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高木貞治『広算術教科書』に見る,因数の順序,基準量が後に示された問題

知ったきっかけは:https://twitter.com/balsamicose/status/555766961448038401*1
掛け算(乗法)の章は,p.51(コマ番号29)から始まります.1つ,例題を述べたのち,p.52(コマ番号30)には,前後より大きな文字で「乗数は必ず不名数なり。積は被乗数が名数なるときは,亦必ず同種の名数なり」と書かれています.
p.53(コマ番号30)には「九九の表」があります.https://twitter.com/balsamicose/status/555767341787537408でも指摘されていますが,被乗数・乗数の区別がありません.教科書で総九九が採用されたのは1925(大正14)年とのことなので*2,著者(高木)は総九九が合理的と考えているが,教育情勢に配慮し,この表を使って暗唱することまでは書かなかった(「九九の表を作り試るべし」にとどめた),と推測できます.
6行4列のアレイ図が,p.58(コマ番号33)に出現します.「26. 因数。」という節の中です.同じコマ番号の右,p.59では,「積は因数の順序に関係なし。」が大きな文字にになっています.
これは交換法則のことだ,だからこれを理解すれば,「みかんの数(3)を先にして3×5と書いても,お皿の数(5)を先にして5×3と書いてもいいんだよ,ということを教えることができる」(松本幸夫: 3×5 vs. 5×3の問題. 数学セミナー2015年2月号 p.56)と言っていい…
とは,『広算術教科書』を読み進めていく限り,同意できません.というのもまず,同じページの脚注に「被乗数が名数なるときは,其単位の名を去りて後,此法則を適用すべきこと勿論なり。」とあります.交換法則は,不名数*3における性質だというわけです.
これは,被乗数や乗数を小数に拡張して,かけ算を考える際の記述からも,裏付けられます.実際,p.63(コマ番号35)では「積の単位と被乗数の単位とは必ず相同じ。」*4,p.66(コマ番号37)では「小数の掛け算にても,乗数は必ず不名数にて,積の単位は被乗数の単位と同じ。」が,それぞれ大きな文字になっています.
整数に立ち返ると,『広算術教科書』を根拠として主張できるのは,「みかんの数(3)を先にして3×5を使っても,お皿の数(5)を先にして5×3を使っても,みかんの総数は求められる」であり,どちらの式を書いてもよいまでは認められない,となります.
現在の視点でもう一つ,「被乗数×乗数」あるいは〈乗数と被乗数が区別される文脈〉*5と,「因数×因数」あるいは〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉を,その表記はともかくとして『広算術教科書』では暗黙のうちに,しかし厳然と区別しているのが,読み取れるのも,書いておかないといけません.


文章題を順に見ていくと,「基準量が後に示された問題」にぶつかりました.
p.60(コマ番号34)です.「12. 東京より横浜までの鉄道距離18哩なり.三等乗車賃金一哩毎に一錢六厘五毛なるときは,此賃金幾許となるか。」とあります.
上に引用した「乗数は必ず不名数なり。積は被乗数が名数なるときは,亦必ず同種の名数なり」に基づくと,1錢6厘5毛×18という式を立てることになり,165×18=2970なので,答えは29錢7厘です*6
次の問題は,「13. 細字を習はんとて,十三行二十三字詰,十七枚を写せり.総字数幾許なるか。」です.「字」に注目すると,23×13×17という式を立てるべきところですが,「十三行二十三字詰」をアレイに見立てて,数の出現順に13×23×17と書くのも正解にしたいところです.なお,巻末の答えには,式は載っていません.
かけ算の順序論争として見るならば,一つは式に対する正解・不正解を判定するようになったのはいつからかというのが気になります.1951年(昭和26年)の小学校学習指導要領 算数科編(試案)が書かれるより前という,個人的な認識は,『広算術教科書』を読んでも変更ありません.
論争の(文献重視で検討する際の)もう一つの注意点は,「因数の順序」「被乗数,乗数の順序」「掛(か)け算の順序」という流れでしょうか.上で「積は因数の順序に関係なし」と引きましたが,結合法則の説明でもp.75(コマ番号41)に「一般に,累乗積を計算するときには,因数の順序を如何やうにしてもよく」とあるので,高木は交換法則と結合法則の両方について「因数の順序」という言葉を用いていることが見て取れます.これは『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』p.27も同じです.


他に興味を持ったところを:

  • p.55(コマ番号31):例題の8は速さ×時間=距離.
  • p.73(コマ番号40):累乗.3口(以上)のかけ算で,冪とは別.「一般に,或数に多くの乗数を次第に掛けても,又は同じ数に乗数の積を掛けても,結果は同じことなり。」
  • p.81(コマ番号44):17は相対速度を含む.
  • p.82(コマ番号45):割り算.導入においては,「6円×4=24円」という1つのかけ算の式をもとに,4を求める問題と6円と求める問題を挙げている.
  • p.83(コマ番号45):大きな文字で「被除数が名数なるとき,(1)除数が之と同名なる数なるときは,商は不名数なり,(2)除数が不名数なるときは,商は被乗数と同名なる数なり。」.
  • pp.112-113:コマ番号60と61は重複
  • p.137(コマ番号73):例五は鶴亀算.その次のページには筆算や図を用いた「験」(たしかめ)がある.
  • pp.148-149:コマ番号79と80は重複
  • p.149(コマ番号79):「めーとる」の長音記号が上から下で「め|とる」に見える.「一め|とる」も.
  • p.226(コマ番号120):「4の倍数 4,8,12,16,20,24,28,32,36, ...」で0を入れていない.この章で「整数」に0を含まないとは書かれていない.
  • 負の数は出現しない.

以前に近代デジタルライブラリーを読んで作った記事は:

(最終更新:2015-01-18 朝)

*1:他に:https://twitter.com/nomisukebot/status/555751667501518848

*2:http://hdl.handle.net/10441/11501

*3:現在なら「無名数」「純粋な数」「無次元量」になるでしょうか.

*4:「29. 被乗数に小数部分ある場合」の中で,今でいう「小数×整数」の話です.

*5:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006184927

*6:コマ番号164で書かれている答えは「297厘」でした.