わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

読んで書いて,書いてから読んで

長文ですので,始めに強調のところだけご覧いただき,内容に関心がございましたら最初から読むことをおすすめします.

1. Re: かけ算の順序を守れない大学生が不採用になる理由

フィクションとして,楽しく読むことができました.朝四暮三以来です.
はてブの中で,欧米とかグローバル・スタンダードだとかに噛みつくコメントを見かけますが(id:takekuma415id:unorthodox),批判する人々が共通して,かけ算の順序はローカルルールだと言っていることを踏まえた上で,欧米だのグローバルだのを持ち出していると思えば,不自然には見えません.
「ローカルルール」の具体例は,http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1311344507http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.htmlで検索をすると見つかります.それと,『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』p.45では,「ローカル・ルール」という表記で,同様の趣旨のことを書いています.
ちなみに欧米で「かけ算の順序」はどうなっているかというと,「順序」という言葉を用いていませんが,被乗数と乗数の区別はあります.米国ならCore Standardの表にあるとおり,Group SizeとNumber of Groupsを区別し*1,かけ算1つにわり算2つで場面をそれぞれ例示しています*2.これを支持する英語文献もありますし,国内では,比の3用法で対応づけることが可能です.「ローカルルール」と言っている人が,では世界はどうなっているかと紹介している情報を探してみるのは,いい暇つぶしになります.
はてブ経由で,http://gyouza-daisuki.hatenablog.com/entry/2013/12/12/162621も読みました.「入るべきじゃない」には賛成です.目の前で,そういう経緯を話してくれた学生には,他を目指せと,何か気の利いたアドバイスもしたくなります*3
なのですが,本文の内容は

面接官にそう言われて、A君は数学的知識からかけ算の順序問題について説明しようとしたがもう後の祭り。何を言っても無駄だった。

かけ算の順序を守れない大学生が不採用になる理由 - 就活ニュース:デジタル版

に勝っているようには見えません.
一点,注意したいのは,「入社するまで」と「入社してから」の違いです.面接だの採用・不採用だのは,もちろん「入社するまで」に含まれます.
面接の段階では,会社側(採用担当者)が選ぶ権限を持っています.そのルールのもと,学生は応募したり面接に行く企業を選んだりし,採用担当者も自らのロジックで選抜します.それぞれの学生は,「面接に通過する」ために最善と信じる方法を選んで行動・発言をするのに対し,採用担当者は例えば「何人を通過させるか」を考えるわけです.教員採用試験の受験者と面接官の意識の違い - Togetterでは,教採の面接に的を絞りつつ,コメントにもあるとおり他の就職面接にも当てはまる,物の見方を提供しています.
そんな状況で,フェイスブックに書かれた内容は,採用担当者にとって格好の切り代となるわけです.
入社してからだと,フェイスブックの言動が,かりに会社のイメージを損なうものだとしても,そこは「書かないように」と言い渡す程度になります.会社が擁護する側に回ることも,あるかもしれません.学生時代に書いたものが,入社後に知られても,青春のひとコマとして片づけられます.
「上司の意見を否定する=上司に評価されないような人材」とキャプションを付けた内容が,「入社してから」のみの話になっているのですが,元の記事では,「入社してから」の話を「入社するまで」の段階で行っている,という点を無視するわけにいきません.

2. かけ算の順序を守れない大学生を,どうすればいいか?

もとの話が,実際にあったことだとすると,次のことを危惧します.そういうので不採用となった学生は,他の企業に行っても,不採用になるかもしれないのです.
一般論として,不採用通知が来たのなら,何がまずかったかを分析し,改善・解消することで,他で内定をもらえばいいわけです.しかしこのケースは,そうしにくくなっています.
もし,フェイスブックで書いた批判的な発言や,フェイスブックのアカウントそのものを削除したとしても,他社の面接で「消したの?」と聞かれたらやっぱり失敗なわけです.
それでどうするかですが…
私は,あの話は警句を含んでいるとはいえ,フィクションであり,面白おかしくさせよう,はてブを増やそうアクセス増やそう,という意図で書かれたと思っています.
そのように認識すれば,話の中でイジれるところはないかと探して,こっちも楽しめばいいのです.例えば

