わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

(a+1)×b=a×b+b

現在でも九九の各段の暗唱を習います.そして,まとめとして,「九九の表」がどの教科書にも出てきます(図1*1).
教科書は,「この表から,いろいろなきまりを見つけましょう」と問いかけています.
文部科学省の「学習指導要領解説」が,子どもたちに見つけることを期待している「きまり」とは次のようなものです.
(1) かける数(乗数)が1増えると答えは,かけられる数(被乗数)だけ増える.次の(2)と関連させると,かけられる数が1増えると答えは,かける数だけ増える.
(2) かける数とかけられる数を交換しても答えは同じ(乗法の交換法則).
(3) 2の段の答えと3の段の答えを足すと5の段の答えになる.一般的には,nの段の答えとmの段の答えを足すと(n+m)の段の答えになるということですが,こういう文字を使った表現を小学2年生には期待していません.
(略)

(9) 表の4か所に出てくる数は,6,8,12,18,24の5個で,3か所に出てくる数は,4,9,16,36の4個.
以上のようなことを,子どもが自分で見つけて,「発見する楽しさを味わうこと」を「学習指導要領」は期待しています.
(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』pp.50-51)

3刷から,書き出しました.1刷と3刷との違いは2011年11月に指摘しています.その後の増刷分はチェックし切れていませんが,上の記述は変更されていないと想像しています.
上記のうち,「次の(2)と関連させると,かけられる数が1増えると答えは,かける数だけ増える.」は,読んだ当初から「いやそんなことは」でした.
その後,いろいろ本や学習指導案,授業例の文書を読んできたものの,やはり,該当するものは,ありませんでした.
本を離れて,理由を考察してみます.a×bと書いたときに,aをかけられる数,bをかける数と呼ぶと,「かけられる数が1増えると答えは,かける数だけ増える.」というのは,(a+1)×b=a×b+bで表されます.比較のため,「かける数(乗数)が1増えると答えは,かけられる数(被乗数)だけ増える」のほうは,a×(b+1)=a×b+aです.*2
それで,(a+1)×b=a×b+bという関係は,上の引用の(3)で,n=a,m=1とすれば,得られます.なので,「かけられる数が1増えると答えは,かける数だけ増える」というのは,(2)ではなく(3)から導出すべきではないか,となります.
事例を,確認します.http://benesse.jp/berd/center/open/syo/view21/2009/01/s02toku_11.htmlには,「1の段+1の段=2の段」という記述があります.これは「だんたしほう」(「段足し法」:分配法則)です.(n+m)×p=n×p+m×pや,(a+1)×b=a×b+bは,この考え方で説明するのが良さそうに見えます.比較のため,a×(b+1)=a×b+aは「まえたしほう」(「前足し法」:乗数と積の関係)です.
「段足し法」と「前足し法」は,次の4つの方法で,違いを説明できます.

まず最初は,式からです.代数的アプローチ,といっていいのでしょうか.分配法則については,もちろん小学校でnにmにpという,3つの文字を使った等式なんてのは出現しませんが,《算数解説》p.160には,「分配法則」の4つの等式の3番目に,「(□+△)×○=□×○+△×○」があります.一方,前足し法の式は,分配法則(n×(m+p)=n×m+n×p)からではなく,

a×1=a
a×2=a+a
a×3=a+a+a
a×4=a+a+a+a
などと書いたときに,前後の2行を比較することで
a×2=(a)+a=a×1+a
a×3=(a+a)+a=a×2+a
a×4=(a+a+a)+a=a×3+a
となり,「「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」という計算の性質」(《算数解説》p.88)に至ります.
2番目は,「段足し法」は,アレイ図で視覚化できるのに対し,「前足し法」の根拠は,累加です.『新編算数科教育研究』pp.39-40によると,アレイは「集合論的な立場」,累加は「公理論的立場:ペアノの公理*3」と分かれています.
3番目は,「段足し法」に使用されるたし算は,「合併」です.aの段と1の段が,対等合併するのです.これを「1の段とaの段が,対等合併」としても,実質は変わりません.

一方,「前足し法」は,累加であり,これは「増加(添加)」のたし算です.a×(b+1)=a×b+aの右辺は,「a×bに,aを加えた」という形であり,被加数a×b(基準量)と加数a(増分)が区別されます.こちらについては,a×(1+b)=a+a×bや,「aに,a×bを加えた」とするとらえ方は,できません((アレイを使えば可能ですが,その場合の根拠は,累加(増加,添加)ではなく,行の数が等しい2つのアレイを対等合併して,大きなアレイを作ること,結局のところ合併を利用することになります.)).

