- 作者: 高木貞治
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/03/12
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その中の「VIII 応用と実用」に,ちょっと気になるやりとりを見つけました.
K. 平凡か知らんが,例えば寄せ算でも,百万人がいかにそれを応用しているかは問題だね.
O. 勘定合って銭足らず!
N. 寄せ算とおっしゃったようですが,そんなの今はありませんよ.多分足し算のことかと思いますが.
K. 監獄が刑務所,産婆が助産婦.承知してはいるが,つい口癖が出るのさ.――ところで足し算と改名したのは,どういういきさつかね.
N. 3ニ4足スノ7と言いましょう.だから足し算――.
K. たった,それだけか.僕はね,寄せ算というと,何だか始めから交換律を仮定しているようで,なるほどそれは不都合だから,交換律を仮定しないための足し算かと思った.
O. 3ニ4足スと言えば朝三暮四を思い出すね.
N. 何です,それは.
O. 有名な諺じゃないか.かいつまんで言えばね,猿に飼主が栗か何かやるのに,まず朝は三つ,その代わり晩には四つとしたところが,猿が不平だったので,それでは朝四つ,晩三つにしよう.――そうしたら猿が満足したというのだ.交換律を知らない猿の無智を嘲るわけさね.
K. それはおかしいな.飼主は現状維持を仮定しているから,交換律で満足だろうが,猿の立場は全く反対だ.彼等はむしろひそかに現状打破を希望しているかも知れない.朝にして夕を測るべからずとするならば,朝四暮三は当然だ.もしも猿が飼主を引っ掻くとしたら,どうだね.その時には飼主先生,朝三暮四と朝四暮三との差別を痛感するだろう.猿は利巧だから,不実用的なところへの交換律を応用しないのだ.
O. 飼主も利巧だから,彼の立場に於て実用的なところへ交換律を応用したのだ.――要するに,応用は応用,実用は実用で,応用・実用と一口には言えないようだね.
K. 応用と実用の距離いかんだ――債券を買うのが応用なら,一万円の籤に当たるのが実用だ.
(pp.75-76)
ここの「寄せ算」は,加法の意味のうち「合併」に,「足し算」は「増加」に,対応しそうです.
3と4,そして「交換律」(交換法則)で,今月,本から取り出したのを思い出しました.*1
「子どもが4人遊んでいました。そこにあらたに子どもが3人やってきました。子どもは何人になりましたか?」
前の合併型がもっぱら空間的で同時存在しているものを対象としているのに対して,この増加型は時間的構造をもっているという点がはっきり違う。前の場合には,加えられる項4と3はほぼ対等であって,加法を
4+3=3+4
のいずれで表記しても,意味上そう違いはなかったが,この増加の場合には,被加数の4と加数の3とはまったく質が異なっている。4ははじめに存在しているいわば土台であり,3はあとからつけ加える増加分にすぎない。だから,意味の上からは確かに
4+3≠3+4
であって厳密には交換法則は成り立たない。この両辺の《値》が等しくなるのは,ただの結果としてにすぎない。
(『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』p.62; ニセツアより孫引き)
言われてみれば,「朝三暮四」にも「朝四暮三」にも確かに,時間的構造があります.
さてそうしてみると,高木の仮想鼎談に見られる「朝三暮四と朝四暮三との差別」も,「3+4≠4+3」と書きたいところです.
もちろん計算をすれば「3+4=4+3」です.そこでどんな見方をすれば「≠」で,どんなだと「=」になるかを確認したくなってきます.最初の引用のうち,「それはおかしいな」から始まるKの発言を見直すと,次のようになります.
- 「飼主は現状維持を仮定しているから,交換律で満足だろうが」は,“飼主 believes 3+4=4+3”
- 「猿の立場は…朝にして夕を測るべからずとするならば,朝四暮三は当然だ」は,“猿 believes 3+4≠4+3”
- 引っ掻かれて「飼主先生,朝三暮四と朝四暮三との差別を痛感するだろう」は,“飼主 believes 3+4≠4+3”
- 「猿は利巧だから,不実用的なところへの交換律を応用しないのだ」は,“not 猿 said (猿 does not say) 3+4=4+3”
「believes」というのを使いましたが,これは信念論理です.Alice loves Bob.で何例か書いています.最後の項目は,BAN論理(Burrows-Abadi-Needham logic)の枠組みで“Alice believes m”と“Alice said m”とを区別するというだけのことです.
小難しい論理を取っ払えば,話は単純で…ある見方をすれば「3+4=4+3」だけれど,別の見方ではそうはいかない,それを「3+4≠4+3」と表すことにしよう,という次第です.
前後のOの発言を含め,飼主の視点,猿の視点,そしてそれらを外から見る,いわば神の視点を知ることができ,なるほどこれが軽妙洒脱なのかと感じ入りました.
(最終更新日時:Sun Nov 11 13:19:20 2012ごろ)
*1:たし算についてはこの件のほか,今年7月に被加数・加数の順序,「7+5=12は△,正解は5+7=12」の件として検討していました.