わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

Re: 算数の教科書とその指導書の問題点

気になったところを自分なりに書いておきます.*1

1. 足算の順序

日本の算数教育ワールドでは、足算を「あわせていくつ」の合併と「ふえるといくつ」の増加に分類し、それらを区別し、増加の意味での足算では順序にこだわることになっている。

これは,2年の「掛け算の順序」に先立って,良くない点として挙げているように見えますが,加法に関して知っておくべき情報は,他にもいくつかあります.3点,概要を記し,過去の記事にリンクします.
まず分類に関して言えば,アメリカのCommon Core State Standards for Mathematicsでも,1年で学ぶべき加法のモデルとして"add-to","put-together"を挙げています.それぞれ「増加」と「合併」に対応します.p.88に表があり,"Add to"の"Change Unknown"と"Start Unknown"から,式の違いを確認できます.

次に,「増加」「合併」という言葉を使っていませんが,それらの違いは,「朝三暮四」によって高木貞治が指摘しています.『[isbn:9784480092816:title]』pp.75-76で読めます.

最後に,「増加の意味での足算では順序にこだわることになっている」について,実態調査に基づく反例があります.『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』p.123やhttp://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/pdf/2nen.pdfでは,「こうえんで子どもがあそんでいました。7人かえったので、のこりは5人になりました。はじめになん人いたでしょう。」という出題に対し,式と答えの正解率にほとんど差が見られません.直前の,かけ算の問題*2では大きな差があるのと比べると,7+5でも5+7でも正解にしていると考えるべきでしょう.(追記:小学校学習指導要領解説 算数編 p.96では,「はじめにリンゴが幾つかあって,その中から5個食べたら7個残った。はじめに幾つあったか」に対し,式は7+5のみを書いています.)
上のことは,加法《BA型》出題例,式と答の正答率について被加数・加数の順序「7+5=12は△,正解は5+7=12」の件朝四暮三で書いてきました.
以下は自リンクを控えめにします.引用は,だいたい過去に書いているので,気になる一節があったら,ブログ内検索をしてご確認ください.

2. 交換法則

すなわち、「一つ分×幾つ分=全部の数」のスタイルでの掛算の解釈において、一つ分の数(group size)と幾つ分の数(number of groups)は自由に引っくり返せる。

乗法の交換法則について,小学校学習指導要領解説 算数編では「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」(p.88)と書かれています.肝心なのは「積は」の2文字です.小学生向けには「答えは」となります.
しかし,ここを「意味は」とするか,取り除いて「乗数と被乗数を交換しても同じになる」と書いているような,教師・児童向けの本は,そう多くはありません.思い浮かぶのは『算数の探険1 たす ひく かける わる(加減乗除)』p.135の「3×4は4×3」くらいです.
交換すると「答えは同じだが意味は違う」という考え方が,算数では採用されています.これは日本ローカルではなく,英語文献でも乗法の交換法則の注意点として,"Note that this is a property of numbers. While it is true that 3×4 is equal to 4×3, 3×4 may not be the same as 4×3 in a real-life situation." (Teaching Mathematics in Grades K-8: Research Based Methods, p.177)と書かれており,同書のp.158には"Give some real-life examples of situations in which a multiplication product a×b (for example, 5×6) is not the same as b×a (6×5)."という練習問題も載っています.

「はじめは,『かけられる数×かける数』(英語圏だと逆)で導入するとしても,交換法則を学習すればどちらでもよくなる」という主張については,実験で示されている「乗数効果」と相容れません.乗数効果については資料が主,判断が従の最初で訳出を試みましたが,簡単にいうと,「小数×整数」と「整数×小数」は違う*3ということです.
なお,「評価」に着目したとき,いくつかの事例や,評価の目的と分類,また不正解に対してどうすればよいかを,こちらで整理しています.海外で「順序へのこだわり」は日本ほど見当たらないし,探すべきでもないことについては,こちらの最後のQ&Aを,ご覧ください.ブラジルの子どもたちも,3×2と2×3の意味が異なるのを認識しているという事例は,『坪田耕三の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』p.138にあります.