最後は,具体的な場面からです.

  • 1人に4こずつ,みかんを与えたい.6人いるとき,みかんはいくつあればよいでしょうか.

という場面では,4×6=24という式ができます.そこで

  • 更に1人増えたとき,みかんはいくつ増やせばよいでしょうか.全部でいくつあればよいでしょうか.

とすると,これは累加の話です.4×(6+1)=4×6+4=24+4=28ですので,「4つ」「28こ」が答えとなります.「+1」が「1人増えた」,「+4」が「みかんを4つ増やす」に対応します.
4×6=24の場面から,人数ではなく「1あたり」のほうを1増やすと,こうなります.

  • 更に1人に1こずつ,みかんを与えたい.みかんはいくつ増やせばよいでしょうか.全部でいくつあればよいでしょうか.

こちらは(4+1)×6=4×6+1×6=24+6=30となり,答えは「6つ」「30こ」です.式の途中,「+1×6」であって「+6」ではないのが,累加と異なってくる点です.
ちなみにこのような,「1あたりを増やす」出題や授業の例というのも,見かけません.この種の被乗数・乗数・積の関係は,学習指導要領に書かれていないほか,1あたりの数を内包量の素地に位置づけようとすると,内包量は加法性を持たないとされているのが,ネックになりそうに思います.


こうして,『かけ算には順序があるのか』を読んでいてつまずいた1文を検討してきたわけですが,自分が過去に書いたことの修正も,必要になります.それはアレイ図の「(c) 分配法則の入口」のところです.「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」を,アレイ(長方形的配置)と線状の配置の合併によって確かめたのですが,小見出しを「(c) 乗数と積の関係」とすればいいのでしょうか.

ちなみに,そう訂正したとしても,限界のところで書いた「1次元の量と2次元の量の区別」と,アレイ図のみでは結合法則が示せない点は,変わりません.

10月4日に多数のアクセスをいただきました.もしそれをきっかけにご来訪いただき,ここまでご覧くださいましたなら,

も合わせてご参照いただけると幸いです.
共感あるいは批判のため,リンクしていただくのでしたら,この前者のURLをご使用いただければと思っております.


「a×(b+1)=a×b+a」は2年で「(□+△)×○=□×○+△×○」は4年.あいだの3年ですが,《算数解説》p.108にちょっと気になる記述があります.

第2学年では,乗数が1ずつ増えるときの積の変化や交換法則などを指導してきている。第3学年では,「内容の取扱い」の(5)で示しているように,乗法の交換法則や結合法則を指導する。また,乗数が1ずつ増えるときの積の変化の様子を基に,a×(b±1)=a×b±aのように,乗数が1ずつ増減したときの積が被乗数の大きさずつ増減することについて成り立つことを調べ,この法則を活用できるようにする。さらに,a×(b±c)=a×b±a×cという分配法則の式が成り立つことを調べ,筆算形式で処理する際などに用いてきていることを理解できるようにする。例えば,24×3の計算を考える場合,20×3と4×3を合わせたものと考えていくことは,分配法則を活用していることになる。

明示・非明示を含め,式としては

  • a×(b+1)=a×b+a ...①
  • a×b=b×a ...②
  • a×(b±1)=a×b±a ...③
  • a×(b±c)=a×b±a×c ...④
  • 24×3=20×3+4×3 ...⑤

が入っています.なのですが,⑤を得るには,④ではダメです.
一つの考え方は,④と②を組み合わせることです.ですが小学校では,④とは別に

  • (a±b)×c=a×c±b×c ...⑥

を活用していると考えるのがよさそうです.理由は2つ思いついて,2つの法則(等式)を組み合わせて等式を得る活動は3年向けではないですし,⑥は「段足し法」の拡張だけれど④は「段足し」ではないのです.


(リリース:Fri Oct 5 06:00:18 2012ごろ)
(最終更新日時:Sat Oct 6 06:47:45 2012ごろ)

*1:図1はp.50上部にあり,見出しは「図1 東京書籍『新訂新しい算数2下』41頁,2011年」

*2:本日は具体例を挙げませんが,「かける数(乗数)が1増えると答えは,かけられる数(被乗数)だけ増える」を問う出題例は,問題集だけでなく,外在的評価のためのテストにも見られます.「かけられる数が1増えると答えは,かける数だけ増える」に関する出題例は,思い浮かびません.

*3:「(i) a×1=a」「(ii) a×b'=(a×b)+a(ただし,b'はbの後者を示す)」ともあります.この立場では,「+1」は単純なたし算(合併あるいは増加)というよりは,後者という演算を加算によって便宜上,表したものとなります.