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「被乗数と乗数の順序」を通じた,情報の収集と発見について

「インターネットの情報収集というのは,災害情報学に限ったことではなく,何らかのトピックについて最新の動向を,短期集中で調査したり,自分の趣味または関心のあることについて,大部分の人は見過ごすけれども実は大事な事実を,見つけたりするのにも,役立ちます.
 『かけ算の順序』というトピックで今年,私が経験した,情報収集の事例を紹介したいと思います.本題に入る前に,『かけ算の順序』とは何かを,1枚の画像を使って説明します」

「文章題と,『しき』『こたえ』を書く欄で構成されています.使用されている漢字から,2年生向けの出題と分かります.子どもが式には『5×3=15』,答えには『15こ』と書いたところ,答えはマル印がついて正解なのですが,式についてはバツ印で,不正解となっています.そしてこの問題の正解となる式,『3×5=15』が,赤ペンで書き加えられています.
 問題文では5が先,3が後に出現しています.ですが,2年生の『かけ算」で学習している,『1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数』をもとに,2つの数をひっくり返して『3×5』と書かないと正解が得られない,というのが,教えたり評価したりする側のスタンスです.
 これについての反論は,数十年前からあります.a×b=b×aという乗法の交換法則や,詳細はお話ししませんが『トランプ配り』と呼ばれる手法によって,『5×3=15』も式として正解とすべきではないか,となってくると論争を呈してきます.ちなみにWikipediaに『かけ算の順序問題』という記事があり,ほんの少しだけ私も編集に携わりましたので,関心のある人はアクセスしてみてください.
 私はこのりんごの問題で,式が不正解となることには意義があり,なぜバツとされ,本人の立場,保護者の立場,先生の立場でそれぞれ,どのように考えればよいか,また交換法則やトランプ配りに留意するとともに上の学年ではどう扱えばよいかについて,一応の見解を持っています.ただし本日のお話では,そういったところは控えめにします.
 むしろお話ししたいのは,ここからです.今年,文部科学省が新たな情報を公開しました.2020年度からの適用となる,小学校・中学校を対象とした学習指導要領が,今年3月に告示されました.算数では,『速さ』を,これまで6年で学習していたのが5年になります.国語では,4年までに,大阪の『阪』や新潟の『潟』など,都道府県の漢字をすべて学習することとなりました.もっと大事なのは,『何を教えたか』から『児童生徒は何を学んだか』へと,教育の力点を変えること,なのですが.
 学習指導要領の改訂はおよそ10年おきです.なので今年の公表内容は,向こう10年間の日本の教育を規定するものとなります.初等教育を専門とする大学教員や,長年小中学校の教壇に立たれている先生方などが,読んだら,分かる人には分かるのでしょうが,具体的に何を学ばせるかについての記述は,十分でないところもあり,それを補うため,各科目の『学習指導要領解説』というのも,公表されています.科目ごとにPDFとなっており,学習指導要領解説は3か月遅れの6月に,これまで文部科学省サイトでダウンロード可能となり,何度か更新されています.
 その算数(小学校学習指導要領解説算数編)の中に,『かけ算の順序』という言葉そのものではないけれども,実質的にそれを意味する語句が,使われていました.段落を2つ,取り出します」

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 式を読み取る指導に際しては,例えば,3×5の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」という問題をつくることができる。このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい。

「合計で3回,『被乗数と乗数の順序』という書き方が出現します.『プリンが3個ずつ入ったパックが5パック』については,3×5の式を,また明示はされていませんが『プリンが5個ずつ入ったパックが3パック』のほうでは,5×3の式を立てることが,読み取れます.かけ算の記号の左に書くのが被乗数,右に書くのが乗数ですが,『4×100mリレー』といった書かれ方があることについても,解説では別の箇所で,断りが入っています.
 『かけ算の順序』を批判してきた人々にとっては,これらの段落もまた,批判の対象となっています.この内容で出版すべきではないといった主張も,ブログ記事で読んだことがありました.
 私はこの段落を見て,『被乗数と乗数の順序』という表記は,今回の解説のために創作した語句ではなく,何かしらの元ネタがあるのではないかと,仮説を立てました.それで,自分のブログの過去の記事を,grepという全探索のコマンドで調査してみると,2011年の出版物に,出現していることが分かりました」

「出現箇所とその前後を,取り出しますと…」

 乗法の数学的定義についても,集合の要素の数という観点からの定義と,順序という観点からの定義がある。
 算数科では,整数の乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かにあたる当たる大きさを求めるという場面で導入される。整数の世界では,その値を求めるためには,同数累加を行うことになる。つまり,乗法は同数累加の簡潔な表現として用いられることになる。この定義では,3×4=3+3+3+3,4×3=4+4+4となる。つまり,被乗数と乗数の順序に意味がある。(以下略)

「以下略とした中には,乗法の交換法則についての言及もあります.先ほど2つの段落を取り上げた最初のほうとも関連してきまして,図解を試みました」

「私自身,算数教育について,我が子は別にして小学生に指導したり,論文を書いたりしてきたわけではありません.『かけ算の順序』は個人的な趣味,関心事です.
 なのですが数年来に渡って,このトピックの本を,インターネット上のブログ記事やツイート,国立国会図書館デジタルコレクションやHathiTrust(ハーティトラスト)といった電子図書館,そしてときには海外や古書も取り寄せて,読み比べていく中で,これまでどのような教育がなされ,どんな教え方では行き詰まりを見せ,長いスパンで見てこれからどうなっていくだろうかを,把握しています.
 みなさんも,自分の好きなことでかまいませんので,一つのトピックで情報の収集を行い,蓄積することを,行ってほしいと期待します.ただし『かけ算の順序』はおすすめしませんし,災害情報学に関する内容でなくてもかまいません.
 そして,蓄積してきた情報に基づいて,ブログやツイッターで,いやこれからも,情報発信の媒体が変化するでしょうが,ともあれ自分の意見を,誰もが見える形で公表すること,それを日常生活の一部にすることを願います.公表をすると,厳しい批判や,読んでおくとよい情報の提示が返ってきます.そういったことを通じて,自分の持つ見解を,更新することも,臆してはいけないのです.
 新しく入ってきた情報について,それまでの知識の中でどのように位置づけられるかを決定することも含めて,メンテナンスすることが,『知の営み』となります」

なにこれ

災害情報学の担当授業*1の余談として用意していた内容です.画像や引用を,授業とは別のPowerPointファイルにしていました.授業では話せませんでした.
画像や引用文は,以下の記事からの転載です.

最初の画像について,新しい学習指導要領および解説のもとで,5×3=15が正解か不正解かについては,「正解にする余地がある」と言うことができます.というのも,小学校学習指導要領解説算数編(PDFファイル)は何度か更新されており,URLに2017/07/25を含むバージョンで,乗法の式の扱いが少し変わったためです.かけ算の「順序」について(2017.12)で取り上げています。

*1:3日前にも,記事にしました:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20171228/1514471763