3. トランプのように配る

一つ分と幾つ分を自由に引っくり返せるという事実は、日常生活における「トランプのように配る」という考え方の一般化であるとみなせる。たとえば、3人に4個ずつおかしを配るとき、各々の人に配られる4個をかたまりとみなせば、一つ分は4になり、幾つ分は3になる。しかし、おかしをトランプのように3個ずつ4回配る様子を想像しながら、各々の回に配られる3個をかたまりとみなせば、一つ分は3になり、幾つ分は4になる。

「トランプのように配る」という考え方を支持・支援する指導例は見かけません

近いものとして,トランプ配りではなく直積ですが,『[isbn:9784762501197:title]』p.69に授業案があります.「はこが、4はこあるよ。それぞれのはこには、あめが3こずつ入っているよ。」という出題に対し,[f:id:takehikom:20111125064251j]の絵によって4×3にもなる,という展開です.

あとは支援しない本です.先にも挙げたTeaching Mathematics in Grades K-8: Research Based Methodsで,トランプ配りの図は等分除の説明に用いられており(p.156, p.160),その前にも後ろにも,かけ算で利用できることは書かれていません.『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』p.66では,「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」という出題に対し,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を,指導上の留意点としており,トランプ配りは否定されています.
なぜそのように,教育の場では採用されていないのかですが,理由として3点あります.一つは,日本では「まとめて数える」活動が,1年から入っている*4ことです(小学校学習指導要領解説 算数編 p.65ほか).その際に,「一つ分は3」という考え方が,取り入れられにくいのです.
2番目は,教室で,「3人に4個ずつおかしを配る」に対して「3×4」と書くと,

  • 一つ分の大きさは3個(「3人」とあるけれど,1回に配るおかしの数に読み替えた)で,いくつ分は4回(「4個」とあるけれど,配る回数に読み替えた)だから,3×4=12 答え12個.これは,場面を表した式である.

のほかに

  • 一つ分の大きさは3人で,いくつ分は(おかしでできた建物の)4個(「4個ずつおかしを」とあるけれど読み替えた)だから,3×4=12 答え12人.これは,場面を表した式ではない.
  • 一つ分の大きさは(お菓子の数の)3個(「3人」とあるけれど読み替えた),いくつ分は4人(「4個」とあるけれど読み替えた)だから,3×4=12 答え12個.これは,場面を表した式ではない.

という解釈があり得るのです.こじつけではなく,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のpp.46-47,画像としてはおよびに同様の例があります(関連:式を読み取る練習).なお,場面を表した式であるロジックを含めた3つについて,「解釈があり得る(may be interpreted)」であって,いずれか一つに「解釈される(should be interpreted)」のではない点には,くれぐれも注意です.
トランプ配りが採用されない3番目の理由は,「一つ分と幾つ分を自由に引っくり返せるという事実」が成り立たない例が,小学校で学習できる範囲にある点です.例えば長い紐を切って,「2.4cmの紐が7本」と「7cmの紐が2.4本」*5を作ってみてください.もし,「7cmの0.4本分の紐」を「2.8cmの紐」と読み替えたとしても,「2.4cmの紐が7本」と「7cmの紐が2.4本」は別物です.同じなのは,つなげたときの長さです.
一般に,連続量×分離量の場面*6では自由に交換できません.これに対応する「小数×整数」は4年,「分数×整数」は5年で学習するようになっていて,小数の乗法(5年),分数の乗法(6年)より先行しています.先ほど「7cmの0.4本分の紐」を「2.8cmの紐」と同一視しましたが,小学校の算数でなぜそうなるかが理解できるのは,5年になってからです(それに対し「2.4cmの紐が7本」は,3年でも作れます).

