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と比例・に比例

今月6日に,3日分の記事を書いてからは,学会の準備に時間をとりました.また昨日は,「×」から学んだこと 14.02に回答を追加しました*1
Q&Aに入れなかったものの,昨年秋から気になっていたものがあります.それは「比例」についてです.
比例の例を挙げなさい,と問われれば,例えば,“同じ歩幅で歩いたときの,歩数と距離”が思い浮かびます.これは,“同じ歩幅で歩いたとき,距離は歩数に比例する”とも言えます.
同じように見える言い回しですが,本日はこの2つを区別します.それぞれに名前をつけておきます.
“同じ歩幅で歩いたときの,歩数と距離”は,「xとyは比例の関係にある」の一例です.そこで《と比例》と書きます.
それに対し,“同じ歩幅で歩いたとき,距離は歩数に比例する”は,「yはxに比例する」の形です.《に比例》と書くことにします.
このように書いた上で,何が気になったのかというと,小学校学習指導要領解説 算数編では,《に比例》が見当たらず,比例は《と比例》で表記されているのです.
主要なところを引いておきます.ページ番号はhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdfによります*2

ア 簡単な場合の比例の関係
第5学年では,伴って変わる二つの数量の関係の中から,特に簡単な場合について比例の関係を指導する。簡単な場合とは,表を用いて,一方が2倍,3倍,4倍,…になれば,それに伴って他方も2倍,3倍,4倍,…になる二つの数量の関係について知る程度を指している。例えば,「階段1段の高さが15cmのときの階段の段数と全体の高さ」,「縦の長さが6cmと決まっている場合の長方形の横の長さと面積」などである。そして,表に数量を当てはめながら調べていくことを指導する中で,二つの数量の対応や変化の仕方の特徴を見いだすことができるようにする。
その際,これまでに指導した乗法の場面と深くかかわっていることにも気付かせる。また,的確にとらえられるようにするために,見いだした特徴やきまりを「横の長さが2倍,3倍,4倍,…になれば,面積も2倍,3倍,4倍,…になる」などのように言葉を用いて表すようにする。

(pp.187-188)

ア 比例の式,表,グラフ
比例の意味として,次のようなことをあげることができる。
(ア)二つの数量A,Bがあり,一方の量が2倍,3倍,4倍,…と変化するのに伴って,他方の数量も2倍,3倍,4倍,…と変化し,一方が,\frac12\frac13\frac14,…と変化するのに伴って,他方も,\frac12\frac13\frac14,…と変化するということ。
(イ)(ア)の見方を一般的にして,二つの数量の一方がm倍になれば,それと対応する他方の数量はm倍というようになるということ。
(ウ)二つの数量の対応している値の商に着目すると,それがどこも一定になっているということ。
第5学年までに,伴って変わる二つの数量の関係については,その対応や変化の仕方の特徴について,表などを用いて調べることを中心に指導している。特に,第5学年では,簡単な場合について,比例の関係を理解させている。
第6学年では,これまでに指導してきた数量の関係について整理する立場から考察し,(ア)のような特徴をもった数量の関係として比例をとらえられるようにする。その際,日常の事象における二つの伴って変わる数量の関係を表などに表し,変化の特徴を調べることを通して,比例関係を見いだすような活動を取り入れることが大切である。

(pp.206-207)

字面として,《に比例》が見当たりません.いずれも「伴って変わる二つの数量の関係」を対象としており,2つの数量を対等なものとする見方になっています.これが,《と比例》と判断した理由となります.
中学校学習指導要領解説 数学編では,「また,円の一部としての扇形について,同一の円の弧の長さがその中心角の大きさに比例することを理解し(略)」(p.86)として,《に比例》の記述例が出現します.ついでに,同文書では「…と…は関数関係にある」「…は…の関数である」(p.88)という表現もあり,それぞれ《と比例》《に比例》の一般化となっています.
海外はというと,これも当ブログではたびたび参照しているCommon Core State Standardsにアクセスしたところ,http://www.corestandards.org/Math/Content/7/RPにあります.Grade 7は中1相当です.CCSS.Math.Content.7.RP.A.2aに"Decide whether two quantities are in a proportional relationship",同2cに"For example, if total cost t is proportional to the number n of items purchased at a constant price p, the relationship between the total cost and the number of items can be expressed as t = pn."とあり,前者は《と比例》,後者は《に比例》に対応します.
小学校に話を戻して,《に比例》ではなく《と比例》,というのは,これまでも参照している,東京都算数教育研究会の学力調査(平成24年度実施 学力実態調査の集計と考察〈数と計算 数量関係〉)からも見ることができます.第6学年の大問5です.