「君のフェイスブックを見たけど、かけ算の順序について小学校の先生を批判していたよね。あれ、なんなの?」。

かけ算の順序を守れない大学生が不採用になる理由 - 就活ニュース:デジタル版

「君のフェイスブックを見たけど、かけ算には順序があるって書いて、一杯コメントをもらってたよね。あれ、なんなの?」。

に改変するのはどうでしょうか.「国立大数学科」も,それらしいのに変えましょう.
私自身は,はてブのコメントに,「かけ算の順序を守ってきた新入社員は「個数×単価」に戸惑うのかな」と書きました.これは,また別のイジり方です.実際これは

  • かけ算には「一つ分×幾つ分」という順序があると学習し,社会人になって就職したとき,「個数×単価」で書くべきところを,反対に書いてしまって会社に大損害を及ぼす

という話をもとにしています*4.といってもこれまた,フィクションです.
さらにイジります.この文を,

  • かけ算に順序はないと学習し,社会人になって就職したとき,「個数×単価」*5で書くべきところをそれらの区別に注意せず,反対に書いてしまって会社に大損害を及ぼす

と書き換えてみます.
これら2項目は

  • 小学校で「かけられる数×かける数」と学習するというけれど,社会では,「かける数×かけられる数」と書くべき状況があるんだよ

  • 学年が上がれば,かけ算に順序はなくなるというけれど,社会では,かけられる数とかける数を区別すべき状況があるんだよ

の対立となります.
かけ算の順序論争をもとに,そういった2項対立を作っておくのは,意見の多様性を確認するのにつながります.以前には,「このように解釈できるから,その式は間違い」と「このように解釈できるから,その式は正しい」の衝突(片耳あたり3本の両耳分),と書いたことがありました.5×100の式を見て「これって,5円が100個になるんじゃないの?」と,これまで学習したことをもとに,疑問を表明する子どもを,大事にしたいとも考えています.

3. Re: 線分図・数直線の指導の系統

この節は,https://twitter.com/takehikom/status/410866020715220992のブログ書き直しバージョンです.
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/1564でリンクされているhttps://www.kyoiku-shuppan.co.jp/download.rbz?cmd=50&tg=25&cd=1934を読みました.後者のリンクは,URLでは分かりにくのですが実体はPDF文書です.
いくつもの数直線を目にして,以前に読んだものが思い浮かびます.

これはダウンロード済みのはず.がさごそ…ありました.
2つの情報源について,名前をつけておきます.kyoiku-shuppan.co.jpからダウンロードした文書は,「教育出版解説」と表記し,CiNiiから有料で購入できるほうの文献は,「白井論文」と呼ぶことにします.なお,「論文」と書きましたが査読はされてないらしく,言ってみれば広義の論文(関連:論文を読もう,引用しよう)です.
2つの文書の図を見比べると,似たところもあるけれど,完全に一致かというと,違うなあという印象があります.教育出版解説の方が,図の数は多く,内容も充実しています.
図ではなく文章を読み比べると,共通点に気づきました.教育出版解説の5節最初,箇条書きのabcdが、白井論文の3節(1)の④③①②にそれぞれ対応します.
ここは書き出しておきましょう.

(教育出版解説)
乗法,除法の数直線には,次のような機能があります。
a.計算の仕方を考え,説明する道具としての機能
b.演算決定の根拠としての機能
c.計算の意味を拡張する機能
d.積や商の見積もりや確かめをする機能

(白井論文)
数直線そのものは,数量の関係を表しているだけだが,そこに,数直線をよみとる目を養うことによって,次のような有用性があると考えた.
① 数が小数・分数に拡張されても,数量の関係がとらえやすい.
② 数直線に表すことによって,答えや結果の見通しがもてる.
③ 比例的関係をもとにすれば,演算決定が正しくできる.
④ 立式の根拠を正しく説明したり,検証したりできること.

