わさっきhb

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乗法以前

はじめに,過去に書いたことの見直しです.

2. 「倍」と「積」とは何ですか? 辞書の意味と違うのですか?
(略)
「積」は,goo辞書の積の3の意味,すなわち「二つ以上の数や式を掛け合わせて得られる数や式」と同じと言っていいでしょう.ただし,積(かけ算)によって得られた値というよりは,「×」を含む式に焦点を当てます.
例えば「3×5=15」という式において,積は,「15」ではなく「3×5」を指すわけです.この考え方は,「一つの数をほかの数の積としてみる」(《算数解説》p.81)に合致します.

「倍」と「積」から学んだこと

「式の意味」や「乗法の交換法則」を含むいくつかの解説,そして小学校学習指導要領解説算数編(《算数解説》)を読み直したところ,上の“積の解釈”は,それらと合わないことに気づきました.
「3×5=15」という式において,積は,「3×5」ではなく,「15」を指すというのが適切だということです.そして「一つの数をほかの数の積としてみる」はこうなります.15という一つの数は,3と5という(他の2つの)数の積となります.具体的には「3が5つ(3+3+3+3+3)なので,15」です.このとき,5と3という,別の「他の2つの数」の積を持ってくることもでき,このときは「5が3つ(5+5+5)なので,15」です*1
そのように,被乗数と乗数の区別に注意しつつ「積」を定義した上で,乗法の交換法則は,子どもたちが九九の表から発見する---アレイ図から「明らか」とするではなく---という展開になっています.
11月のFAQでは,この2のほか,12,13,25に修正が必要と考えています.また,「数学者は,どのように表記しているか」という質問項目も新設し,持っている文献を整理しておきたいところです.2月中にrepriseを出したいと思っています.


《算数解説》は,これまで何度か通し読みしてきました.その都度,エントリも作りました.

今回,「乗法以前」に焦点を当ててみます.《算数解説》の第3章から(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf),すなわち,各学年の内容から始まるPDFファイルで,「乗法」を先頭から検索すると,第2学年の「A(3)乗法」の解説の前に,p.80,p.81,p.84の3つとマッチします.順に見ていきます.

ア まとめて数えたり,分類して数えたりすること
必要に応じてものの個数を2ずつ,5ずつ,10ずつまとめて数えたり,ものの色,形,位置,種類などに着目して分類して数えたりすることは,第1学年に引き続いて用いる考え方である。
また,2ずつ,5ずつなどのように適当な大きさずつにまとめて数える活動は乗法の意味の理解につながるものである。さらに,多くのものの個数を数えるときに,10ずつのまとまりを作り,それをさらに10ずつのまとまりにして数えていく考えは,十進位取り記数法に発展していく内容である。
(p.80)

「第1学年」が出てきましたが,同文書のp.65に算数的活動として言及されている,「具体物をまとめて数えたり等分したりし,それを整理して表す活動」のことです.一つ前の『小学校学習指導要領解説 算数編』だとp.69で,こちらのほうが少々具体的です.
「まとめて数える」のを,乗法の意味理解の手段あるいは素地とするのは,『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』p.111の「乗法的数え方」,『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』p.66の「具体物をまとめて数える」に見られます.
10ずつのまとまりが,十進位取り記数法に発展していくのに対し,2ずつや5ずつのまとまりの使いどころはというと,一つは,「1,2,3,…」よりも効率良く数えることができる点でしょう.紙の枚数を数えるのに有用ですし,いくらまで増えるか分からないものに対して「正」の字を書くのは,5ずつのまとまりを作っているわけです.そして九九の指導において,2の段と5の段を先に学習する背景ともなるわけです.

エ 一つの数をほかの数の積としてみること
ものの集まりを幾つかずつまとめて数える活動を通して,数の乗法的な構成についての理解を図ることをねらいとしている。ある部分の大きさを基にして,その幾つ分として,全体の大きさをとらえることができるようにする。
例えば,「12個のおはじきを工夫して並べる」という活動を行うと,いろいろな並べ方ができる。下の図のように並べると,2×6,6×2,3×4,4×3などのような式で表すことができる。このように,一つの数をほかの数の積としてみることができるようにし,数についての理解を深めるとともに,数についての感覚を豊かにする。
(p.81)

はじめに小さなことを.《算数解説》では乗法やその式表現について説明するより前に,「2×6,6×2,3×4,4×3などのような式で表すことができる」とありますが,この文書,また学習指導要領では,教科書・単元の配置(順序)までは規定していません.そして上のセクションは,「A(1) 数の意味や表し方」の子要素となっていおり,一方かけ算は「A(3) 乗法」であるという点に,注意をしておきたいところです.
さて,「12個のおはじき」に関しては,アレイ図で,かけ算の式で表される根拠を書きました(一部書き換えています).

