昼休みに3つコメントしましたが,改めて,当ブログの「たし算の順序」関連記事を見直しました.
ひととおり,情報が揃っているのは,たし算の順序論争です.海外文献とそこから何を読み取るべきか,一見不自由そうな授業に対してどうすればもっと豊かな道を提供できるか,たし算の順序のミニQ&A,などを書いていました.
高木貞治が朝三暮四を取り上げた云々は,朝四暮三で該当部を書き出しています.そこから,たし算を,次のように区分けすることもできます.
- 寄せ算 - 交換律を仮定している - 時間の経過を考慮しない - 合併
- 足し算 - 交換律を応用しない - 時間の経過を考慮する - 増加
なのですが,今,読み直すと,「猿は利巧だから,不実用的なところへの交換律を応用しないのだ」のところが気になってきました.
「不実用的なところへの交換律を応用しないのだ」を,小学校1年で学習する,増加の意味の加法に結びつけられそうに,思えたのです.*1
具体的に,書いてみましょう.加算記号「+」の左に書くのは被加数(たされる数)です.ツイートまとめの最初の問題文にある「くるまが 5だい とまって います。」の「5」)が,割り当てられます.
次に,「+」の右に書くのは加数(たす数)です.同じく「9だい くると,ぜんぶで なんだいに なりますか。」の「9」です.
なお,これは日本限定ではなく,米国基準*2に照らし合わせると,"Add to"かつ"Result Unknown"(startとchangeは既知)の場面となっています.
増加で学んだこと*3を,もとにすると,9+5という式を書いたら,これは「くるまが 9だい とまって います。5だい くると,ぜんぶで なんだいに なりますか。」の場面であり,問題文と意味が違う,だからこの式は間違い,という展開が予想されます.
文字を使って表すと,増加の場面のたし算で,a+bと書いたとき,aは被加数,bは加数です.b+aと書いたら,bが被加数,aが加数となります.5+9=9+5やa+b=b+aという等式は成立するとしても,それらの左辺と右辺で,表すものが違うということです.T
ogetterまとめは日本に限定した内容の紹介となっていますが,海外に目を向けると,isbn:0873532651の本では,"growing"が増加に,"combining"が合併に対応しており,"When addition is interpreted as growth, the arguments are not interchangeable."とも記されています*4.かけ算の交換法則を学習する授業で,"And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?"と先生が尋ねた*5のは,たし算にも適用できるわけです.
高木の仮想鼎談には,「飼主も利巧だから,彼の立場に於て実用的なところへ交換律を応用したのだ」ともありまして,これは「猿は利巧だから,不実用的なところへの交換律を応用しないのだ」との対比となっています.この対比において,猿が交換律を認識しているか否かは書かれていませんが,認識している猿がいても,おかしくありません.
今回の「足し算の順序」について言うと,小学校の算数においても,加法の交換法則は当然のものとなっています.1年の増加の場面では,使われないだけのことです.
高木貞治が朝三暮四を持ち出して伝えたかったのは,寄せ算と足し算の区別よりもむしろ,「実用」と「不実用」の使い分けのようにも思います*6.実用とは,知っていることを用いる*7こと,不実用とは,知っていても用いないこと,と言うことができます.
算数・数学教育において,どんな学習において何を実用し何を不実用としているのかと,赤入れされたテストの答案用紙を見て批判的な人々が行うツイートから浮かび上がる実用と不実用が,異なっているのを認識した上で,教育における実用を探っていきたいものです.
*1:ここまで読んで,もし,増加を学ばせる必要があるのかと疑問を持たれたら,次のようにお考えください.小学校で学習するたし算にはどんなものがあるのだろう,そして世の中では,と見ていくと,合併や,もう一つ別の種類のたし算と区別するものとして,増加という意味があるわけです.さらに言うと,おのおの(1年生にも,当記事の読者にも,それぞれの知識において)が持っておくとよい「たし算・ひき算の構造」をより豊かにするには,増加をよく理解しましょうとなります.
*2:Common Core State Standards for Mathematics, http://www.corestandards.org/assets/CCSSI_Math%20Standards.pdf#page=88. 米国のすべての州,すべての小学校がこの基準のもとで教育をしているわけではない点にも注意.
*3:「式に表す」や「式を読み」とも関連します.
*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130615/1371274369
*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614
*6:素直に読むと,主題は「実用」と「応用」の区別です.実際,該当箇所(pp.74-80)のタイトルは「応用と実用」となっています.ただ,そこで書かれているそれらの用語は,「実用」は今でいう「目的」,「応用」は「手段」に対応するのではないかとも思っています.「実用的」は「合目的的」です.
*7:主語は,まずは教師ですが,児童・生徒にも,「知らない」「学んだが,活用できない」「理解せずに,適用している」「理解した上で,活用している」といった区分(ルーブリック)に使えそうです.