大学入試や「かけ算の順序」などに関する,最近の[twitter:@koumathkou]さんのツイートを読み,情報提供ができないものかと,考えてみました.
https://twitter.com/koumathkou/status/402815149603422208の件は,撤回が賢明だと思います.ただし正解になるならばどう書いてもいいというわけではなく,減点されるリスクの少ない答案を書けるよう,「ワナ」の存在だとか,一つの問題に対して複数の解き方があること(そして解答にあたっては,その中から一つを選ばないといけないことも)だとかについて,生徒さんへの周知があってもよいように感じました.
かけ算の定義と累乗の定義は,累加をもとにが証明できる(例えば『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』pp.26-28)けれども,は証明するまでもなく一般に成立しないので,別物と見るべきでしょう.
ツイートの中で「評価」という言葉を見かけました.「評価」と「かけ算の順序」を結びつけた事例には,『教育評価 (岩波テキストブックス)』(p.158)があります.当ブログでは,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121229/1356731413にて取りまとめています.
https://twitter.com/koumathkou/status/476731949394841600ですが,もとの絵はSMSGによる乗法の意味づけと重なります.アレイを活用した乗法の意味づけは,1960〜70年代に米国で見られ,その後は衰退しています(例えばAnghileri & Johnson (1988)*1,Greer (1992)で確認できます).日本でそのような指導は見かけません*2が,現在,アレイは複数の「一つ分のとり方」ができる題材として*3,また交換法則および分配法則を視覚的・操作的に確かめる*4のに,使われています.結局のところ,アレイ(やそれと同等のモデル)で考えれば3×4でも4×3でもよいというのは,算数・数学教育の国際的・歴史的な状況を踏まえておらず,学術面でも,先生方(や子どもたち)にも,寄与しそうにありませんので,“ネットde真実”な主張と思って差し支えありません.
他に関心を持ったのは,@koumathkouさんに意見するツイートのところです.
「交換法則を知った後」「交換法則を教えた時点」といった言葉から,連想する書籍,そして文章があります.
- 作者: 守屋誠司
- 出版社/メーカー: 玉川大学出版部
- 発売日: 2011/02/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
(pp.91-92)
低学年と高学年とで正誤判定や指導が異なる事例は,古くは1957年(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130425/1366840221),最近だと2011年(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120602/1338582441)に出版された書籍に載っています.交換法則を陽にせず,低学年の児童らには逆に考える見方が困難というのは,Vergnaud (1983, 1988)に書かれています.
矛盾しているように見えるそれらの主張は,「2年で学ぶ乗法の交換法則は,高学年で学ぶものと異なるのでは?」と考えることで,解決が図れます.
実際,小学校学習指導要領解説算数編を読むと,第2学年の中で「『乗数と被乗数を交換しても積は同じになる』という計算の性質を見付けることができる」と書かれています.
ここで「積は同じになる」に着目すると,乗数と被乗数を交換した式について,同じにならないものがあってよいことを示唆します.簡単に言うと「意味が違う」です.
「かける数とかけられる数を入れかえると,答えは同じだけど,意味は違う」について,指導の事例や,子どもが「違う」と気づいて修正する事例がずいぶんとあります.海外書籍からも,見ることができます(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130615/1371274369,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130204/1359989997#3).*5
といったわけで,交換法則を学習しただけでは,ある文章題で3×5が正解のところ,5×3も正解となるというのは導けません.
付記しておくと,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」のような,基準量が後に示された問題は,複数の教科書に掲載されており,授業を通じて3×5が正しく,5×3は間違いであることを確認・共有しています*6.ここでもし,多様性を期待し,アレイなりトランプ配りなりを理由とすれば正解とすべきだという主張を認めようとするならば,「5×3だと,3枚のお皿に5個ずつになっちゃうんじゃないの?」という疑義を認めないことになります.かけ算の順序論争は,「このように解釈できるから,その式は正しい」と「このように解釈できるから,その式は間違い」の衝突,と見ることができます.
(最終更新:2014-09-18 朝)
*1:英語文献の出典については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130216/1360948813をご覧ください.
*2:「指導」ではありませんが,http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391の文献でアレイを「紹介」しています.
*3:アレイはかけ算で総数を求める「対象」であり,文章題に対してアレイを考える---「手段」として用いる---わけではありません.これは日本限定ではなく,シドニーの低学年児童を対象とした調査 http://www.merga.net.au/documents/MERJ_4_1_Mulligan.pdf からも確認できます.
*5:かけ算の「意味」がよく分からない,学習指導要領にきちんと書かれていない,というのであれば,「乗法構造」(multiplicative structures)で文献を探してご確認ください.小学校のかけ算の指導で一言いうのは,それを理解してからでも,遅くはありません.
*6:もちろん私が教壇に立ったり,授業参観をしたりしてきたわけではありません.『誰もができる子どもに活用力をつけるワクワク授業づくり―第2回RISE授業実践セミナーの報告』に見られる授業事例や,『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』『アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』などの近著,またPDFで読める学習指導案などから,「かける数・かけられる数」の理解に関して,どのような授業をしているのか,知ることができるのです.