いきなりですが問題です.以下の2人の答案では,間違い(つまずき)の原因が異なります.それぞれ,原因は何でしょうか?
Monday Morning Quiz Name: Jill 1) 67 +30 --- 97 2) 123 +456 ---- 579 3) 37 +46 --- 82 4) 321 +568 ---- 889 5) 269 +675 ---- 934 6) 83 +14 --- 97 7) 432 +267 ---- 699 8) 52 +43 --- 95 9) 726 +52 --- 778 10) 26 +37 --- 62
Monday Morning Quiz Name: Jack 1) 67 +30 --- 97 2) 123 +456 ---- 579 3) 37 +46 --- 73 4) 321 +568 ---- 889 5) 269 +675 ---- 834 6) 83 +14 --- 97 7) 432 +267 ---- 699 8) 52 +43 --- 95 9) 726 +52 --- 778 10) 26 +37 --- 53
解答の前に出典です.
「主体的学び」につなげる評価と学習方法―カナダで実践されるICEモデル (主体的学びシリーズ―主体的学び研究所)
- 作者: スー・F.ヤング,ロバート・J.ウィルソン,Sue Fostaty Young,Robert J. Wilson,土持ゲーリー法一,小野恵子
- 出版社/メーカー: 東信堂
- 発売日: 2013/05
- メディア: 単行本
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Name: Jill 3) 37 +46 --- 82 5) 269 +675 ---- 934 10) 26 +37 --- 62
Name: Jack 3) 37 +46 --- 73 5) 269 +675 ---- 834 10) 26 +37 --- 53
といったところで解答です.
間違い(つまずき)の原因を見つけるのに,後者のJackのほうが簡単でしょう.「繰り上がりをしていない」のです.
Jillの間違いはというと,「6と7の和を12としている」のが原因です.これは3)と10)から明らかで,5)についても10の位に着目すると(Jillは繰り上がり処理は正しく行っている点と合わせて),この間違いパターンを見ることができます.
それぞれに応じて,学校の先生は指導すればいいのですが,同書では次のように記しています(pp.64-65).なお,「マーク」は点数のことではなく教師の名前です.
この小テストの結果は、マークが考慮すべき2種類の情報を提供している。一つは計量的な点数であり、もう1つは学習がどこまで発展しているかの質的な表現である。彼がこれからどのように教えるか、そしてそれぞれの生徒にどんなフォローアップの課題を与えるかを決めるのには、両方の情報が必要である。教え方について作戦を立てる前に、間違いの数だけでなくその性質を分析することで生徒の答案に現れた学びの弱い点に対応することができるようになる。
なるほどなのですが,この直前の段落(p.64)には要注意です.
ジルとジャックはこの小テストで同じ成績を取り、間違えたのも同じ問題であった。しかし、2人の答案で間違いのパターンを見ると、それぞれの学習[習得]程度には大きな違いがあることが見て取れる。ジルは7と6を足すと12になるという考え(I)レベルの間違いを繰り返している。一方でジャックは足し算をする時に位を移していない、ということは繰越というつながり(C)がまだできていないということの表れである。
いくつか用語の確認を.「(I)」はアイデアの略です.ここでは,個別の学習・習得事項を意味します.「(C)」は,直前にあるとおり,つながりを意味します.その定義(p.7)によると,「単につなげるのではなく,要素と要素の間にある関係を理解し,はっきりさせる」や「アイデア(I)同士がどのようにつながっているのかを理解できている」が重要になってきます.なお,書名にある「ICE」は,IがIdeas,CがConnections,そしてEがExtensionsの略で「応用」と訳され,このEを「学びの成長における最終段階」(p.8)と位置づけています*1.
と,IとCの意味を見てきたあとに,誤答分析を読むと,違和感があるのです.
「繰越」すなわち繰り上がりの処理は,単一のたし算(a+b)では済まないし,1の位のたし算で出てきた10を,10の位の1とする必要があるなど,より高度な手続きであり,つながり(C)に関するものだと言っても---これらの問題を解く学年によりますが*2---差し支えありません.
ですが,Monday Morning Quizという名前で実施するのだから,繰り上がりを含む2〜3桁のたし算は,すでに授業で学習済のはずです.そういった中で,繰り上がりが一つもできていないJackは,「つながり(C)がまだできていない」というよりは,筆算の繰り上がり処理をきちんと教わっていない可能性が考えられます.
もう一つの違和感は,本書を読み終えてからになります.ICEを使ったルーブリック(例えばpp.73-74の表*3を見ると,応用(E)レベルができれば(発表や答案に見られれば),成績評価は「素晴らしい」であり,考え(C)レベルができているという「OK」,つながり(I)レベルの「より良い」と区別されています.
何が気になったかというと,発表をしたり,レポートとして提出したりした際に,アイデア(I)レベルで致命的な間違いを犯しているけれども,つながり(C)や応用(E)に関して,しっかり言えて/書けているときに,そこにどのような評価をすればよいかが,解説からも事例からも,見当たらなかったのです.
上に見てきたJillは,繰り上がり処理(C)はできているけれども,基本的な1位数どうしのたし算(I)に間違いが見られます.これは,10問を解かせることで明瞭になったつまずきです.実際,5)の「269+675=934」だけでは,繰り上がりの一つを忘れたのか,6と7の和を間違えたのかが,判断できません.
他の教科や課題で,何問も解くことは必ずしもありません.そこでもし,基礎知識のレベルに誤りがあって,本人はもちろん誰にもチェックができず,そのまま突っ走って最終的な発表・答案に仕上がったときの,聞き手や先生の反応・対応というのは,簡単ではないよなあと思った次第です.
あとはつまみ食いをいくつか.「形成的(Formative)評価」がp.65に前触れなく出てきました*4.「水面から108メートル上の崖から、水面上にあるボートの俯角は15度である。ボートは崖のふもとからどれくらい離れているか?」(p.101)の問題と答えを見て,なぜtanを使うのかと不安に思い,今朝読み直してみると,「ふもと」を読み落としていたの気づき,tanで良かったのでした.壊れたトースター(pp.71-72)と,バスケットボールのパス(pp.88-89)は,興味深い内容でした.
Q: 冒頭のたし算の筆算に,応用(E)の要素はありますか?
A: 朝の小テストなので,なくてもいいと思いますが…もし取り入れてみるなら,「+」と罫線だけ入れて,難しいと思うような問題を作ってもらい,本人が解くか,隣の席の子どもに解かせてみるのはどうでしょうか.
*1:教師を学習者と見た場合,「この小テストの結果は、マークが」から始まる引用の中に,Eの要素が入っていると見ることができます.なお,教師が学習者になるケースは,つながり(C)を説明しているpp.6-7で例示されています.
*2:1年で,「7と6を足す」のをさくらんぼ計算で求めるのは,Cに該当しますが,たし算の筆算をするころには,7+6=13,6+7=13はIに属することが期待され,これは,解答者の頭にaddition tableが作られていることを意味します.学年が上がって,かけ算の筆算に習熟する段階では,今回の10問のような,繰り上がりのあるたし算を間違いなく行えることは,Iの要素になると思われます.
*3:この本ではよく,1つの表が複数ページにまたがることがあります.研究室の論文指導では「ダメだよ」と言っている作り方です.