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かけ算の「順序」は3種類

この記事が「かけ算の順序論争」の背景を理解するのに役立てば幸いです.小学校の算数に見られる,かけ算の指導や出題において,「順序」「順番」には,次の3つの考え方があります.

本記事の内容を充実させ,次期(平成29年)の学習指導要領を含むいくつかの情報源を取り入れて,作り直した記事を,以下にて公開していますので,どうぞご覧ください.

その1. 《計算の順序》

まず最初に挙げるのは,結合法則や交換法則といった,かけ算の式の《計算の順序》です.
例えば7×25×4=(7×25)×4=175×4=700として求めるのでは,暗算にせよ筆算にせよ,間違えやすいものです.
そこで7×25×4=7×(25×4)=7×100=700とすれば,7を含むかけ算は,筆算が不要になり,楽して答えが得られます.
(a×b)×c=a×(b×c)は,結合法則を表した式です.交換法則はa×b=b×aです.

その2. 《被乗数と乗数の順序》

次に見ておきたいのは,かけ算の式を「かけられる数×かける数」で表すか,「かける数×かけられる数」で表すかです.
この場合,かけ算の答えと同じ種類の量になるほうを「かけられる数(被乗数)」,他方を「かける数(乗数)」とします.なお,面積を含む「量の積」や,アレイの計数は,対象外となります.
メールで「3コマ×5人=15コマ」と書いて送れば,「3(コマ)」がかけられる数,「5(人)」がかける数です.あるレシートに「17個 X 単105」と打たれていれば,「17(個)」はかける数,「単105」は単価が105円とみなし,これがかけられる数となります*1
これに由来する順序を,《被乗数と乗数の順序》と呼ぶことにします.

その3. 《順序論争》

3番目は,算数の出題において,1種類のかけ算の式のみを正解とすることの是非です.
「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式に「5×3=15」を書いたらバツ(不正解)となる件です.《順序論争》と呼びましょう.
この論争で批判する人々は,a×b(上のりんごの文章題なら,3×5=15)が正しい式であることは了解しており,その上で,b×a(同じく,5×3=15)も正解にすべきだと主張している,という点も,注意したいところです.

《順序論争》と《計算の順序》を組み合わせると

《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》とラベリングしたものの,これらの3つは,ずいぶんと絡み合っています.
分かりやすいところで言えば,《順序論争》でa×bもb×aも正解とせよとする根拠として最もポピュラーなのは,a×bもb×aも答えが等しいというものです.もちろんこれは,乗法の交換法則であり,したがって《計算の順序》が関わってきます.
それに対し,a×b=b×aは計算の性質であり,a×bとb×aは異なるとする立場もあります.Anghileri & Johnson (1988)では,「4つずつキャンディを持っている3人の子どもたち」と「3つずつキャンディを持っている4人の子どもたち」の比較をとおして,総数は同じでも状況が異なることを例示しています.

《順序論争》の先がけ

《順序論争》については,1972年の朝日新聞の記事,そして同年の遠山啓による科学朝日がよく知られていますが,1960年代にも論争があったと指摘をするのは佐藤俊太郎です(『算数・数学教育つれづれ草』p.46).

昭和40年(1965年)ごろ,「5円の品3個の代金の立式は,3×5ではダメなのか」の論争が大阪や神戸から湧き起こった。それは海外で教育を受けた子どもが日本に帰国して授業に臨むと,上記問題の正答は,5×3のみで,3×5はダメという指導に遭遇した。そこで,帰国した子どもの親から担任教師に対する反発が起こり,問題化していった。

《被乗数と乗数の順序》と《順序論争》を結びつけた文章となっています.それと,この解説では,昭和44年の『小学校指導書 算数編』以降,平成20年の『小学校学習指導要領解説 算数編』まで,5×3と3×5の両方を正答としています.

次元を異にする3種の乗法,それと順序

《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》のすべてが入った記述は,森毅「次元を異にする3種の乗法」で見ることができます.以下に引用します(『数の現象学 (ちくま学芸文庫)』pp.66-67).

