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かけ算には本来,順序がない

「かけ算には本来,順序がない」という主張を見かけました.
ここでいう「本来」を,数,具体的には実数あるいは複素数の範囲とすれば,乗法の交換法則が,順序のないことの理由となりそうです.
しかしその考え方を,学校生活や日常生活に,そのまま入れるのは,良いようには思えません.それは,「3人に5個ずつ」と「3個ずつ5人に」を,「2枚×12包」と「12枚×2包」を,区別するなと言っているように見えます.
小学校では,その種のペアとなる場面の同時提供をはじめ,様々な出題事例を通じて,「一つ分の大きさ」に当たるものを「かけられる数」,「いくつ分」を「かける数」と区別して指導し,児童らも「式に表す」「式を読む」などで学習しています.次のところから読めるよう,整理しています.

バツはダメだマルにせよという,かけ算の順序論争は,αとβ*1との間で,どこまでを同一視し,どこの部分で区別するかという,線引きの仕方の話に過ぎません.


算数の指導において,数と,量(単位)を伴う具体的な場面とを,区別して考えることの必要性は,英語文献で読んできました.

From Schema 5.1 children can extract a×b=x. In Example 1, for instance, the child recognizes the situation to be multiplicative, and therefore multiplies 4×15 or 15×4 to find the answer. This binary composition is correct if a and b are viewed as numbers. But, if they are viewed as magnitudes, it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes.
(図5.1から,子どもたちはa×b=xを得る.たとえば例1では,子どもはかけ算の場面であることを認識し,その結果4×15か15×4のいずれかの式で表す.この2項演算は,aとbをともに(純粋な)数と見るなら正しい.しかし,(量の)大きさとして見たとき,4個×15セントによって60セントが得られ60個ではないのがなぜかというと,明らかではない.)
Vergnaud 1983 p.129;Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」より孫引き)

For example, consider the following contrasting pair:
A rocket travels at a speed of 16 miles per second. How far does it travel in 0.85 seconds?
A rocket travels at a speed of 0.85 miles per second. How far does it travel in 16 seconds?
From a purely computational point of view both problems involve the multiplication of 16 and 0.85, but the former is more difficult to envisage as requiring multiplication for solution; many children, indeed, judge that the answer would be given by 16÷0.85 (Greer, 1988).
(例えば,次の対照的なペアを考えよう:
あるロケットは1秒間に16マイルのスピードで進む.0.85秒ではどれだけ進むか?
あるロケットは1秒間に0.85マイルのスピードで進む.16秒ではどれだけ進むか?
純粋に,計算の観点では,どちらの問題も,16と0.85をかければ答えとなる.しかし前者のほうが,答えとして乗法を使用すると考えるのが難しい.実際,多くの子どもたちが,16÷0.85を解答として選択している.)
Greer 1992 p.286;資料が主,判断が従より孫引き)

Greerの件は,演算決定に関わる話です.日本でもよく誤答する事例です.「かけ算の答えは,もとの数より大きくなる」「わり算の答えは,もとの数より小さくなる」が,小数を含む乗除算では成り立たないことを,子どもたちが十分に理解できていないことが,理由として挙げられます.
Vergnaudが挙げた問題意識は,小学校ではなかなか難しいように思います.場面における数量を意識し,必要に応じて図示する,そういった経験で,大人になって「2枚×12包」にも違和感を持たず,また数量を簡潔に書くときも採用されているように,思います.
ここまで何度か出現している「2枚×12包」について,気になった方は,自由研究に「かけ算さがし」ををご覧ください.


もう一つの主張を,取り上げます.「かけ算には本来,順序がない」における「本来」を,「長方形に基づけば」と読み替えるものです.
長方形は連続的な“積”のモデルですが,離散的なものもあって,数学的には直積,算数教育においてはアレイ図です.かけ算の導入となる小学校2年でも,アレイ図が活用され,交換法則や分配法則を理解するのに役立てられています.アレイが直積に基づくこと,またそれに対する日本のかけ算指導のスタンスは,中島1968bの文献に記されています.
直積という言葉を用いないにしても,この方針もまた,算数教育において問題点が指摘されています.

いままでの
    「タイル×タイル」
というのは,子どもにはなかなかわからない。
    「外延量×外延量」
という計算は,面積などにたしかにあるわけです。しかし,それは一般性をもっていなくて,非常に特殊な物です。それでやはり,
    総量=内包量×容量
という考えに変えたわけです。
(『遠山啓エッセンス〈3〉量の理論』pp.154-155;「タイル×タイル」というのは,子どもにはなかなかわからないより孫引き)

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2〜3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)
(Vergnaud 1983 p.135;「タイル×タイル」というのは,子どもにはなかなかわからないより孫引き)

乗法の学習は第2学年上半期に九九に伴って始まる。1つ前の教育課程から, 「一部分の学習者が被乗数と乗数の区別に難儀を感じる」,「中学校に入ったら被乗数も乗数も因数として扱う」などの理由で,被乗数と乗数の区別をなくし,最初から因数として扱うこととした(略)。これについて現場の授業等を観察したことがある。この処理は数計算の場合大きな差支えがないかもしれないが,量の扱いではやはり不具合があって,教師たちの丁寧な対応によって乗り越えているところである。
理数教科書に関する国際比較調査結果報告 p.181;「かけ算の順序」はニセ科学だと思っている人向けツアーより孫引き)

中国の件,該当ページではたし算の式は「5+5+5=15」だけですが,『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』p.67では,花の長方形的配列の図と「2×3=6或3×2=6」の式が書かれており,アレイに基づいていると言っていいでしょう.
フランス,中国の件は「倍」と「積」から学んだことなぜコメント凍結ほかでも書いてきました.長さや重さなど,量を含んだかけ算の場面・問題に対し,かけた結果がどんな量で,答えにどんな単位を添えればいいかまで,考える必要があります.被乗数と乗数をともに「因数」として区別しない方針は,その解決を遠ざける方向に向くように思うのです.


ここまでで挙げた課題をうまく乗り越え,日本国内で利用可能な授業事例が見当たらないことが,「かけ算の順序論争」が成熟しない要因の一つになっているように映ります.
ここで「成熟」を,次の表で考えることにします(関連:“正しい”攻撃は最大の防御).

  OK NG
順序あり A B
順序なし C D

A,B,C,Dはそれぞれ,該当する事例の集合です.個数,とすることも一応可能ですが,事例の粗製濫造には注意したいところです.
それらに入る,本質的な事例を集積することが,「成熟」にあたります.その中でメリットデメリットを勘案して「順序なし」と「順序あり」のどちらがよいか,そんな結論を出せる環境を,作っていきたいものです.
この枠組みでは,批判者が見つける事例はBがほとんどで,Aに入るべきものをBに入れているようにも感じます.
一方,本記事の多くはDに位置するものです.「順序なし」を支持する人にお願いしたいのは,Cに入る(と私も,算数・数学教育に関わる人々も認識できる)事例です.

*1:αとβはそれぞれ主張ではなく,かけ算の式,あるいは式で表される場面とお考えください.