一方で注意すべきは、「どれであるかは自明でない」は、「そのどれでもない」ということを意味する訳ではなく、ましてや「(順序に)意味がない」ということを意味する訳でもないという点である。遠山さんは、こどもが書いた式の順序にその子なりの論理があることを大切に考えていた。たとえば、あるかけ算の問題で、式を「4×6」と書いた子と「6×4」と書いた子の頭の中では、きっとなにがしかの異なる理路が辿られた筈だと、遠山さんは考えた。まさにこの点が遠山哲学の真骨頂なのである。(略)
遠山啓さんのこと (表現といみ) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 - Yahoo!ブログ
はてブしたら,Twitter連携を通じてリツイートがあり,少々びっくりでした.
「きっとなにがしかの異なる理路が辿られた筈」は,興味深い表現です.遠山とも数学教育協議会(数教協)とも関係ありませんが,その理路を明確にしたものとしてVergnaud (1983, 1988)が思い浮かびます.そしてVergnaud (1988)の図式を,評価や配り方と結びつけて,かけ算の順序論争に適用した記述が今年の本に見られ,2013年はトランプ配り,1988年はアレイにて取り上げました.
ところで,「a×b」を正解とし「b×a」を間違いとしている事例の中にも,子どもはどのように考えているかが書かれています.把握している限り最古のものは,1951年の「これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。」(V. 算数についての評価)です.今年の本には『アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』があり,主要なところをどっちの式でもいいのかな - 北数教で見てきました.意味が欠落した手続きだと「(最初に出てきた数)×(後から出てきた数)」となります.数や語順を入れ替えた式または場面と比べることで,「順番の考えの矛盾に気付かせることができる」としています.
本日の記事は,どちらが妥当であるかあるいは妥当性に欠けるか,どちらに賛成するか反対するかについては,可能な限り触れないようにしています.実のところ,事例にせよ根拠にせよ,賛否あるから「論争」になっているわけです.どれに賛成/反対するかは,まずは著者*1と読者との信頼関係,そしてその著述から読み取れる,観察者(教師,執筆者)と観察対象(子どもたち)との信頼関係に,依存することになります.
遠山の著書に,「乗法構造」という言葉を見たことはありませんが,『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』(「6×4,4×6論争にひそむ意味」も収録されている本です)によると,まず「量と構造」と題した文章で1967年に問題提起をしており,また1974年の「構造をめぐって」では,構造主義や数学的構造に触れながら,解説を書いています.「乗法」はないものの,「構造」についての認識はあったわけです.
数教協と「乗法構造」の結びつきでいうと,むしろ言及すべきは銀林浩です.『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』では,第4章のタイトルは「乗除法の意味と構造」,そしてその§2は「乗法の構造」となっています.森毅の名前も,挙げるべきでしょう.
なのですが,「乗法構造」について考えるきっかけとなったのは,Vergnaudでも銀林でもなく,遠山の著書からになります.
「内包量・外延量と微分積分」と題した講演録で,『遠山啓エッセンス〈3〉量の理論』のほか,『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 6 量とはなにか 2 (1981年)』pp.78-91でも読むことができます.他文献との並列は,かけ算には本来,順序がない,□×△と△×□,答えは同じだけど,意味は違う(2013年版)でも行っています.
算数教育の観点では,「2×3のシェーマとしては,「1箱に何かが2つずつ入っているものの3箱分」としたほうがわかりやすい」のところ,そして「総量=内包量×容量」という言葉の式に留意すべきでしょう.上の記事にも書きましたが,ウサギ3匹の耳の数や,机の配置(アレイ)といった,「6×4,4×6論争にひそむ意味」に書かれた例についても,そのシェーマ変更に基づき,見直しが迫られることになります.
「6×4,4×6論争にひそむ意味」と「内包量・外延量と微分積分」の両方を改めて読み,自分なりに見直しておくと,「内包量…」には,かけ算の順序論争のことも,「6×4としなければならないか,4×6としなければならないか,6×4と4×6のどちらでもいいか」の答えも,書かれていません.ですが机の問題は,他文献と照合して,より深く検討することができます.
机の問題とは,「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」(『量とはなにか I』p.116)のことで,トランプ配りの直後に提示されています.そして遠山は「4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう」と記しています.