小学校の先生が,次の問題を出した.
「子供が6人います.ミカンを4個ずつあげるには,いくついるでしょう」
これに,
    6×4=24   答え 24個
と書いた子が,式は×に答は○にされた.
それに親が抗議した.6×4も,4×6も,交換法則で同じというのは,いまは習わないまでも,そのうちに習う真理じゃないか.それに,1人に1個ずつ配れば,6人に配るのに6個いる,だから6×4でもエエじゃないか,この式の方も○にせえ.
(略)
じつは,少しも「掛け算の意味」を教えていなかったところが学校側の問題なのだが,親の方もいくらかヘンなところはある.この,4×6とか6×4とかいった順序は,日本とヨーロッパでは違う.日本は「4の6倍」式に4×6と書くが,ヨーロッパでは「6倍の4」式に6×4と書く.これは左側通行か右側通行かみたいなもので,言語習慣から来ている.ただし,日本式の方が合理的というのが世界の相場だが,一方ではヨーロッパ式の方がすでに流通してしまっている.まあ,これはヤクソクには違いない.足すを+と書き,掛けるを×と書くようなのもヤクソクで,これを勝手に変えたら混乱してしまう.

なお,「日本とヨーロッパでは違う」に限れば,中島健三がすでに同様のことを示しています(中島, 1968).「かけられる数×かける数」は日本のほか,韓国や台湾でも採用されているようで,それに基づく《順序論争》の事例もWeb上で見ることができます.タイの算数教育に関わった人は「自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている」と指摘しています(馬場, 2002).

《順序論争》は低学年だけ?

「交換法則はそのうちに習う真理」を別の観点でみるなら,「交換法則を学習しないうちは,a×bを正解としb×aを不正解とするような採点や指導があってもいいのではないか」という問題意識を持つことができます.
その考えにほぼ沿った文章もあります.

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。(略)乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
(『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』pp.91-92)

とはいえ最後の文が,この一節で著者が伝えたかったことであると読む人は少ないはずです.その一つ前,「第2学年や」から始まる文を,メインの主張と見るべきでしょう.
これは教員を目指す学生向けに書かれた本です.「子どもが7人います。1人に4個ずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか」という問題に対して,小学校2年生の子が7×4=28と式を立てたら,どのような対応をしたらよいか,という課題も載っています.

また別の本を見ます.統計教育の文章には,次のように,批判的な記載がありました(『教育学講座〈第11巻〉算数・数学教育の理論と構造 (1979年)』p.283.該当箇所(第IV章 数学的概念の教育的考察,第6節 確率・統計の指導)の執筆者は森村英典で東京工業大学教授).

小学校では,例えば乗算における被乗数と乗数の区別や順序をやかましく指導することすらあると聞く。交換法則を九九を通して教えたあとではその種の厳密さは有害とさえ思われるのであるが,とにかくそのような指導に馴れている教師・生徒の双方にとって,例えば,ヒストグラムを作るにも,階級幅を“適当に”定めるごとに異なったけっかになり,そのいずれがよいとは断定しかねるという性格は全く数学らしからぬものと映るものも無理はない。

そういった主張に対して,実態はどうかというと,外国の学術調査では,a×bを正解としb×aを不正解とするものを見ていません.国内では,高学年になれば,正解とするケースがいくつか見つかる一方で,依然として不正解としているケースもあります.

