面白い電子化資料を知りました.ページ数も少なく,労せず,全体を読むことができました.
- 文部省: カズノホン 四 教師用, 共同印刷 (1941). http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1439928
出版年からすると,水色表紙教科書(緑表紙の次*1)の教師用指導書で,「四」は,いまの教科書なら「2年下」に対応すると思えば良さそうです.
掛算九九は第四章(p.42,コマ番号25)から始まります.直前の章では,量と測定に関連した,倍の概念を取り上げていますが,その計算は同数累加ばかりです.第四章で,「×」の記号を使ったかけ算の式が登場します.その登場場面(pp.42-43)を,書き出しました.なお,漢字は現代のものに改めています.
(略)即ち,事物の箇数について倍の観念を指導して行く際には,
(イ)事物の集合が二つあつて,一方が他方と同じ箇数の幾つかの部分に分かれてゐるとき,両者の箇数の関係を求めること。
(ロ)事物が,或一定数づつを一塊りとしてふえて行くとき,ふえた結果の箇数を求めること。
の二面があることは,すでに前章にも述べたが,(イ)は,寄算・引算の指導に於ける数の構成に相当するものであり,(ロ)は数の増減に相当するものであつて,これらの指導の間に,抽象的な数について,それを何倍するといふ観念が出来て来るのである。さうして,その結果の数を,「或数を何倍かした数」として直接的に観するとき,ここに新しい種類の計算の観念が成立し,又,それに伴なひ,「掛ける」といふ言葉,及び,「×」という記号が用ひられることになる。即ち,例へば5を六倍することを,「5かける6」と言ひ,5×6といふ記号で表すのである。
(略)
指導に当つては,以上のやうなことを十分心得て,前章までの指導を自然に発展せしめ,掛算といふことを単に形式的な九九の呼称の如く思い誤る弊に陥らせることなく,掛算の実質的な意味を把握させ,それに基づいて九九を活用し得るやうに導かねばならぬ。
(イ)(ロ)は,いまの算数でも,かけ算の単元の中で学習されていることです*2.最後の段落は,かけ算とは九九を覚えることじゃないよと言い換えられますが,これも本やWebでよく目にします.ただ,倍概念は,いまの算数は上記ほど積極的に用いられないですし,乗法の素地として使われるのは,量(連続量)ではなく数(分離量)です.
それと,「寄算」であって「足算」でないのは,小学校教師向けの記述だったからと思われます.そのころすでに「足し算」という名称もあり,高木貞治が1940年に書いた中でネタにしていたのを,『[isbn:9784480092816:title]』(([http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121026/1351197462]))で読むことができます.
冒頭のツイートのうち,交換法則に関するところを,引き続き書き出します(pp.43-44).
尚,抽象的な数の掛算,例へば,5×6に於ては,被乗数の5と乗数の6とは,ともに数として区別がないか,以上に述べたやうな掛算の観念の発生の由来を考へるならば,被乗数の5は,量の測定値や事物の集合の箇数に当り,乗数の6は,これらの測定値や箇数を倍する数に当るのであるから,児童の頭には,被乗数と乗数とは実質的に違つた感じを以て映じてゐるのが自然である。したがつて,又,5×6と6×5とにも実質的な違ひが感じられるに相違ない。かやうな実質的な違ひを抽象し去つたとき,抽象的な数の計算に到達するのであるが,そこへ到達せしめることを徒に急いではならない。
被乗数と乗数との実質的な違ひを無視し得るといふことは,その反面から言へば,交換法則に気づくといふことである。これは,例へば,5×6の計算と6×5の計算との結果が同じであるといふやうな事実に度々出会ってゐる間にも,次第に気づいて来るではあらうが,それだけでは,本当に交換法則を理解してゐるとは言い難い。これは,例へば,縦五列,横六列に整列した丸の排列について,その箇数を数へるといふやうな考察・処理が基になつて,その直感に達するのである。本書に於ては,かやうな考察・処理の経験が折に触れて度重つて行くにつれ,交換法則の基となる直感が次第に明確になり,遂にはこれを意識的に交換法則として活用するに至らしめようとするのであつて,はじめからこれを教へることは避けてゐる。教師は,その趣旨をよく心得てゐなければならない。
2年の年度の後半,そしてかけ算を当時指導する段階においては,交換法則は「そこへ到達せしめることを徒に急いではならない」と言っています.いまの算数で,交換法則という用語は2年で学ばないこと,また交換法則を(用語は別として)学習したからといって,ある場面を5×6と6×5のどちらで書いてもいいとはならないこととと,接点を得ることができそうです.
