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1888年のアレイと掛け算

またも近代デジタルライブラリーからです.上のリンクで表示されるページでは,書誌情報の中に「出版年月日 明25」とありますが,コマ番号121に,各版の日付が書かれています.この最初の「明治廿一年」を西暦にすると1888年です.
この存在を知るきっかけとなった文献があります.

算術と量で思い浮かぶものと言えば,その本文にもあるとおり,藤沢利喜太郎の「数え主義」そして「量の放逐」です.この方針によって,教科書そして指導法がどのように変わっていったかを,文献を通して明らかにしています.
本筋ではありませんが,数教協や森毅への言及もあります.かけ算の言葉の式に関しては,「(里の数)×36=(町の数)などの表現はおかしい,里の数は幾倍しても里の数であるはずだから36町×(里の数)=(町の数)などに改めよ」が興味深いところです.
新たに明治の算術教科書を読もうと思ったのは,「寺尾の教科書においては(略),直観的な説明(例えば5×3=3×5を点の直積による図で)」が目に留まったからでした.点の直積による図,というのは,以下より見ることができます.

5行3列の「1」の並びを取り巻く解説を,打ち出してみます(p.54).

原則 凡て或る数に或る他の数を掛けたるものと、後の数に始の数を掛けたるものとは互に相等し
例とえば五と三といふ二つの数あらんに、三に五を掛けたるものと、五に三をかけたるものとは、互に相等し、如何となれば、図の如く、一を三つづつ横に並べくるものを五行だけ累子て之れを加え合はすれば、分明に三に五をかけたるものを得べし、然るに同様にして作りたる図は、一を五ずつ縦に累子たるものを三列だけ並べたるものとも看做すこをを得べし、然るに一を五つづつ累子たるもの即ち五を三つとりて寄せ合はせたるものは五に三を掛けたるものに等し、故に三に五を掛けたるものと五に三を掛けたるものとは互に相等し
此論理は五と三といふ特別の数のみに限らず、すべて如何なる数にもあてはまるものなるゆへ、此原則の確実なることを証するに足るべし
此原則は辞を省きて、乗数と被乗数とを交換しても、積はかはらずといふことを得べし

アレイを用いた,乗法の交換法則の説明となっています.
そしてこの書も,交換法則を学習したら,どちらでもいいという方針ではどうやらなさそうで,コマ番号36 (p.67)から始まる「掛け算の応用」では,第一*1・第二・第三のいずれも,被乗数と乗数の区別*2に注意して,答えを得る理路を説明しています.
なお,被乗数・乗数の説明はコマ番号27 (pp.48-49)にあります.定義において「凡て或る数を或る量に掛くるとは…」と,乗数に対応する「或る数を」が先,被乗数に対応する「或る量に」が後に出現するのは,現代の視点ではユニークかもしれません*3.とはいえ,交換法則の説明との対比でも分かるし,この本の他のところからも,「或る数に或る数を」と「或る数を或る数に」を見ることができます.「に」の前の数が被乗数,「を」の前の数が乗数というルールになっています*4
かけ算の式はというと,前後どちらでもかまわないと読める記述はなく,コマ番号38 (p.71)より「被乗数の右に×なる符号をかき,其右に乗数を書くを法とす,例とえば 5×3とは五に三を掛けたる結果のことなり」で導入しています.


昔書いたこと:

大人の議論としては,「3に5をかける」と「3を5にかける」と「3と5をかける」とで違いを認めるか否かの話なのかなと思っています.

別件で気になること:

*1:問題文は「或る人毎月金二十五円を費やすといふ,一年の間には幾何の金を費す乎と問ふ」です.被乗数は明記されている一方で,乗数は1年=12か月の関係により得る必要があります.

*2:「aのb倍」が,それぞれに出現します.

*3:「被乗量」というのも登場しますが「乗量」は見当たりません.それと,わり算の定義は,コマ番号46 (p.86)で「或る数にて或る他の数を割るとは」となっていて,こちらも除数が先です.

*4:因数は,コマ番号27 (p.49)の「又積に対しては、乗数も被乗数も共に因数と名つく」によって定義されています.