《計算の順序》は交換法則か結合法則

《順序論争》で批判的,すなわちりんごの問題に5×3を正解とする人々のなかで,結合法則を考慮する人もまた,見かけません.
なのですが,教科書で計算の順序,かけ算の順序というと,結合法則の説明に使われています.その場合,「かけ算では,じゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(学校図書),「多くの数をかけるときには,計算するじゅんじょをかえても,答えは同じです。」(啓林館),「3つの数をかけるときは,計算するじゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(日本文教出版)といった表現になります.交換法則のまとめ方では,どうやら「じゅんじょ」は出現しません.
乗法の結合法則は,「計算のきまり」の一つとなります.同様の他のきまりには,加法の結合法則や,乗除先行があります.
乗除先行は,例えば3+2×3を求めるときに活用します.この場合,2×3を先に計算し,3+2×3=3+6=9としないといけません.3+2を先に計算して,3+2×3=5×3=15と書いたら,バツにされます.
乗法の結合法則はかけ算ばかりのとき,乗除先行は加減と乗除が混在しているとき,と適用の場面は異なりますが,因数や項の入れ替えや展開をすることなく,どこから計算すればよいかのヒントを与えるという点で共通しています.
交換法則と結合法則について,別の観点で2つの文献を紹介します.1904年に刊行され,現在は文庫本で手軽に読める『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』では,自然数を対象とする加法の諸性質を確認したあと,a×1=aとa×b=a+a+a+…+aにより乗法を定義し,「加法に対する分配の法則」「組み合はせの法則」「交換の法則」を証明しています.現在では順に「分配法則」「結合法則」「交換法則」と呼ばれている性質です.後二者では以下の引用のとおり,ともに「順序」という言葉を添えて説明しています(p.27).

a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,(略)

同時期に刊行された本で,かけ算の定義のあと,交換法則を先に取り上げているものもあります.

そこでは,"The sum of b numbers each of which is a is called the product of a by b"*3として積を定義し,表記には「a×b」「a・b」「ab」を載せています.乗法の諸性質は,交換法則,結合法則,分配法則の順で,加法の性質を用いて別々に示しています.「多くの数をかけるとき」の話に,orderの語を見つけることができました(p.8).

The commutative, associative, and distributive laws for sums of any number of terms and products of any number of factors follow immediately from I-V. Thus the product of the factors a, b, c, d, taken in any two orders, is the same, since the one order can be transformed into the other by successive interchanges of consecutive letters.
(私訳:任意個の項の和と任意個の因数の積に関して,交換,結合,分配の法則はI-Vから直接導かれる.ゆえにa,b,c,dという4つの因数の積はどのような順序をとっても答えは同じになる.なぜなら一つの順序は,隣り合う文字の交換を繰り返す*4ことで,他の順序に変換できるからである.)

学習指導要領からみた《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》

教科書検定や教育課程の基準となる,学習指導要領で,「順序」はどうなっているのかを見ておきます.
『小学校学習指導要領解説 算数編』を開いて検索したところ,「大小や順序」「順序数」「順序よく」といった,本日の内容に関係ない言葉の多い中,当たらずとも遠からずな記述として,次の2点が見つかります.一つは,第2学年では加法の交換法則・結合法則を挙げる中での「幾つかの数をまとめたり,順序を変えて計算したりする場合がある」という文です.もう一つは,第4学年にある「計算の順序についてのきまり」です.
したがって,《計算の順序》については一応の配慮がなされていると見ることができます.
《被乗数と乗数の順序》《順序論争》については言及がありませんが,ざっと読むと,2年の導入でも,3年の除法と乗法と関係でも,高学年の小数や分数を含むかけ算でも,「かけられる数×かける数」で統一されていることが見てとれます.
ただし,図形の面積や,アレイなど直積*5については,a×bとb×aが併記されているところがあります.
学習指導要領をもとにした《順序論争》については,wikipedia:かけ算の順序問題で次のように記載しました.最後の文献[14]は,上で引用した『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』のことです.

学習指導要領は「教育課程の標準」「各教科で教える内容」を定めたものであり、例示として片方の順序を示しているところはあっても、その片方の順序でのみ式を書くことを要請する文は存在せず、他方の順序を不正解とすることもない。学習指導要領・学習指導要領解説に基づき教材や授業、テストとして具体化されていく中で、特定の順序が選択される。そのとき、逆の順序に書かれた式を正解とするか不正解とするかは様々である[14]。

《順序論争》についてもう一言

私が《順序論争》の批判に賛意を示せないのには,大きく分けて2つの理由があります.一つは,その主張を含め,系統立てられた小学校の算数の学習内容や指導法が確立していないところです*6
もう一つの理由を以下に記します.
例えば「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式に「5×3=15」と書くのも正解とすることにしましょう.すると,以下の2つの命題を認めることになります.