かけ算の式において被乗数*3・乗数がどれに当たるか,学年進行に応じて教師はどのように指導すべきかという観点では,上の引用は,『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』pp.91-92*4の記述と,かなり似ているという印象も持ちました.
「縦五列,横六列に整列した丸の排列」は,今でいうアレイですが,丸ではない配置はp.40(コマ番号24,第三章)に見られます.近デジで読めるもっと古い本でも,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826848/30*5より,「1」を並べた類例が確認できます.
なお,「交換法則の基となる直感」の例は,p.58(コマ番号33)に載っています.抜き出すと:
一本四銭のが何本買へるかは,4×5により,五本と答へられればよい。これも包含除の問題である。五銭のお金四つで二十銭であり,それで一本四銭の鉛筆が五本買へるといふ事実の中には,5×4=4×5といふことが含まれてゐるが,特に取り上げて注意する必要はない。かやうな事実をたびたび体験して行く間に,次第に交換法則に気づいて来ることが大切である。
「5円玉4枚で,1個が4円の物品が5つ買える.式で表すと5×4=4×5」とすれば,いまの算数でも活用することができます.類似のものは,これまでも当ブログで取り上げてきていて,国内なら「ペアシートが3席」と「3人用シートが2席」*6,海外なら"three children each having four candies are luckier than four children each having three candies"*7が分かりやすい話です.と思ったのですがペアシートもキャンディも,数だけ入れかえた等式(2人×3席=3人×2席,three children × four candies = four children × three candies)であって,5銭×4枚=4銭×5本(パー書きを使えば,5銭/枚×4枚=4銭/本×5本)は,質的に違ってきますね….
冒頭のツイートでは「被乗数先唱」について意見されていますが,p.40(コマ番号27)の「四銭の切手を八枚」を見て,思い浮かんだのは,緑表紙教科書の編集者が著した『「小学算術」の研究』です*8.
「被乗数先唱を墨守せしめようとするのではない」に関して,小学生でも分かってくれそうな,乗数先唱の例は,「3cm」「三十」などでしょうか.単位(ここではcm,十)より前に,いくつ分(3,三)を置く記法です.数学と関連させるなら,『量と数の理論 (1978年)』において,A+Aを「2AまたはA×2で表す」*9のと重なります.
あとは自分用メモです.
- p.53(コマ番号30):三番の解説に「問題に於て,被乗数が後に来てゐる点で,一番・二番に比し,少しむづかしい感じがするであらう。」について,具体的な出題こそ書かれていない*10ものの,基準量が後に示された問題*11と思われます.
- p.49(コマ番号28):「被乗数と積がわかつてゐて,乗数を求めるやうなことになる場面もとり入れてゐる。これは,所謂包含除の問題ともいふべきものであるが」とあり,その後何度か,「包含除」の文字は出てきますが,「等分除」は見かけません.と思ったら,p.39(コマ番号23)に「等分除の方は考へ難いから」と,児童用書(カズノホン)では1問だけにしているとのことです.ここでいう包含除・等分除は,除法そのものではなく,かけ算の式,具体的にはa×□=bと□×a=bで考えればよく,式を使わなければ,「整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある」*12となります.
- p.45(コマ番号26):九九の学習において,「1×」や「×1」は不要としています.いまの算数との相違点です.
(最終更新:2015-04-22 晩)
*1:それぞれの発行時期や特色は,http://library.miyakyo-u.ac.jp/banner/exhibition/josetsu/H18/kaisetsu2.htmlで読むことができます.
*2:学習指導要領だと,http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=27.ただしこのページ(p.87)には,「×」を用いた式の例が見られず,それを知るのは次のページからとなります.
*3:「量の測定値や事物の集合の箇数」は,いまの算数だと「一つ分の大きさ」に対応します.
*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130214/1360776013#%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%8C%87%E5%B0%8E%E6%B3%95%20%E7%AE%97%E6%95%B0
*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150124/1422048295
*6:『オトナのための算数・数学やりなおしドリル』p.14
*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121222/1356112738
*8:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120617/1339879889より転載:「国語は,「5円の色紙を8枚」「3を4倍する」というように,被乗数を先にする言い方である.」.まず日常生活をもとにした例,それから無次元量の演算を挙げているのは,被乗数先唱を推進した理由書あたりに元ネタがあるのではないかと思っています.
*9:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120213/1329083228
*10:教師用でない「カズノホン」に当たれば分かるのですが.