わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

たし算の順序論争

1. いろいろなひき算

いきなりですが問題です.以下の文章を訳してみましょう.

  1. Separating. Wally had 14 marbles. He lost 9 of them in a game. How many marbles did Wally have left?
  2. Joining, missing addend. Gloria had 9 candies. A friend gave her some more candies and then she had 14 of them. How many candies did Gloria's friend give her?
  3. Part-part-whole. There are 14 dogs in the park. Nine of them are big dogs and the rest of them are small. How many small dogs are in the park?
  4. Comparison. Joe won 9 prizes at the fair. His sister Connie won 14 prizes. How many more prizes did Connie win than Joe?

出典は以下のとおり.先月から何度も取り上げてきた章の,一つ前です.

  • Moser, J.M.: "Arithmetic Operations on Whole Numbers: Addition and Subtraction". asin:0205110762 pp.111-145.

その中のp.119,TABLE 5-2 (Four Sematically Different Verbal Subtraction Problems)にあります.verbal problemは「文章題」のことです.
上記の各番号の直後の名詞(形)は,小見出しのようなものです.原文では斜体字になっていました.ともあれ訳します.

  1. 分離.ウォリーは14個のおはじきを持っていた.ゲームをしていて9個を失った.ウォリーのおはじきの残りはいくつか?
  2. 合併で加数が不明.グロリアは9個のキャンディを持っていた.そこに友達が何個かキャンディをあげると,14個になった.友達は何個あげたか?
  3. 部分-部分-全体.公園には14匹の犬がいる.そのうち,9匹は大型犬で残りは小型犬である.公園内に小型犬は何匹いるか?
  4. 比較.ジョーは品評会で9つの賞をもらった.姉のコニーは14個の賞をもらった.コニーはジョーよりも,賞の数がいくつ多かったか?

pp.119-120では,研究者らがこういった文章題を用意して,子どもたちに解かせたことをかいつまんで報告しています.式はいずれも14−9ですが,調査結果としては,子どもたちは文章題の意味構造(semantic structure)に注意を払っており,異なる構造には異なる方法で求めようとするとのことです.
例えばSeparatingの問題では,「14」から始まって,「13,12,11,10,9,8,7,6,5」(Counting-Back procedure)で,答え5を出す子どもがいます.Joiningでは,「9」から始まって,「10,11,12,13,14」(additive procedure)によって,5を得ています.文章の都合上,数を並べているのであって,実際には指を折って数える子も,いてたのでしょうね.
たし算・ひき算の分類や子どもたちの理解について,いくつか研究がなされており,そこでの結論は"The consensus is that a complete understanding of the part-part-whole relationship is required."に凝縮されています.この訳は,またあとで.

2. いろいろなたし算を,授業で

たし算で,まる1年前に,一つツイートがなされました.

黒木玄氏([twitter:@genkuroki]*1)は「子どもたちに合併と増加を区別させる研究授業で大混乱という話」として,算数の教科書とその指導書の問題点で引用しています.「文章題をつくらせるって,どういうこと?」と思われた方は,作問をご覧ください.
この研究授業,ほんの少し修正すれば,子どもたちに合併と増加だけでなく,より豊かなたし算の意味構造があることを---用語はともかくとして---,小学校の授業や,家庭内の親子の対話を通じて,共有できるのではないかと思うようになりました.
出発点となる問題を,「9+5の式になる問題をつくりましょう」にします.
学校の1回の授業を想定すると,そこで子どもたちがさまざまな問題(文章題)をつくります.一つできて,9+5になることを確認したら,また次の文章題をつくらせます.十分な時間のあと,先生がその中から,合併にあたる文章題,増加にあたる文章題を拾い上げて,例えば黒板に書き,子どもたちみんなが見ます.
ぜんぜん文が書けない子どものことや,5+9の式になる文章題をつくった場合に,どうすればいいかなど,実施には考えるべきことがまだまだありますが,「自分が小学校1〜2年で受けたかった授業」をイメージし,構想してみました*2
この件には「集合知」「KJ法」が関連します.先月から今月にかけて,「向山型算数」読み足し(2.向山型算数授業法事典 小学2年,3.元先生の話を聞く),7×4を3つとして書いた小話を,1年生向けのたし算の学習に適用した,と言うこともできます.

3. たし算の順序論争・一問一答

「かけ算の順序」から派生した「たし算の順序」について,一問一答と内外のリンクで,整理しました.

