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面積かけ算ツアー

面積の発見 (岩波科学ライブラリー)』から,ツアーを始めます.
とはいっても,中身ではなく,カバーです.岩波科学ライブラリーで刊行されている,数学関連の本の情報が,プリントされていました.


180番だけ,手元にあります.『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』です.広げて,読み直しました.
第一章の結語は,多方面に展開できそうです.

教科書が,「1つ分の数×いくつ分」の順序にこだわっているのは,初めてかけ算を教える時の,教育上の便宜だったはずです.わり算では,何を何で割って何を求めるのかを理解することが必要であり,そのためにはかけ算のときから「1つ分の数」と「いくつ分」の区別を意識させておくことが重要であり,その区別を意識させる手段として「式の順序」にこだわることは有効だ,という実践報告もあります.
しかし,小学校の先生(の一部)が,かけ算の式には「1つ分の数×いくつ分」という,数学的にも算数的にも正しい順序がある,と子どもたちに教え,自らもそのように信じているとしたら,それは,改めるべき間違いです.
(『かけ算には順序があるのか』p.47)


これまで読んできた情報と,照らし合わせます.
まず上記では「数学的にも算数的にも正しい順序がある」とありますが,国内外の書籍から得られるのは「数学的にはa×bとb×aの区別は実質的にないが,日常生活への適用を考慮すると,算数では,a×bとb×aの区別がなされている」です.
それを端的に示したのが,次の文です.

While it is true that 3×4 is equal to 4×3, 3×4 may not be the same as 4×3 in a real-life situation.
(Anghileri & Johnson (1988);Luckier!より孫引き)


2年のほか,高学年で小数の乗法・除法を学習したときにも,「小数×整数」と「整数×小数」の違い(かけ算の式で表すのに抵抗があること)が,次のとおり報告されています.

For example, consider the following contrasting pair:
A rocket travels at a speed of 16 miles per second. How far does it travel in 0.85 seconds?
A rocket travels at a speed of 0.85 miles per second. How far does it travel in 16 seconds?
From a purely computational point of view both problems involve the multiplication of 16 and 0.85, but the former is more difficult to envisage as requiring multiplication for solution; many children, indeed, judge that the answer would be given by 16÷0.85.
Results from several experiments using problems from a variety of situation classes consistently show the multiplier effect, namely that the difficulty of recognizing multiplication as the appropriate operation for the solution of a problem depends on whether the multiplier is an integer, a decimal greater than 1, or a decimal less than 1. (snip) By contrast, the findings from these experiments show that it makes no appreciable difference what type of number appears as the multiplicand.
(Greer (1992), p.286;資料が主,判断が従より孫引き.citationは取り除いた)

「×小数」と「÷小数」をともに示した出題で,正答率が低くなるのは,国内の調査(平成20年度,昭和39年度)にも見られます.

下にあげた4つの式で,●は,0でない同じ数を表しています。
計算の答えが●の表す数より大きくなるものを,下の1から4までの中からすべて選んで,その番号を書きましょう。
1 ●×1.2
2 ●×0.7
3 ●÷1.3
4 ●÷0.8
乗数と積の大きさ,除数と商の大きさの関係;関連:「小数のかけ算・割り算」の意味理解について


分数だと…『算数授業研究 76 論究1 なぜ、「問題解決」を重視するのか』pp.62-63*1にて,著者が実施した研究授業で,「4×\frac{3}{5}」の意味の理解を図っています.前半では,

  • \frac{3}{5}mのテープが4本あります.全部で何mでしょう.
  • 4mのテープが\frac{3}{5}本あります.全部で何mでしょう.

という2つのお話を作ったときに,後者の「\frac{3}{5}本」がおかしいとなり,連続量と分離量の違い*2を意識します.
文章の後半では,箱囲みで3つのお話が登場します.

