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かけ算の順序・海外状況

このページが一昨日に,ツイート*1でリンクされました.アクセスログを見ると,そのリンク(http://t.co/yeUHZdSrU2)や,Facebook経由での閲覧がありました.
いちおう,1個の記事で内容は完結していますし,「かけ算の順序」について主だった国内外の情報源にリンクしてありましたが,今読み直してみると,その後に得た情報もあるんだよなあという思いも出てきます.
そこで当ブログで書いたことやブックマークした内容を見直し,海外の出題や,読んだ洋書,国内外の比較に関して,これはというものを書いておくことにします.


「かけ算の順序」が逆だと不正解になるという,海外の事例を,いくつか把握しています.

このうちベルギーの件は,本文は韓国語です.機械翻訳させたところ,執筆者はベルギー駐在員とのこと.
不正解とすることに対する議論は,韓国・台湾の各ページで読むことができます.当ブログで書いた記事についても,英語による議論がありました.


「かけ算の順序」に関連する洋書で,2013-2014年に読み,個人的に勉強になったのは以下の3つです.

  • Anghileri, J. and Johnson, D.C. (1988). Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division. In Post, T.R. (Ed.), Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189. asin:0205110762
  • Vergnaud, G. (1988). Multiplicative Structures. In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, Vol.2, pp.141-161. isbn:0873532651
  • Chapin, S. H., O'Connor, C. and Anderson, N. C. (2009). Classroom Discussions―Using Math Talk to Help Students Learn, Grades K-6, Second Edition, Math Solutions. isbn:1935099019

Anghileri & Johnson (1988)では,「3×4」という式の解釈について,"3 multiplied by 4"(3に4をかける),"3 times 4"(3倍の4),"3 fours"(3つの4)を挙げ,多様であることを述べてから,直後の段落で,子どもたちにとって「3つの4」と「4つの3」は基本的に別物であることを指摘しています.そこでは,「4つずつキャンディを持っている3人の子どもたち」と「3つずつキャンディを持っている4人の子どもたち」とを比較し,前者の子どもたちのほうがluckierだとしています."although"のあと,キャンディの総数は同じであることの確認も,忘れていません.「a×bとb×a(例えば,5×6と6×5)が同じでないような,日常生活の例を挙げなさい」という練習問題もあるほか,乗法の交換法則は数の性質であり,3×4が4×3と等しいのは事実だけれども,日常生活においてそれらが同じというわけではないことが,別のページで再確認されています.
Vergnaud (1988)は,同じ人が1983年に書いたものとタイトルが同じで,2つの量空間についての2つの表が掲載されているのも共通していますが,内容は大きく異なっています.1988年のほうで書かれている,興味深い例題は,「コニーは4個のおもちゃの車を買いたい.1個は5ドルする.いくら払わないといけないか?」です.式として「a) 5+5+5+5=20」「b) 4・5=20」「c) 5・4=20」「d) 4+4+4+4+4=20」の4つを並べ,2つの表を活用しながら,b)もc)も,その場面を表す式となることを,まずは述べていきます.なのですが,c)とd)との結びつき*2に注意すると,手続きb)とc)の間には強い非対称性があり,概念的には同一ではないことも指摘しています.「乗法の交換法則によって数学的には等しいかもしれない」というのは,その文章でも,althoughに続けて書かれていますし,長方形の面積の問題だと,4・5=20でも5・4=20でもよい(対称性がある)という言及もあります.
Chapin et al. (2009)は,http://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8Cの「書籍のプレビュー」より本文が読めます*3.本文の最初の章の最初のページ(pp.3-4)で,かけ算の交換法則についての授業が展開されています.
かけられる数・かける数の順序を変えても同じ答えになるのはなぜかという討論の中で,2つの意見が出ました.Eddieの意見は,2×5は「5つの袋にリンゴが2つずつ」,5×2は「5つの袋にリンゴが2つずつ」を表し,順序に意味があるという主張になります.それに対しTiffanyは,それら2つの場面は別だけれど,答え(リンゴの総数)は同じであり,順序は重要ではないと主張します.
交換法則として学ぶべきことは,2×5=5×2であり,"the answer is the same no matter which number goes first"です.またEddieとTiffanyの発言を先生が要約することで,本文ではディスカッションを終えています.ですが,そこに至る前に先生は,"And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?"(それでティファニーさん,2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えないっていうの?)と尋ねています.原文では"can't"が斜体字になっており,実際の会話でもそこが強調されるべきだろうと,想像できます.
このように先生が質問することで,交換法則を学習したからといって,例えば「5つの袋にリンゴが2つずつ」は5×2でも2×5でもいい,とはならないのが読み取れます.
2013年に「□×△と△×□,答えは同じだけど,意味は違う」と題する記事を書きましたが,3つの洋書で得た知見から,「□×△と△×□,答えは同じだけど,意味は違うことがある」に修正したほうがいいな,とも思っています.


国内外の比較は,次の2つから行うことができます.

前者について,日本語・英語・タイ語で,「自然な語順」と式の表し方とを比較しているところがあります.それを読んで,次のような表を作ったことがありました.

  語順 かけ算の順序
日本語 かけられる数が先 かけられる数が先
英語 かける数が先 かける数が先
タイ語 かけられる数が先 かける数が先

後者は筑波大とメキシコ教育省の共同事業によるもので,違いを論じる際には,xにjを下付き文字で添えることで,日本式の乗算記号とし,その本における乗算記号と区別しています.
こういった出版物を改めて見直すと,「かけ算の順序なんておかしい」という主張をもとに,学術的また国際的に展開して,論文や書籍にしていけるのかどうかが,気がかりとなります.好みではないラベリングとはいえ,批判を見かけたら“ネットde真実”ではないかという意識は,今後も持つこととなります.


関連:


あともう一つ,

海外の文献をほかにもいくつか,読みましたが,「かけ算の順序」という問題設定は見られませんでした.

「かけ算の順序」はニセ科学だと思っている人向けツアー

文章題(word problem)に関する最新のレビューが,以下より読めます.今月1日リリースの,オープンアクセス論文です.ざっと目を通したのですが,ここにも「かけ算の順序」は見当たりませんでした.

*1:https://twitter.com/uu_tsmz/status/586459573734612992

*2:原文では"Twenty dollars cannot be 5 cars + 5 cars + 5 cars + 5 cars.".なお,1983年のほうでは,乗法の意味と累加との結びつきに消極的な記述があります.

*3:知るきっかけとなったのは,http://www.n-ishida.ac.jp/main-office/tyuto/kenkyukiyou/09/P3.pdfです.日本語ですが,イランの授業の事例も載っています.

*4:http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA65639013

*5:http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA89718362