4. レシート

そして、「個数を聞いているから、個数を先に書かなければならない」理由がわからないのは当然である。そのように書かなければいけない合理的な理由は存在しない。実際、世間一般ではそのようなルールは存在しない。たとえば次のレシートの見本を見てもらいたい。

レシートに関して,「単価×数量」のほか「数量×単価」もあるのは確認済みです.収集して,分かるのは,レシートに関してはそのどちらも,無視できない程度に存在することです.「数量×単価」の例ばかりを挙げるのはアンフェアです.
金額に関する話を別にして,お店に行って箱や袋の数量を見ると,「一つ分の数×幾つ分」で理解できるものがほとんどです.×の左右双方に単位が付いていたとしても,単位を取り除いて積を求め,左側の単位をつければ,総量になります
もちろん例外もありますが,慣れれば分かります.海外の「×」では,乗数にあたるものには単位なしという特徴がありました.
「数量×単価」は会計の慣例によるものであって別扱いとしたほうがよく,日常生活のかけ算の式もまた,算数と同じ「一つ分の数×幾つ分(=全体の大きさ)」で考え,それぞれに単位を添えて表記するのが,スムーズな相互理解につながると考えています.

5. 日本語の構造

1. 算数教育ワールドでは標準の「一つ分×幾つ分の順序に書く」というルールは日本語の構造から自然に出て来ない。たとえば「8個ずつ6人に配る」と「6人に8個ずつ配る」は同じ意味である。英語においても a times b は「a個のbの和」を意味するとは限らない。実際 multiply a times b は multiply a by b と同じ意味である。算数教育ワールドでは自然言語の構造から自然に掛算の順序に関するルールが出て来ることになっているようだが、それは誤りである。「掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ」も参照されたい。

日本語との整合性を根拠としている記載は,「緑表紙教科書」の編纂の背景を記した『「小学算術」の研究』にあります.「国語は,「5円の色紙を8枚」「3を4倍する」というように,被乗数を先にする言い方である」「式に表す場合も 5円×8 というように,被乗数を先に書くのを常とするから,被乗数先唱の方が都合がよい」(pp.246-247)とのこと.
「8個ずつ6人に配る」と「6人に8個ずつ配る」は同じ場面だけれども,それらと「6個ずつ8人に配る」と「8人に6個ずつ配る」は異なる場面であり,前二者を「8×6」,後二者を「6×8」で表すことで,「答えは同じだが意味は違う」の理解へとつながります.

6. ここまで読んでくださった方に,考えてほしいこと

かけ算の順序論争が,ある論に都合の良い情報を見つけてアピールし,都合の悪い情報を否定・無視するような競争になっているように感じます.(私も,その競争にどっぷりはまっている一人であることを,自覚しています.)
最終的な判断は人それぞれとして,情報をうまく整備し,賛否にかかわらずアクセスしやすくするような方策は,ないものでしょうか.(私も,引き続き考えていきます.)

(最終更新:2013-01-10 早朝)

)-->

*1:取り上げなかった点は肯定している,というわけではありません.それと,リンク先の編集者と私との決定的な違いは,「数学教育学」(「教科教育学(算数・数学)」とも)が,一つの学問分野として確立されていないかいるかの認識だと思っています.

*2:「6つのはこに、ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。」

*3:あとで「連続量×分離量」を用いて,「小数×整数」と「整数×小数」との違いを書いていますが,ここはそれと異質のもので,演算決定にかかわる話です.児童らは「整数をかける」場面なら適切にかけ算にできるが,「小数をかける」となると,かけ算を選ぶ割合が下がる(16×0.85が正解のところ,16÷0.85を選ぶ率が上がる)のです.

*4:Common Core State Standards for Mathematicsでは,"Work with equal groups of objects to gain foundations for multiplication."が2年にあります.乗除算は3年です.

*5:「7×2.4」は,乗法の意味の指導についてによります.この文献を引用した,他の学術調査でも,その式が使われています.

*6:Greerは"equal measures"と名付けています.