  • 5枚の皿に3個ずつりんごがあるときの総数は,3×5で表される
  • 5枚の皿に3個ずつりんごがあるときの総数は,5×3で表される

次に,「どの さらにも りんごが 5こずつ のって います。そのような さらが 3まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式を立てるなら,次の2つの命題を真とすることになります.

  • 5個ずつ3枚の皿にりんごがあるときの総数は,5×3で表される
  • 5個ずつ3枚の皿にりんごがあるときの総数は,3×5で表される

ここで「5×3」の式を含む命題に着目し,りんごや皿を取り払って整理すると,次の2つが得られます.

  • 5×3という式は,「5つずつが3つ」を表す
  • 5×3という式は,「3つずつが5つ」を表す

さらに5や3といった具体的な値も,文字に置き換えて記述できますが,比較検討にあたってはこの2つの命題で十分です.ここから言えるのは,《順序論争》の批判に賛成するなら,5×3という式が,「5つずつが3つ」と「3つずつが5つ」の両方の意味になる,曖昧な式であることを,受け入れないといけないということです.
そういったわけで,私は《順序論争》の批判を受け入れるよりは,小学校の算数において,認める(真の)命題と認めない(偽の)命題は次のとおりとする立場に賛同します.

  • 5×3という式は,「5つずつが3つ」を表す……認める
  • 5×3という式は,「3つずつが5つ」を表す……認めない
  • 3×5という式は,「3つずつが5つ」を表す……認める
  • 3×5という式は,「5つずつが3つ」を表す……認めない

ここまでの論証を回避するために,もし,式の値に単位を付けようとするなら,確かに,「3枚×5個」と「5枚×3個」などと区別できますが,そのような式の表現を算数教育において採用すべきか,意義があるかというと,コストのわりにその効果が見込めず,反対とせざるを得ません.
なお,「さらが 5まい…」という状況に対して,「1さらに りんごが 5こずつ…」という状況を持ち出すのは,私のオリジナルというわけではなく,同様のペアを示し,どちらも数としてはaが先,bが後に出現しているけれども,かけられる数とかける数に注意すると,一方はa×b,もう一方はb×aで表される,という出題を複数の教科書で見ることができます.a×bが正解のときに,「もしb×aだったらちがうお話になっちゃうよ」とする指導例は,『アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』で見ることができます.

参考文献(本文でリンク先を書かなかったもののみ)

*1:単価105円のものを17個買うのだから,その総額は17×105=1785(円),と考えれば,かけられる数とかけ算の答えが同種であることを確認できます.1785個にならない(1785個ではないと判断できる)のはなぜか,というのはVergnaud (1983)でも指摘されている問題意識です.

*2:wikipedia:en:MultiplicationのNotesの1番目です.Notesでは,YoshidaのPDFへのリンクがなくなっており,本文の出だしも書き換えられていました.

*3:現在の視点で見ると,aが被乗数,bが乗数ですが,multiplicand/multiplierといった,二者を区別する用語は見当たりません.

*4:例えばabcd=bacd=bcad=bcda=cbda=cdba=dcba.各等号が成立するのは,乗法の交換法則と結合法則から確かめられます.

*5:順列・組み合わせについては,同解説にはかけ算の式がなく,「指導に当たっては,結果として何通りの場合があるかを明らかにすることよりも,整理して考える過程に重点をおき」とあるので,対象外と思っておくのがよさそうです.

*6:「式」に関しては,「式の表現と読み」として学習事項が『小学校学習指導要領解説 算数編』第2章で整理されているほか,関連する表記が小学校学習指導要領の算数,および中学校学習指導要領の数学に含まれています.「式の表現と読み」は,式の形式的処理や,文字式と関連し,『数学教育学研究ハンドブック』第3章§3(セクション名は「文字式」)で確認できるとおり,算数・数学教育の蓄積があります.そういった背景を踏まえず,やみくもに文句を言っているのが,《順序論争》の批判でときおり見られ,算数・数学教育に携わる人々に受け入れられてきていない要因になっていると,思われてなりません.