「お,さきの子か.おかえり」
「あっ,パパや! 何か食べ物,ある?」
「残念ながらないなあ.さきの子は,お姉ちゃんと,図書館行って勉強してたんか?」
「そうやで!」
「お昼ごはんは?」
「ママからお金もらって,買った」
「そっか.パパは今日の昼はねえ…ママと,あとの子と,食べに行って」
「いいなあ」
「いいなあ,か.…今日起こった出来事を,話してみるか.テーマは『他人の不幸は蜜の味』な」
「面白そう! 何かあったん!?」
「順に話すで.パパとママとあとの子の3人で,食べに行ったんはな,市内の焼肉やさんやねん」
「うちも行きたかったぁ」
「まあ,今度連れてっちゃるわ.そいで頼んだんは,パパとママは焼肉定食.網の上で,自分で焼いて食べんねん.あとの子は,盛岡冷麺と,何やったかサラダ」
「へえ」
「あとの子には,パパとママのから,ひと切れずつ,肉あげてんけどな」
「優しいやん」
「まあな.そいでみんな残さんと食べてやな,ごちそうさん…って言おうとしたときにな,パパの,お肉が乗ってたお皿の上にな,まだ,肉あんねん」
「焼けやんかったん?」
「ちゃうねん.むっちゃちっちゃいねん.(右手の親指と人差し指をくっつけて)毛糸1本くらいの太さで,長さ,2cmくらいやったかな」
「焼いたらよかったのに」
「そうやねん.気ぃついて,実際焼いてん」
「おいしかった?」
「まあ順にいこか.トングで(つまんで)な,網の下に落ちやんように,細心の注意を払って置いてや.ひっくり返すときも注意してやな.そいでな,あとの子に食べるかって聞いたら,食べたいって答えたから,あの子にやってん」
「そっかあ」
「いや,こっからがハイライトや.焼けたんで,あとの子よ,箸でつまんで食べなあ言うたらな,あの子,肉をつまもうとして…」
「…」
「ポテチン,やで!」
「えっ,落としてしもたん!?」
「せやがな.網の下の,コンロに,くっついてしもたんよ」
「食べれたん?」
「そらパパも,あとの子も,いろいろやったでぇ.箸を突っ込んで,取れるか試したけど,ぜんぜんあかんかった」
「てことは…」
「あきらめたな.今にして思うと,パパが箸を使って網を持ち上げて,その間に,あの子が取ったら,いけたと思うが,それはそれで火傷に注意やったな」
「あとで(あとの子に)聞いてみよっと」
「まああの子にとっては,面白かったっちゅうより悔しかった話やな」
「それがええんやん」
「あの子の表情を見たいわけか」
「ところでその,ポテチンっていったとき,ママは?」
「パパとあとの子は,コンロに目ぇが行ってたから,ママどころやなかったが,怒りも嘆きもせんかったな.我関せずやから」