OoMカテゴリーは2013年3月から使い始めました*1.記事数は200を超え,総文字数(はてな記法ベース)は約120万に手が届くところとなっています.
その間に得た情報の中で,最も個人的な驚きの大きかったのは,今年度から使用の算数教科書における,「かけ算の順序」関連の文章題です.「みかんが 8ふくろ あります。どの ふくろにも 9こずつ 入って います。」がその一例です.このような,かけ算の式にするとき,出現する2つの数の順序を逆にして書くことが期待されている文章題が,6社すべての算数の2年教科書に複数,載っていた*2ほか,1年や3年の教科書からも見ることができました*3.
教科書を離れた,国内状況としては,東京都算数教育研究会の学力調査*4や総合初等教育研究所の計算力調査*5でも,上記と同様の文章題を採用しており,式の正解率が低い*6ことを報告しています.
そういった,新旧の出題状況を見ていると,「かけ算の順序」を巡る批判は一体,何だったんだろうという思いもあります.教科書の執筆者,学力テストの実施者らへの働きかけができていないわけですし,問題点をもとに教育効果の高い教材をつくろうという気配も見られません.#掛算 - Twitter検索に目を通してみると,「かけ算の順序」以外のトピックで埋もれています.
批判は何も生み出さない,ネット上の言論にすぎないのかというと,実はそうでもなく,数学者らが書籍や雑誌記事として,批判を文字に残しています.現在の数学者は,かけ算の順序についてどのような見解を出していますか?で整理を試みました*7.
「OoM」ではなく「5×3」のカテゴリーで記事を書いていたとき,時期としては2010年から2011年のころに,かけ算の順序が「ローカルルール」であるという主張を見かけました.かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきであるの中を検索して,容易に見つけられるほか,『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』のp.45にも「ローカル・ルール」と表記されています.
海外文献を,文献の引用・被引用や,算数・数学教育の変化にも注意しながら読んでいくと,数学者らが挙げるいくつかの事例や,ローカルルール論は,批判のための言論となってしまっており,もっと広範囲な対象,そして整理されてきた実情を踏まえていないことも,知ることができました*8.
小学校でかけ算が用いられる場面はGreer (1992)が充実しており,そこに掲載された表*9を見れば,「被乗数×乗数」のかけ算と「因数×因数」のかけ算があるのが一目瞭然です.批判は,学校教育のかけ算として「被乗数×乗数」のみを取り上げ,「因数×因数」のタイプに対応できないとしがちですが(典型的なのはisbn:9784480096302),例えばアレイは,モデルとしては「因数×因数」であり,式に表す(「因数×因数」のモデルを「被乗数×乗数」に帰着する)際,何を被乗数とするかによって2通りの式を得ているのが,教科書(主に3年)や問題集などから知ることのできる状況です.
「10cm×7000kcal=70000kcal」のような,日常生活におけるかけ算の式についても,Vergnaud (1983, 1988)が2×2の関係表で示した乗法構造の一つとして,次元解析をふまえて理解すればいいと学びました.「ウエストを1cm減らすのに7,000kcalの消費が必要です.ウエストを10cm減らしたいのであれば,『10cm×7000kcal=70000kcal』で,70,000kcalですよ」から話を始めます.ここで変量となるのは,ウエストを何cm減らしたいのかと,そのためにはどれだけカロリーを消費しないといけないかです.前者をかけ算の被乗数に置き,後者を積とすると,乗数は7000kcal/cmと表され,10cm×7000kcal/cm=70000kcalを得ます*10.
「かけ算の順序」を巡る,他国の授業例はというと,昨年秋に知った論文と文献があります.国はイランとアメリカです*11.アメリカの件*12は,NCTM(全米数学教師協議会)の基準を踏まえた授業とされています.ある生徒が5×2と2×5の式が出したところで,「リンゴの数は同じでしょ! だから同じってこと!」と言う生徒に対し,先生が意見を整理した上で「2つの式が違った場面を表すのに使えないって言うのですか?」と問うシーンは,授業でディスカッションを重視していたからこその発問と認識しました.
