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はじき〜図

人気講師が教える理系脳のつくり方 (文春新書)

人気講師が教える理系脳のつくり方 (文春新書)

この本で伝えたいことがあるのは承知の上で,私は「はじき」に目が行きました.「「くもわ法」や「はじき法」を最初から教えてはいけない」という小見出しがp.101にあります.

「速さ」の学習に関しても、同じような「はじき法」という覚え方があります。
(図)
この頭文字をとって「はじき」。
(p.103)

これに対する,著者の意見が,飛び飛びに書かれています.

読者のなかにも子どもに教えている人がいるでしょうが、私はこういう教え方は好きではありません。単なる文字に機械的に数値をあてはめて答えを出すだけの作業は、算数の本質から明らかにはずれているからです。
(p.104)

子どもたちにまず教えなければいけないのは、「割合とはどういうものか」「速さとはどういうものか」という概念です。算数・数学は目に見えないものについて考える学問なので、概念理解が非常に重要なのです。それを避けて通ると、ものごと全般を概念で考えられない人間になってしまいます。
(pp.104-105)

私が概念理解に力を入れているのは、できる子にはそれなりの考え方をしてほしいからです。「くもわ法」や「はじき法」が絶対にダメとは言いませんが、教えるのであれば、どうやっても割合や速さの概念を理解できない子だけにすべきです。ただ、そういう子は「算数がかなり苦手な子」の部類に入ってしまいます。
また、文章題に出てくる数字のどれが「もとにする量」で、どれが「くらべる量」なのかがわからない子には、「くもわ法」を教えても意味がありません。どの文字にどの数字をあてはめればいいかが、わからないからです。概念が理解できないと「くもわ法」「はじき法」の使い方すらわからないのです。
こういう子にまず教えるべきは、算数の公式を手っ取り早く覚える方法ではなく、読解力をしっかり身につけるための国語の勉強です。
(p.106)

いずれも納得です.
といったところで,海外展開です.秋に入手した和英の本では,「はじき」が「S・T・D」で表されています.それぞれ,speed,time,distanceの頭文字です.外形は,円ではなく三角形です.


前者は『親子で学ぶ数学図鑑:基礎からわかるビジュアルガイド』,後者は『Help Your Kids With Maths』で,ともにp.29です.ただしページ番号はついていません.それと,本を横にして見る必要もあります.ページを最大限使って,図と言葉とで解説しているのです.
この図の下には,「Density」すなわち密度の三角関係があります.「Density=mass / Volume」(原文では「/」ではなく分数式)という式をもとにしています.
もう一つは,新たに入手した本からです.

出典は次のとおり.

  • Greer, B. (1994). Extending the Meaning of Multiplication and Division, In Harel, G. and Confey, J. (Eds.). The Development of Multiplicative Reasoning in the Learning of Mathematics, State University of New York Press, pp.61-85. asin:0791417646

「after Shalin and Bee, 1985」について,文献情報は次のようになっています.この原文は,取得できませんでした.

  • Shalin, V., and N. V. Bee. 1985. Analysis of the semantic structure of a domain of word Problems. Pittsburgh: University of Pittsburgh, Learning Research and Development Center.

過去に何度も参照してきた,Greer 1992でも,p.292に同様の図があります.見出しに「(Shalin & Bee, 1985)」が入っています.ただし図は,速さの話ではありません.metersではなくbooks,secondsではなくbagsとなっています.meters per secondのところは,books per bagです.既知(●),未知(→)の箇所も変わっています.
といったわけで,「はじき」は日本ローカルの手法ではなく,海外でも,かけ算・わり算で構成される3つの数量の関係のうち,2つが分かっているときに,残りの1つを---かけ算かわり算かを間違えないようにして---求めるのを支援する図式として,考案・活用されてきたと,考えるのがよさそうです.
ところで,「はじき」にせよ「S・T・D」にせよ,Greerが紹介した図式にせよ,左下に「パー書きの量」に相当するものが置かれています.速さの単位の典型例がkm/hなのは,大人の議論なら皆が承知のことです.Vordermanの本(英文)にも,"the unit for speed will be km/h."と記されています.
「かけ算の順序」の問題意識から,「は」と「じ」,すなわち下2つの要素は,逆に書いてもいいのでは,という疑問が発生します.実際,文字の式に交換法則を適用すれば,距離=速さ×時間でも距離=時間×速さでもいいわけです.
パー書きの量が左下に置かれるのは,想像ですが,割合・比・比例を統合して考えていったときに,これが比例定数に対応する値になるからのように見えます.
次回の記事では,「はじき〜式」と題して,はじきの原理を考察しながら,小学校の算数と,中学校の数学の橋渡しを試みる予定です.