  • 一つ分の大きさを3とし,それが4つあるので,3×4=3+3+3+3=12
  • (海外では,一つ分の大きさを4とし,それが3つあるので,3×4=4+4+4=12)
  • 一つ分の大きさが4とし,それが3つ分あると認識でき,4×3=4+4+4=12
  • 一つ分の大きさを2個とし,それが6つある状態,式だと2×6=2+2+2+2+2+2=12
  • 一つ分の大きさを6個とし,それが2つある状態,式だと6×2=6+6=12
  • 一つ分の大きさを1個とし,それが12ある状態,式だと1×12=1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=12
  • 一つ分の大きさを12個とし,それが1つある状態,式だと12×1=12

いずれの“根拠”*2も,「ある部分の大きさ」と「幾つ分」が区別されています.そしてその区別は,「例えば」から始まる段落や,直後のアレイ図(が与えられた段階)にも適用されると考えるべきでしょう.
「ある部分の大きさ」が被乗数(かけられる数),「幾つ分」が乗数(かける数)となり,乗法の意味理解,被乗数と乗数の区別へと発展していくわけです.
このアレイ図と,面積の公式(p.147),そして文書全体や他の書籍をもとにすると,次のことが言えそうです.算数教育において,「倍の乗法」「積の乗法」と,「倍指向」は見られますが,「積指向」が出てくることはないのです.
そのような運用で,支障がないのは,倍指向と積指向の整理に書いたとおり,「《倍指向》で,《積の乗法》の問題を解くとき,正解となるかけ算の式は2通り」あるからです.「ちょうど2通り」ではなく「2通りある(もっとあるかもしれない)」のは,上で挙げたとおりですし,問題集や,Webで読める学習指導案などからも,確認することができます.

このように各位の計算を,位をそろえて形式的に処理しやすくしたものが筆算形式である。なお,この計算方法は十進位取り記数法に基づく計算であり,以降の乗法や除法の計算の原理にもなる。
(p.84)

これは2位数の加法で筆算にするという話で,乗法の筆算は,第3学年以降になります.


あとは落ち穂拾いをしておきます.ほとんどは,過去のエントリで書いたことがあるのですが,ここで情報の整理をしておきたかったのでした.

  • 第2学年で記されている,乗法の交換法則は,「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」(p.88)であり,式にしてみるなら3×5=15と5×3=15です.3×5=5×3と,かけ算の式どうしの等式にはしません.
  • 交換法則は,「乗法九九を構成したり計算の確かめをしたりすることに生かすこと」を意図しています.乗法の交換法則を根拠として,ある場面で3×5と表されるのなら,5×3と表してもよいという主張には無理があります.《倍の乗法》に対し,乗法の交換法則や《積指向》を取り入れた指導というのは,1円で61万株を売るという誤発注がより起こりやすくなることにつながり,賛成できません.
  • 《算数解説》で,被乗数と乗数の区別がなされている最大の箇所は,「小数×整数」が第4学年,「整数または小数×小数」が第5学年となっているところです.一つ前では,ともに第5学年でした.このように学年が分かれたことで,「小数×整数」の式で表される場合*3と,「整数×小数」の式で表される場合とが区別されます.

*1:1×15=15,15×1=15も同様です.ただし後者は累加での表現が困難なので,おはじきなどを使って,例えば縦に15個並べ,「15個が1列」によって,この式を得る必要がありそうです.

*2:子ども向けには「どうして3×4なの?」.

*3:p.142では「計算の指導」「計算の意味」と書かれ,計算手続きに関する説明ばかりとなっていますが,なぜその式で表されるか,言い換えると,「小数×整数」の式で表される場面を合わせた指導もなされるべきでしょう.そのことが明確な書籍は手持ちにありませんが,Greerの「同等の量(Equal measures)」と同種の問題から,その指導に入る事例を,書店で目にしたことがあります.