらえられなくなるので,計算の意味を広げる必要がある。除数が小数である計算についても,計算の意味を広げる必要がある。
(『小学校学習指導要領解説 算数編』p.38; http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_1.pdf#page=41

これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
(『数学教育学研究ハンドブック』pp.74-75; 日本数学教育学会による,乗法の意味づけより転載)

a) 乗法を累加の考えで指導することについて
累加の考えをさけようというのは,算数の指導についての基本的な立場の相異によることであって,乗法という問題だけで考察することは適切とはいえない.(略)しかし,乗法と加法の特別な場合を簡潔に表すという立場から意味づけることは,とくに,低学年の場合には,教育的にも意味のあることであり,さきのラパッポルト氏の反論にもある.
わが国でもこの立場をとっているが,アメリカの新しい計画による教科書でも,この立場をとっているものが多い.これには,ラパッポルト氏の指摘にもあるように,整数の段階では,集合の直積に近い意味づけをしても,累加の考えに帰著してほぼ処理できることや,直積の考えのままでは,実際に乗法を適用するに当たって,困難をともなうことなどの理由があげられよう.
b) 小数・分数(有理数)の場合に,どんな意味づけをするか.
累加の考えの問題点は,周知のように,整数の場合ではなく,乗数が有理数の際に起こる.わが国の場合は,累加という考えをそのまま用いないで,次のような意味に一般化(拡張)する方法をとっている.すなわち,
A×Bについて,A,Bを次の意味に対応させる.下の図では,A×Bは,Bの目盛に対応する大きさをよみとることに当たる.
A……基準(単位)とする大きさ
B……Aを単位とした測定数(measure)
中島健三: 乗法の意味についての論争と問題点についての考察. http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391


海外文献から一つ.

  • Bell, A., Fischbein, E. and Greer, B. (1984). Choice of operation in verbal arithmetic problems: the effects of number size, problem structure and context. Educational Studies in Mathematics, Volume 15, Issue 2, pp.129-147. http://link.springer.com/article/10.1007/BF00305893

Calculator experience can thus help to eradicate the misconceptions, and as its use in the primary school becomes more extensive, it should diminish the tendency for them to arise. However, this still leaves the question of what meanings the pupils can attach to the operations. For 6 × 4, it is easy to think of 6 lots of 4 objects (repeated addition), and this can be extended to include repeated addition of measures (e.g. 6 lengths of string each 4.1 metres long). To find a situation modelled by 6.2 × 4.1, however, one has to go to a conceptually very different context, such as the area of a rectangle, unit price × quantity, speed × time, or enlargement.
(私訳:したがって電卓使用の経験ははそのミスコンセプションをなくすことに役立ち,小学校での電卓の使用がより広範囲になるにつれて,そういったミスコンセプションが発生する傾向を減少させることになればよい.しかしながら,そのようにしたとしても,生徒らが操作にどのような意味を付与することができるのかという問題は依然として残っている.「6×4」という式に対して,4個のものが6組ある(累加)と考えるのは容易だし,これを量の累加に拡張することもできる(例えば,4.1メートルの紐の6本分の長さ).しかしながら,6.2×4.1でモデル化される場面を見つけるには,長方形の面積や,単価×個数,速さ×時間,あるいは拡大といった,概念的に大きく異なる文脈を用意しなければならない.)
(p.130)

この文献は当ブログでは初出なので,全体を読んだ感触をもう少し,書くことにします.小数のかけ算やわり算の意味理解に関する調査を行っています.かけ算についてはRepeated addition, Rate, Measure conversion*1, Enlargementといった何種類かのタイプ(Type)に基づく文章題で,式を答えるほか,式から文章題を作るという出題もあります.タイプもさることながら,被乗数・乗数にあたる数の種類に配慮がなされています.結果としては,正解式が1.33×0.53や2×0.14となる,純小数が乗数となる場面の正解者数*2が,他よりも低くなっています*3
上記引用のミスコンセプションは,前のページに書かれていまして,「わり算は大きな数を小さな数で割る」「かけ算をするとその結果はかけられる数よりも大きくなる」があります.その後の国内文献において,1より小さい数を乗数とする演算が,他の種類のかけ算よりも間違えやすいことは,文章問題においても計算問題においても存在することが指摘されています(乗数効果).
この文献は「調査」が主眼となっており,そういった出題タイプごとの正解率の違いに注意して,どのようなやり方で小数のかけ算・わり算の学習をすればいいのかについては,読み取れませんでした.


日本の算数に戻りまして,被乗数が小数,乗数が整数となるようなかけ算を,乗数が小数のかけ算と区別して意味づけを図るのは,現在のカリキュラムのもとでは4年で扱われています.意味あるいは「かけ算で求められると判断する根拠」には,累加を用います.ジュースのような,手軽に用意できて足し合わせることができるものが,導入に用いられているようです.http://www.rs.tottori-u.ac.jp/mathedu/mt/dan_dang_shou_ye_ke_mu_files/2012_DmI%26DdI.pdfによると,学校図書の小数×整数の最初の例題は,「□Lずつ入っているジュースのびんが,3本あります。ジュースは全部で何Lあるでしょうか」で,□にまず2や3,その後1.2を入れることで,1.2×3という式を得ています.「1mの重さが2.3gのはり金があります。このはり金4mの重さは何gでしょうか。」はその後の例題です.
ここでジュースの問題は,上述のとおり実際に操作(足し合わせて総量を確認)しやすいほか,0.1L=1dLを単位としてそれがいくつあるかによって求めらます.それに対し,はり金の問題では,「1mの重さが2.3gである」「4mなら(重さを量ると)9.2gである」「針金は均質である(ある1mは2.3gだけれど,別の1mは2.1gだった,ということがない)」と,測定に課題がありますし,「0.1g」を単位とすることの必然性が薄れます.
ジュースの問題は,はり金の問題よりも「小数×整数」の導入に適していて,はり金の問題はそれより後で,具体物を用意しなくてもかけ算と判断し,計算するための教材とするのがよさそうです.

*1:量の単位変換.具体的には,「錠剤1つに,ある薬物成分が0.15グラム含まれています.何オンスですか? (1グラムは0.035オンスです.)」

*2:TABLE III (p.134)ほかによると,解答者数は30名です.なお本文で「child」と書かれているものの,学年や既習事項についての説明は見当たりませんでした.整数×整数の問題は30名全員が正解しているのに対し,33×0.53が正解の問題は8名,2×0.14については3名のみが正解となっています.いずれも,過半数がわり算と間違えています.

*3:TABLE IIIに見られる,正解となるかけ算の式は,「被乗数×乗数」で統一されています.その一方で,わり算の誤答例に見られる「Reversal」が,かけ算の誤答例にはないことから,いってみれば,かけ算の順序はどちらでもよいとして正解者数を求めていると想像できます.