白井論文は『数学教育学研究ハンドブック』で引用されていたはず.ぺらぺら…p.76で1段落とって,説明がありました.次のページでは,数直線の教育的な役割を5つ挙げていて,①から④までが教育出版解説や白井論文と同等です.
役割5つはWebで読めないかなと,google:乗法・除法の演算決定に有効にはたらく数直線の指導で検索すると,見つかりました.

乗除法において数直線を用いた先行研究をまとめると次の4つの点からその教育的役割を捉えることができる。
①立式の根拠となる。
②意味の拡張ができる。
③計算の仕方を導くことができる。
④積や商の大きさを見積ることができる。
この4点で①と②は、お互いに関わってくることである。乗除法の意味を数直線で捉えることによって、立式の根拠となると同時に乗数が小数になったときに意味の拡張ができるからである。しかし、ここでは、その役割を峻別した。
筆者は、これらの役割に次のものを付け加えたい。
⑤基準量変更で乗除法を統一的にみることができる。
この役割は、③と関わってくるものである。分数の除法を指導する際、除法は乗法として統一できることを行う。その際、数直線が有効に働くと考えている。(略)

国立大学法人 山梨大学 教育学部・大学院教育学研究科

①から⑤まで,『数学教育学研究ハンドブック』に書かれているのと,送り仮名1箇所を除いて,同じ文言です.そもそも執筆者が同じ(中村享史)です.
各項目は,教師向けの表記なのですが,少し表現を変えれば,子どもたちができるようになってほしい事項になりそうなところもまた面白いのです.白井論文の各番号をイジってみます*6
① 数が小数・分数になっても,数量の関係を正しくとらえる.
② 数直線に表せば,答えや結果の見通しがもてる.*7
③ 数量の関係をもとにすれば,なぜかけ算か(なぜわり算か)を正しく判断できる.
④ なぜその式にしたか*8,理由を正しく説明したり,確かめたりできる.
ここで,「比例的関係」を「数量の関係」に書き換えましたが,実は「比例(的)関係」は重要なところです.というのも,ここまで読んできた文書で共通して,「比例関係」の言葉を目にするのです.白井論文では,「比例的関係」または「比例的な関係」となっています.教育出版解説では,4年上の教科書を載せ,その横に「この段階では比例の意味や用語は未習ですが,数直線に矢印をかき込むなどして比例構造をとらえさせておくことで(以下略)」と書いています.
比例と比例関係が別なのは,数日前に確認したところです(「割合」の周辺).
「立式」という言葉については立式,線密度を,また数直線に対する当ブログでの以前の検討については,二重数直線,比例数直線,数直線をご覧ください.「演算決定」は,よく知られた四字熟語の一つです.わり算の文章題については,針金問題で全国学力テストの問題を見てきています.

4. 数直線の是非

読み比べるきっかけとなった掲示板のコメントでは,オッカムの剃刀なんて言葉*9も出てきていますが,要は「数直線を持ち出しているが,そんな『系統』は不要では?」という問題提起をしています.
それで読んでいくと,

「一辺が10?の正方形の板の質量が80gだった。一辺が20?の正方形の質量は?」を「160g」とする可能性が高いだろう。

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/1564

という問題文と誤答の例を挙げています.書かれた方は省略されていますが,板の重量は面積に比例することを背景としています.となると,実際に図を描いていく中で,何と何が比例の関係にあるか---1辺の長さと重さではないことを含めて---を発見しやすくなるなあ,そして誤答率は,図にすることなく文字や数だけで問題を解こうとする子どもよりも,小さくなるんじゃないかなあ,とも思ったりします.フィクションというか思考実験ですので,言うのは何でもありです.
多様性をここでも用いるなら,子どもたちが,かけ算・わり算で正しく答えを求められるようになるのが目的であり,数直線はその手段の一つとなります.そして,他の手段もあります*10.少々前なら田の字の解法,転じて今では4マス関係表です.2年のかけ算だと,アレイ図もまた,便利な道具となります.
4マス関係表について書かれた解説では,単に表に当てはめるのではなく,二重数直線などを併用して,数量の関係を確認しておくことも,書かれています.アレイ図は乗法の交換法則と分配法則を図にするにはいいけれど,結合法則を表すには容易でないことは,少し考えれば思いつきますし,本からも得ることができます.
何を持ち出すにしても,一長一短があるといったところで.

