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かけ算の原理

現代思想2012年4月号 特集=教育のリアル 競争・格差・就活

現代思想2012年4月号 特集=教育のリアル 競争・格差・就活

すでに5月号が出ていますが,特集に「教育」とあるので,Amazonで取り寄せ,いくつか記事を読みました.
連載記事4つのあと,特集です.はじめは,「子どもたちの新しい人権のために」と題する,尾木直樹氏へのインタビューです(pp.54-60).
発言の出だしが,「平均の意味」の話なのですが,日本数学会・「大学生数学基本調査」に基づく数学教育への提言の件ですね.「学力低下」は経緯の中で使用されており,結果・分析のところでは「低下」やそれに類する表現はなく,今回の調査により,学力低下が裏付けられたという趣旨の記述も見当たりません.FAQの中では,A11とA12の冒頭がともに「本調査は,成績や進路に関係するものではありません.ですから,設問の妥当性は調査目的に合致しているかどうによって判断されるべきだと考えます.」となっている点,作図(A18),平均の問題の正解率の解釈(Q22とA22)に目が留まりました.
インタビューに戻りましょう.途中には,橋下徹大阪市長への「留年」に関する発言の件*1も入っています.
最後のところは,書き出すことにします.

―― 最後に、メディア、知識人、あるいは学会の主流の潮流に抗するに、いかなる教育原理、あるいは「教育条理」を打ち出していこうとお考えでしょうか。
尾木 OECDが定義しているように、今は知識基盤社会です。IT化が物凄く進み、グローバル化がここまで広がってきたとき、情報の操作力、発信力、洞察力、あるいは批判的思考力が不可欠です。それがないから平均の出し方はわかるのにその意味がわからない、といった事態になるわけです。そもそもかけ算の原理をわかっている人なんてほとんどいないでしょう。
そんななかでは、文科省が決めたような、一学年ごと六段階のステップで小学校のカリキュラムを組んでいくやりかた――一年生はここ、二年生はここ……と学年ごとにステップを踏んでいくやり方です――は、子どもたちの能力差があるところに、全面的に押しつけるべきではないと思います。そうではなく、トータル六年間で、九九や読み書き、パソコンの操作や平均とはどういう意味なのだということについての「考え方のスキル」を身につけて卒業させるやり方を考え、実践していくべきです。これは二一世紀のこの世界状況のなかでは子どもたちにとって“新しい人権”だと思います。基本的人権にかかわるような権利の保障です。(略)
(pp.59-60)

「新しい人権」というのは,尾木氏の提言であり,提言(というかインタビュー記事)に参考文献など,事細かい根拠を要求してはいけませんね.
なのですが,「六段階のステップ」については,ずいぶんと大ざっぱな指摘だなあと感じます.文科省の算数への関与に限ってみても,「スパイラル」や「算数的活動」によって,学習指導要領レベルでタテヨコのつながりが意図されていますし,「1あたり量」「アレイ図」など,学習指導要領には載らない,学校教育での用語や教具・工夫も,本やWebから容易に知ることができます.
もちろん,「かけ算の原理」とはなんぞやという問題意識もあります.とはいっても,かけ算の原理を明らかにするだとか,かけ算の原理について共通理解を持つべきだとかではありません.実際のところ,尾木氏,学校の先生,テストの出題者,解答する児童らとで,「かけ算の原理」になるものが異なっていることが,予想されます.
ところで「平均」のすぐあとに,なぜわり算ではなく「かけ算」なのかですが,大学生数学基本調査で,平均に関する正誤判定問題に「100人の生徒全員の身長をたすと、163.5cm×100=16350cmになる。」という文が入っていることが関係しそうです*2
平均とかけ算という,教わる段階がそれぞれ異なる概念を,連携して考えるなら,こうでしょうか…テストで「Xの意味」「Xの原理」を直接尋ねる,あるいは書かせるのではなく,その意味や原理を理解しているかが確認できるような出題が求められ,実際になされています.ペーパーテストに限らず,教える者・教わる者の間でも,対話が求められます.
そこで,出題例を見直してみます.「かけ算の原理」に関わる出題はというと,

  • 6つのはこに,ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。

という,かけられる数とかける数が何になるかに注意して,式にするものと,

  • 6×9=54です。6×10の答えは,6×9より□ふえます。

に代表される,「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」に関する設問が典型的でしょう.なお,これら2つの出題は,http://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/pdf/2nen.pdfで読めます.

補足

  • 「かけ算の原理とは何か」と聞かれると,どう答えればいいか,迷うところもありますが,「かけ算を学ぶ/教える際の基本原則は何か」となれば,これは,「累加」と「拡張」の2つに集約できます.もちろん,実際に児童に---自分なら我が子に---伝えるときには,それらの熟語ではなく,それが分かるような問題で,説明することになります.
  • 「かけ算とは,コレコレだ」という書き方は,読者受けするかもしれません.ですが,学習指導要領から読み取れること,遠山啓の提唱,世の中で「×」が用いられる事例を考慮すると,一言であらわそうとするのがもはや困難になっています.出典を示し,自分はそれに賛同する(この立場に従う,コミットする,など)を明らかにすべきでしょう.
  • とはいえ私自身,一人の主張,1冊の本に依拠してこれまで,「かけ算」のことを書いているわけではありません.原理については『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』と『量と数の理論 (1978年)』に,指導法についてはいわゆる「筑波の算数」,その中でも『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』と『田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』に影響を受けました.他の本やWebの情報は,2012年に「×」から学んだことをご覧ください.
  • 途中に書いた「1あたり量」「アレイ図」は,支援ツールとしては賛成ですが,かけ算の原理として持ち出すには不適切と考えています.「倍」と「積」から学んだこと(14.「1あたり量×いくつ分」ではいけないの?),アレイ図に記しています.
  • システム開発において設計が不可欠であるように,教育においてはその評価が重要であるように思います.そしてデータベースの設計が(実態はともかくとして,設計段階の理解として)概念設計・論理設計・物理設計に分けられるのと同様に,教育評価でも診断的評価・形成的評価・総括的評価の3つの区別は,当たり前のように知っておくべきではないかと思っています.もちろんこの3つが評価のすべてではありません.むしろ,評価の手段はいろいろあって,対象に適した評価のプランを立て,実施することが,当然となっています.そのことを確認するための基本用語,ある種の合言葉となっているのが,「診断的評価・形成的評価・総括的評価」なのです.
  • 上述の「6つのはこに」から始まる文章題は,診断的評価・形成的評価・総括的評価のいずれとも異なり,外在的評価(『教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)』)の中で問われています.これら4つの「〜評価」は,どの時点で実施するか(when)に関する分類とも言えますが,それぞれ,何を(what),何に基づいて(why),どのような形で(how)問うか,そして結果を誰が(who)どう見るべきか(これもwhyでしょう)が異なります.大学生数学基本調査もまた,外在的評価であり,解答者と,この調査・評価を理解し活用する(のが期待されている)人々は,明らかに異なります.現在『教育評価 (岩波テキストブックス)』を読み,感触をつかんでいるところです.