Q: たし算には順序があるのか?
A: 「増加」は順序あり,「合併」は順序なし.(1, 2)
Q: 増加・合併の区別はいつからか?
A: 「朝三暮四」が故事成語になったころから.高木貞治が指摘(1940年).(3)
Q: 外国では区別があるのか?
A: 米国でも見られる.(4, 1)
Q: 増加・合併だけでいいのか?
A: 減法逆の加法,加法逆の減法もある.(5, 6)
Q: たし算の問題で,逆に書いたらバツにされるのか?
A: あるテストで△にされている.(5)
Q: たし算の問題で,逆に書いたらバツにするというのは,算数教育の常識なのか?
A: そうでもないらしい.ある調査の採点では,順序を問わなかった模様.(7)
Q: たし算の順序とかけ算の順序の関係は?
A: 増加と合併は同時期に学習し,合併が主.倍と積では倍の方が先で,高学年になっても倍が主.(1, 8*3
Q: たし算の順序論争はいつから始まったか?
A: 盛り上がりは,2011年(9, 10, 2),2012年(11, 5),そして2013年1月(12, 13, 14)に見られる.
Q: で,順序はあるの? ないの?
A: たし算については,学習時には,あるものとし,評価時には,バツにしなくてもいい,が落とし所か.かけ算については,(15)

4. コンセンサスは

"The consensus"から始まる段落を書き出し,私訳をつけました.

Several teams of psychologists have theorized what type of mental knowledge or mental presentation is necessary for children to have a unified understanding of addition/subtraction and the inverse relationship between these two operations, and thereby be able to solve all of the various classes of simple one-step verbal problems (snip). The consensus is that a complete understanding of the part-part-whole relationship is required. This entails recognizing that an entity (a whole) may be decomposed into component parts and that those parts may be reconstituted to produce the while. It has been suggested that most children by the age of eight or nine years have developed a fairly complete understanding of the part-part-while relationship.
(心理学者によるいくつかのチームは,どんな種類のメンタルな知識あるいはメンタルな表現が,加法・減法,そしてそれらの逆の関係に対して子どもたちが統一的な理解を持ち,単純なワンステップの文章題を解けるようになるのかについて,理論化を行ってきた(略).意見の一致を見たのは,部分-部分-全体の関係への完全な理解が必要ということである.これは,実体(全体)が構成部分に分解されること,そして構成部分から全体を得るため再構成できることについての認識を伴う.8〜9歳の大部分の子どもたちが,部分-部分-全体の関係を十分に理解できるよう,指導していくことが提案されてきた.)
(asin:0205110762 p.120)

いくつか補足です."mental knowledge or mental presentation"というのは,「シェマ(スキーマ)」のことと思われます.この言葉は,かけ算の問題の構造で取り上げました.
それと,"simple one-step verbal problems"は,ここではa+b=cまたはa−b=cの形で式にできる文章題のことです.そうでないタイプとして,3要素2段階の問題があります.
"part-part-whole"は,日本の算数でいうと「テープ図」で説明できる加法・減法の場面になります.小学校学習指導要領解説算数編 p.96に図があります.
なお,"(snip)",「(略)」とした中には,文献情報が書かれていました.

5. たし算の順序論争・自分なりのまとめ

「かけ算の順序」から派生して,「たし算の順序」を見ていくと,これまで国内外の小学校算数の中で,その意味を豊かにしていくための試みや分類がなされていたのを,知ることができました.
以前に書いた

  • p.167:「×」や「÷」を使った式で表される場面は多岐にわたる.そこでそれらの記号を子どもたちに教える前に,かけ算・わり算のいろいろな場面を経験させてあげたい.
Luckier!

は,たし算・ひき算,そしてその基礎となる数の意味にも,当てはまりそうです.
とはいえ,学習と評定は別です.「たし算の意味は増加と合併の2つ」でも「そんな区別いらない」でもない路線を,今後も探っていくとします.自分なりに発見し,今後の展開への糸口になりそうに思ったのは,「乗法の素地としての,まとめて数える活動」と「逆思考」です.

*1:Twitter記法でIDを書くのは本意ではないのですが,批判的に取り上げているツイートが見つからなかったのでこのように記したもので,いってみればプレースホルダです.何らかのきっかけで見つかったら,ツイートに差し替えます.

*2:もはや自分には,当時の記憶はほとんどありませんが,休み時間に誰かが将棋を指していて,不利な場面から引き継いで逆転したこと---有利・不利を,その将棋を見ていた子らの間で共有していたことを含め---は,2年のときの思い出として覚えています.

*3:「方便」を含むQとその回答をご覧ください.