5. おわりにかえて

先月から,かけ算の順序論争についての提言をいろいろ見てきましたが,「提案内容を,それまでに書かれた文章とチェックする」ことをしているものは,ほとんどありませんでした.
主張やよりどころをより明確にし,さらなる議論を生み出すには,他との照合をした上で,自説を展開することが,大事になってくるように思っています.
本日の記事では,そのことを心がけました.面接に関して,Togetterのまとめを挿入したのは,これを意図してのことです.なお,就職のところでは,これから活動しようとする学生向けのアドバイスを入れたかったのですが,情報源を明かせないという都合もあります.「入社するまで」と「入社してから」に分けたのは,就職活動のサポートをされているスタッフが,学生に向けて「採用までの面接時に希望の業種を言ったとしても,そこに配属されるとは限らない」とおっしゃっていた*11ことも,背景事情の一つになっています.
なんでみんなチェック/照合しないんだ,と一人で怒っても,仕方がありません.「コレってアレですね」と関連情報を見つけて読み比べるようにしています.それなりに面白いですし,メディアリテラシーを学生に説く際の準備と思えば,実用のための活動にもなります.

(最終更新:2013-12-14 早朝)

*1:かけ算の式は「Group Size×Number of Groups」で,日本の「一つ分の大きさ×幾つ分」とは逆になります.その違いに注意した上で,日本の算数のかけ算はどうなっている/どうあるべきかを書いたものに,中島1968b森2009(初出は1970年代),坪田2010守屋2011などがあります.

*2:一つ前のページには,たし算とひき算の関係表が見られます.たし算も,被加数と加数の区別をしていることが読み取れます.「2+?=5」という関係から?=3を求めるのは,1年で学習するのですが,日本ではそういった,ハテナあるいはプレースホルダを用いた書き方はせず,「ぜんぶで」とあるからといってたし算ではないんだよ,5−2=3で求めるんだよ,というのを2年で学習します.

*3:面積図は門前払いでフィクションを少し書きましたが,ただ,「こんな面接があって落とされたんだけど」と批判を書いて公表するのは,避けたいとも思っています.

*4:関連:『かけ算には順序があるのか』まえがき

*5:「単価×個数」でもかまいません.

*6:http://orange-factory.com/tool/kanjicheck.htmlを使って,漢字はすべて小学5年までに習っているものであることを確認しています.

*7:たとえば,3×0.8=24という式がおかしいのに気づくことができる.

*8:「かけられる数」と「かける数」,「わられる数」と「わる数」の違いについても.

*9:切り落とすというのなら,「乗法の意味」と「掛け算の順序」のどちらを切り落とすべきか,考えてみたいところです.私としては,これまでの文献や指導事例をもとにしても,これからのことに思いをいたしても,切り落とすのは後者であるべきだと思っていますが.

*10:かけ算・わり算で数直線を使うべきか否かというのは,自分の日常で言えば,PCの外でファイルを保存しておく手段として,USBフラッシュメモリがふさわしいか否かの議論のように見えます.対案は,Evernoteをはじめとするクラウドサービス(オンラインストレージ)です.昨日の指導学生の発表は,本人なりによく準備をしたものの本番(発表・質疑)になってみるとアラが目につき,ストーリーを学生と指導教員の間で,そして発表者と聴講者の間でしっかりと共有することの必要性を,痛感しました.

*11:「だから希望を言っても無駄だ」ではなく,「内定を得るために最適な行動をしなさい.入社したら,希望の配属を得るために,また最適な行動をしなさい」とアドバイスしたいところです.