その授業の主な目的は,かけ算の交換法則であり,先生の問いかけは,かけ算の交換法則を学んだら(あるいは知っていれば),a×bでもb×aでもどちらでもよい,という主張への反例と見ることもできます.もっと素直にシンプルに,ある場面においてa×bという式に意味を与え(例えば2個のリンゴが5セットで2×5),b×aという式にも別の意味を与え(5個のリンゴが2セットで5×2),着目する総数が同じだから,等式で結んでa×b=b×a(2×5=5×2)となる,というだけのことです.他文献だとVergnaud (1988)やAnghileriら(1988)からも見ることができ,国内に戻って算数の授業や家庭教育に利用可能な知見となっています.
最後に,当ブログにおける「かけ算の順序」のアウトプットの中で,思い入れのあるものをいくつか,示しておきます.2013年の10月にはwikipedia:かけ算の順序問題の編集に携わりました*13.その翌月に,あえてここでリンクはしませんが,「かけ算の順序」をサーチエンジンにかけると,上位にのぼる記事を,公表することもできました.
教材論においては,「小数×整数」と「整数×小数」の違いに注目してきました.ともに高学年で学習しますが,前者は累加によって,その場面を表したり,計算したりできる(0.1×3=0.1+0.1+0.1)のに対し,後者は累加で求められないので,そこで何らかの工夫が必要になってきます*14.「小数×整数」は「連続量×分離量」に置き換えることができ*15,このかけ算の等式に基づき,7.2を3でわったときにあまりの出る(7.2÷3=2あまり1.2)場面と出ない(7.2÷3=2.4)場面をつくることができる*16こと,それらの式を通じて,包含除と等分除の区別を(高学年の学習において)再確認できたことが,今年の成果の1つとなります.
今後の予定です.算数・数学に関する新たなカテゴリーを作成し,「かけ算の順序」関連はその中で扱います.ここのところ,仕事(とくに後期授業の準備と実施)に時間をとらざるを得なかったのですが,研究について書いたり,子らとふれ合う時間を増やしたりしたいとも考えています.
*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130301/1362085747
*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140629/1403967600
*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140703/1404313204
*4:http://tosanken.main.jp/htdocs/index.php?action=pages_view_main&page_id=145, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150625/1435181170, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131026/1382734792
*5:http://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/keisan_h25.xhtml, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150714/1436871026
*6:東京書籍では,http://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdf#page=2において正答率を記載し,教科書の工夫点へとつなげています.
*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150516/1431768894とhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150707/1436216361でも,今年出版された本を参照しています.
*8:批判は個別に,または全体的に行われがちなのに対し,現状をきちんと理解するには,個々の事例をつぶさに見ていって関連づけを図るとともに,世界的・年代的な違いや変化を認識しておくことが,重要になってきます.個別と全体の間となる領域に着目するのは「システム論」です.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141117/1416171298に,本の1ページに上書きする形で自分の立場を述べてきました.また「かけ算の順序」に関する世界的・年代的なキーワードには「現代化」があります.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121219/1355868481で引用した,遠山啓とVergnaudの著述は,現代化(の衰退)に留意して読むと理解しやすくなります.
*9:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131226/1387983600
*10:これは国内でも,4〜5年で学習する数量関係に基づき,児童らに理解させること可能にも思いますが,実情として算数では「7000×10=70000 答え70000キロカロリー」で求めるだろうし,比例の式としても,7000が比例定数として,乗算記号の左に来るのが自然となります.カロリーの件の出典はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20120404/1333487761で,乗法構造のまとめはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070にあります.「かける数が1あたり」と題して取りまとめた,http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20120606/1338929948にもリンクしておきます.
*11:http://www.n-ishida.ac.jp/main-office/tyuto/kenkyukiyou/09/P3.pdf, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141002/1412193761
*12:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614
*13:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131017/1381960209
*14:isbn:9784491026350 p.74に書かれたA型・B型・C型による分類も,読めば納得です.A型は数学教育協議会の提唱であり,B型はそこに書かれている「形式不易の原理」がキーワードとなります.C型は,中島健三の解説や公開授業に依拠するとともに,今の『小学校学習指導要領解説 算数編』の小数の乗法にも引き継がれています.
*15:その逆すなわち「分離量×連続量」となる場面では,その被乗数にあたる分離量をCountable Continuous(数えられる連続量)とみなせばいい,というのを文献を通じて知ったのも幸運でした.