  • 縦が4m,横が\frac{3}{5}mの長方形の面積は何m^2でしょう.
  • 4m^2の\frac{3}{5}倍は何m^2でしょう.
  • 1dLで4m^2ぬれるペンキがあります.このペンキ\frac{3}{5}dLでは何m^2ぬれますか.

このうち,子どもたちの反応として「かけられる数とかける数が入れ替わっても大丈夫」としているのは,長方形の面積のみです.2番目(倍,同種の量の割合)と3番目(異種の量の割合)では,そうなっていません.
かける数が分数になっても*3,二重数直線を使って,関係や求めたいのが何になるのかを確認し,これまでに学習した整数倍や小数倍と同じ構造になっていることを導いています.
ところで,ペンキぬりの問題では,「4m^2」のほうの数も,分数に変えることができます.するとそれは,量分数です.それに対し,「\frac{3}{5}dL」のほうは,もともと量分数で与えられますが,かけ算の式にするにあたり,「〜の\frac{3}{5}倍」,すなわち割合分数へと変換されます.ここでも,被乗数と乗数の意味が違う乗法を見ることができます.


分数を含むかけ算で,長方形の面積だと,かけられる数とかける数を交換しても違和感がなく,割合の話になると抵抗感が出てくるという件について,話を進めていきます.『かけ算には順序があるのか』の引用と結びつけると,「1つ分の数×いくつ分」というかけ算が,どのくらいの範囲で通用するのかを,確かめていきます.
算数を通じて学習してほしい,かけ算のタイプ(モデル,構造,など)にはいくつもの提案がありますが,もっとも単純なのは,2分法でしょう.『小学校 算数科の指導』p.54では,次のとおり,表になっていて,かけ算は「倍」と「積」に大別できることが記されています.

演算 単項演算 二項演算
加法 増加 合併
減法 求残 求差
乗法
除法 等分除 包含除


2分法をより詳細にしたのが,先述のGreer (1992)です.〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉(これらの命名は小原(2007)によります.乗数効果で取り上げました)の違いとして,解説のはじめのほう(p.277)で,次の2つの出題を挙げています.

  • 3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?
  • If 4 boys and 3 girls are dancing, how many different partnerships are possible?

それぞれの特徴は,次のとおりです.

The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer.

There is a symmetry between the roles of the two numbers here, and hence only one type of division problem. Given that there are 12 possible partnerships, there is no essential difference between (a) being told that there are 4 boys and asked how many girls there are and (b)being told that there are 3 girls and asked how many boys.

その後,連続量を含んだかけ算を含め,a×bの形で表されるかけ算について,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉のいずれに属するかを示し,ラベル付けをしています.詳細は,Greerによる,乗法・除法が用いられる場合をご覧ください.
〈乗数と被乗数が区別される文脈〉の多くが,「1つ分の数×いくつ分」で表されます.直積や面積,物理量のかけ算は,〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉です.したがって,高学年や,小学校を超えた数学・科学では,「1つ分の数×いくつ分」一辺倒でうまくいかないことがうかがえます.
そんな中,小学校はどうなっているのでしょうか? 直積という言葉・概念こそ出てきませんが,「アレイ図」で総数を数えるとき,すなわち2年のかけ算学習時に,「1つ分の数」と「いくつ分」を決めて,かけ算にする活動が見られます.その際,1つ分の数といくつ分のペア,したがってかけ算の式は,複数(3つ以上のことも)あります.
長方形の面積の公式は,アレイ図で数えるものを単位正方形に置き換え,単位正方形がいくつあるかをかけ算で表すことで,4年で導きます*4.電力量など物理量の計算は,小学校では扱いませんが,長方形の面積と同様にして,2つの単位量の積から新たな単位量を得るという考え方で,関係式が得られます.
このようにして,「1つ分の数×いくつ分」が,かけ算の問題を解く“手段のすべて”ではないにしても,主要な対象・構造を,かけ算の式・公式として表すための“土台”となっています.


かけ算の意味を3つ挙げる研究者もいます.銀林浩,森毅,海外ではVergnaudです.主要なところを書き出します.

