わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

Alice loves Bob.

情報セキュリティを学ぶのに必要なもの,2番目は,思いやりの心です.
「ああ,お前,ひどい目に遭うたなあ,大変やったなあ」…という意味の思いやりでは,ありません.
安全な世界のモデルや,攻撃者のいるモデルにおいて,「誰がいて,それぞれ何ができて何をしたいか」を分析することだと,思ってください.
というのも,情報セキュリティというのは,アルゴリズムだとか,計算機上の実装だとかネットワークのことだとかも,確かに必要ですが,少なからぬ割合を「人の問題」が占めているからです.
ここで,「誰がいて,それぞれ何ができて何をしたいか」を,ちょっとでも理解しやすくするための,英文を書いてみましょう.ホワイトボードを使いますね.

日本語でもいいのですが,思うところあって英語にします."Alice loves Bob."です.「アリスはボブを愛している」とでも訳しましょうか.
このAliceというのは,日本語でいう「Aさん」のことです.Bobは「Bさん」です.でも,AさんはBさんを愛している,だったら,男なのか女なのか,異性愛なのか同性愛なのかも分かりませんので,AliceとBobを使うことにします.のちのちの授業でも,いろいろな人物名を登場させる予定です.
ここで,このように言葉を入れると,意味合いが変わってきます.

Yの字を逆にして書いたのは,ここに"Bob believes"を挿入します,という意味です.校正記号の一つです*1
文は,"Bob believes Alice believes Bob."です.日本語に訳すなら,「アリスはボブを愛している,とボブは信じている」ですね.
believeは,目的語にthat節をとることができます.列を作って並んでいて,知らない人が横入りしてきたら,列の最後尾を指して,"I believe the end of the line is over there."と言えれば,物わかりのいい相手ならそっちへ行きますし,悪い相手なら喧嘩になりそうです.
何を言いたいのかというと,believeは「信じる」なのですが,thinkよりも強く,「それが正しいと思う」という意味になるのです.
そうしてみると,Bob believesがある場合とない場合とで,状況が違うことが,分かりますか? "Alice loves Bob."だけだと,我々はAliceとBobがいる状況を外から見ていて,愛してるんだなと認識しているわけです.
しかし,"Bob believes Alice believes Bob."だと,Bobの頭の中,言い換えるとBobの信念というものに,我々は視点を置くことになります.その中で,"Alice believes Bob."が成立しているわけです.このとき,AliceがBobに対して何をしただとか,Aliceが実際のところ,Bobのことをどう思っているかというのは,出てこないところにも,注意をしましょう.
もう少し,付け加えます.

どこに挿入したか,よく見てくださいね.この文は,"Bob believes Alice believes Alice loves Bob."です.訳してみると,「アリスはボブを愛している,とアリスは信じている,とボブは信じている」となります.
これも,Bobの信念,頭の中をのぞき込んでいることになります.そこでは,"Alice believes Alice loves Bob.",すなわち,「アリスはボブすなわち自分のことを愛している,そうアリスは信じている」という状況があるのです.
感情としては,「アリスは俺のことを愛しているんだ,絶対,そうに違いない」というBobの気持ちですね.繰り返しになりますが,実際のところ,Aliceがどう思っているかは,この文だけからは何とも言えません.
想像もつくと思いますが,この文の"Bob believes"と"Alice believes"を入れ替えると,また違った意味になります.

"Alice believes Bob believes Alice loves Bob."です.「あの人は私の愛を受け止めてくれてるのよ,あの人だって,分かってくれてる」という,Aliceの心情に,早変わりです.
このように,文の要素をちょっと組み合わせたり,組み替えたりすることで,いろいろな「誰がいて,何を思っているのか」が,見えてきたと思います.
ところで,スライドには「誰がいて,それぞれ何ができて何をしたいか」と書いています.今回の例文では,「何ができて何をしたいか」まで届いていませんでしたが,セキュリティのモデルを紹介したり,自分で安全であるだとか,攻撃が成功するためのプロセスだとかを考える際に,一つ一つ,注意するようにしてくださいね.
最後に…この形の英文は,セキュリティの研究で使用されていたのでした.そこでは例えば,"Bob believes Alice believes K is a secret key of Alice and Bob."なんて言い方になります.Kという情報があって,これがAliceとBobの間でのみ共有している秘密鍵だということを,アリスは信じていてそれをボブが信じている*2,という意味です.この文でも,"Bob believes"と"Alice believes"の順番を入れ替えたり,一方をなくしたりしてみると,意味がいっぺんに変わってしまうのです.

何これ

情報セキュリティ,今年度初回(4月13日)に説明した内容です.ただし"Alice believes Bob believes ..."は,取り上げていませんでした.

*1:挿入の記号は,Z³‹L†‚±‚ꂾ‚¯’m‚Á‚Ä‚é‚Æ‘åä•v---‚ ‚¢‚íƒvƒŠƒ“ƒgほかと見比べまして,一般的なものと違った使い方をしていることに気づきました.英文校正・英文校閲のエナゴ - 手書き英文校正のサンプル::校正記号や校正原稿の読み方についてのご説明にあるものとも,少し違います.JIS Z 8208:2007を買って,勉強しとくか….

*2:野暮な補足ですが,「…ということを,アリスもボブも信じている」ではありません.