[5] 次の2つの数量で、比例するものはどれですか。全部選んで、その記号を書きましょう。
(あ) 身長の伸び方と体重の増え方
(い) 直方体の形をした水そうに入れる水の量と水の深さ
(う) 1日の昼の長さと夜の長さ
(え) 底辺が一定な三角形の高さと面積
(お) 面積が一定な長方形のたてと横の辺の長さ

それに対し,算数教育の重鎮とでも呼べる方々の書いた本では,共通して《に比例》を採用しています.

4. 比例
比例について指導することは,次のようなことである。
1) 比例の意味(定義)
「2つの数量xとyについて,xが2倍,3倍,……になると,それに伴って,yも2倍,3倍,……になるとき,yはxに比例するという」という定義を指導する。
(『算数教育学概論』p.223)

このような発見から,「2つの数量xとyがあって,xの値が□倍になると,それに伴ってyの値も□倍になるとき,『xはyに比例する*3』という」と約束(定義)しておく。
(『算数科 授業づくりの基礎・基本』p.351)

辞書・辞典も,見ておきます.『算数教育指導用語辞典』では「道のりは,歩いた時間に比例するという」「□は△に比例(正比例)する」などとあって(p.255),《に比例》になっています.『算数・数学用語辞典』の比例の説明は,(1)が《と比例》,(2)は《に比例》です(pp.185-186).goo辞書(デジタル大辞泉)の比例は《と比例》です.
ここまでをまとめると:

  • 《と比例》主導:小学校学習指導要領解説算数編,東京都算数教育研究会学力実態調査,デジタル大辞泉
  • 《に比例》主導:中学校学習指導要領解説数学編,『算数教育学概論』『算数科 授業づくりの基礎・基本』『算数教育指導用語辞典』
  • 《と比例》《に比例》併記:Common Core State Standards,『算数・数学用語辞典』

最後に個人的意見ですが,《に比例》と《と比例》のどちらが教育的(数学的)に価値があるかは,分かりません.むしろこの記事の意図は,《に比例》と《と比例》のニュアンスの違いを知っておくと良いのでは,という提案になります.
《と比例》すなわち「xとyは比例する」と,《に比例》すなわち「yはxに比例する」とでは,何を対象として比例を見ているのかが異なる(明確にできる)のです.なお,同様の区別は以前にも,「5に3を足す」と「5と3を足す」,"Your idea is the same as his assertion."と"Your idea and his assertion are the same.",として書いていました(「なぜエンジニアは文章が下手なのか」の数式).
数学的には,xとyの関係においてy=0で表されるとき,《に比例》ではあるけれども《と比例》は言いがたい*4点に配慮が必要です.y=0やx=0を比例と見なさない,とすれば,《に比例》と《と比例》は等価となりますし,「yはxに比例する」と「xはyに比例する」が同値となります.

*1:最初の記事作成と同じくらいに,時間をとりました.といっても,記事作成のほうは,これまで小分けにしていたQ&A記事を集約して整理をしたものなので,あまり時間がかからなかったのですが.

*2:引用で書いたページ番号や,PDFのノンブルにあるページ番号から,60を引けば,PDFの該当ページとなります.

*3:原文ママ.「yはxに比例する」の書き間違いなのか,意図通りなのかは,前後を見ても分かりませんでした.なお2乗比例についてはその前のページで『yはxの2乗に比例する』と表記しています.

*4:《と比例》に現れる「一方」を,「任意の一方」(どちらを説明変数としても…)と見れば,y=0は比例ではありませんが,「ある一方」だと比例の定義に当てはまります.