ところで,問題は,これらのかなりかけ離れた3つの意味をどういう順序で指導すべきかということである。従来は,Cの「倍」の意味で統一させようとしてきたのであったが,先にも述べたごとく,また今分析したように,この場合は関数として掛け算を取り上げることになって,教育上好ましくないのである。
すると,残るのは,1あたり量によるAと面積型Bとである。Bはわかりやすいようではあるが,加法と違って一般に乗法では,掛けられる2つの量x,yが等質でないという事情を考えると,かえって面積型では転化がきかない。分析でも述べたように,むしろ面積型Bは,Aの特殊な場合なので,Aを先に導入し,Bをそれから導く方が望ましい。Cはそれらと大分様相を異にするので,うっとあとで改めて概念構成をした方がいい。かくて,順序は,
A―→B――(ずっと間をおいて)―→C
となる。
(『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』pp.104-105)

これで,倍操作型と複比例型と正比例型の3種類の乗法がそろった.もっと先へいくと,たとえば統計で共分散を考えるときのように,どちらかというと人工的で,意味のとらえにくい乗法もないではないが,通常の乗法というと,この3種類のようだ.そして,通常使われるのは正比例型で,それに〈倍〉と〈積〉のイメージを併用しているらしい.まあ無理していえば,〈操作〉の方に抽象化されたのが〈倍〉であって,〈構造〉の方に抽象化されたのが〈積〉とでもいえようか.
(『数の現象学 (ちくま学芸文庫)』pp.77-78.標題は「次元を異にする3種の乗法」)

Looking at multiplicative structures as a set ob problems, I have identified three different subtypes: (a) isomorphism of measures, (b) product of measures, and (c) multiple proportion other than product.
(Vergnaud (1983), p.128. Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」

それぞれ,分類は少しずつ違うのですが,共通化も行えます.銀林の「B.面積型」は,Vergnaudの(b) product of measuresであり,森の「複比例型」の一部です.Vergnaudは(a) isomorphism of measuresをさらに2つに分けていて,その一つが銀林の「倍」・森の「倍操作型」に,もう一つが銀林の「1あたり量」・森の「正比例型」に対応します.


Vergnaudは,日常生活をもとにした例題を通じて,「積」すなわちかけ算の答えが,どんな量になるか,どんな単位を添えることになるのかについて,問題提起をしています.

Example 1. Richard buys 4 cakes priced at 15 cents each. How much does he have to pay?
a = 15, b = 4, M1 = [number of cakes], M2 = [costs]
...
From Schema 5.1 children can extract a×b=x. In Example 1, for instance, the child recognizes the situation to be multiplicative, and therefore multiplies 4×15 or 15×4 to find the answer. This binary composition is correct if a and b are viewed as numbers. But, if they are viewed as magnitudes, it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes.
(Vergnaud (1983), p.129. Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」

さらに,デカルト積,すなわち直積や面積に近いアプローチでは,フランスでの子どもたちの理解がうまく理解できていないことも,指摘しています.

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
(前掲書, p.135)

「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」(『かけ算には順序があるのか』まえがきより)という考え方に賛成の方々には,この2点をどのように克服し,さまざまな計算を学習し活用していこうとする小学生へ,アドバイスをしていけばいいか,考えていってもらいたいものです.賛成しない私も,考えていきます.


日常のこと,国内外の比較,学年進行にともなう学習で,かけ算の「順序」をどのように考えればよいかについて,書かれた段落を転載し,本日のツアーの終着点とします.

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ), pp.91-92;転載元

*1:山本良和:式の読解から演算の意味理解の導入を図る―第6学年「分数のかけ算」―

*2:Greer (1992)の分類のうちEqual measuresは,被乗数は連続量,乗数は分離量になるという特徴があります.

*3:1より小さいことと,小数で表せることは,授業者(著者)の意図的な設定だそうです.

*4:なので,「たて×よこ」でも「よこ×たて」でもよい,となります.