その机の配置と,「タイル×タイル」とは,ともにアレイの考えで視覚化・抽象化することができます.
ここから遠山や数教協から離れますが,Anghileri (1988)やGreer (1992)では,かけ算が用いられる場面の分類がなされており,その中で机の問題は,arrayやCartesian productに位置づけるのが最適と言えます.一方,みかんの問題は,allocationまたはequal groupsです.これにより,みかんの問題と机の問題とが異なる種類のかけ算になると言えます.個人的な印象ですが,数教協の著書を中心として和書は,解き方や式の表現,言ってみれば「手段」にウエイトを置き,海外の解説では,かけ算など解くことのできる「対象」を先に挙げてその意味を述べているように見えます.
どこかに分類して終わり,というわけにはいきません.机の問題をアレイとして考えたとき,被乗数と乗数とが区別されているようなアレイと区別されていないアレイとがあります.そのことは,かけ算を究める・ファーストインプレッションやTOSS vs AMIで見てきました.「1列に6つずつ4列」という表現のため,現在の算数では,6×4のみが正解になる可能性があることにも注意しておきたいところです.
乗法構造と遠山啓についての,個人的な理解は,次のとおりです:1972年の「6×4,4×6論争にひそむ意味」を書いた時点では,机の問題を引き合いに出してどちらでもいいとしていることから,乗法構造に対する詳細な検討や理解が見られませんでした.その後,森や銀林の著書,構造主義という現代思想,そして算数・数学教育において学習者や教師・研究者らとの交流を通じて,乗法構造(遠山の場合は,かけ算のシェーマ)として何が教育上,最もよいかを醸成していき,1979年の講演の中で「総量=内包量×容量」を明示したのでした.
落ち穂拾いをしておきます.遠山は,“かけ算はたし算のくりかえしだ”という定義に反対していますが,今の算数は,少なくとも学習指導要領解説では,(同数)累加と乗法の関係とを結びつけた学習内容となっています.乗数が小数・分数の場合の不都合な点は,乗法の意味の「拡張」によって解決を図っていることが,中島 (1968b)に記されており,2010年に刊行された『数学教育学研究ハンドブック』でもその方針を採用しています(日本数学教育学会による,乗法の意味づけ).
今年の本から.『算数の学習プリント―学力調査・算数的リテラシーに対応! (教育技術MOOK)』p.33には,「4つのプランターに3つずつチューリップのきゅうこんをうえます。きゅうこんはなんこいりますか。」に対して,先に「たし算の式で答えをもとめましょう。」とし,その後に「かけ算の式で答えをもとめましょう。」とする出題があります.出題意図は,たし算とかけ算の違いのほか,一つ分の数(1あたりの数)に何を選べばよいかを発見させることにあると見られます.なおA2で見てきたとおり,かけ算の式が期待される文章題でたし算の式を書いたら,学力調査では,正答扱いでも,「かけ算の意味の理解」の度合いからは外されています.
遠山が論争で示した(もともとは朝日新聞の記事ですが)「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」は,「基準量が後に示された問題」に属します.数教協の委員長(当時)による『数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)』(2012年)や,編集者となっている『活用力アップ!子どもがよろこぶ算数活動 2年』(2009年)には,この分類に属する文章題が見られません.後者は,かけ算の意味の理解にあたり,その種の出題は好ましくないと(企画者・執筆者らが)判断した,と推測できます.前者(優しい本で取り上げています)については,解くべき対象よりも,式の表し方にウエイトを置いたものだと,個人的には理解しています.
『量とはなにか I』を読んでいて,「あるサイズ×長さ」による寸法表記が(それが半世紀前にもあったことと含めて)興味深かったので,2013-10-21を書きました.
初めてお越しの方へ:当ブログでは2010年11月より継続的に,「かけ算の順序」に関する記事をリリースしています.カテゴリーは5×3とOoMで,2つ合わせて記事数は約360,文字数ははてなダイアリー記法で230万を超えます.ブログ内記事へのリンク集も作っており,現在では次の2つを拡充させています.
今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます.
(最終更新:2013-10-23 朝.タイトルを「乗法構造と遠山啓」から変更したほか,本文を少し書き換えました)
*1:ブログやWebページの作成者・編集者も,著者になります.