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大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

「かけ算の順序強制問題」を読んだ

本記事は2018年8月に改訂しました.趣旨は変更せず,その後に出た書籍や,メインブログ・サブブログで作成した記事へのリンクを入れています.

  • 黒木玄: かけ算の順序強制問題, 季刊理科の探検, 2014 秋号(10月号), 文理, pp.112-115 (2014). [asin:B00MBUXKYA]

Kindle版も出ています.

記事の存在は,「かけ算の順序問題」の変更履歴 - Wikipediaで知りました.2014年9月27日 (土) 15:30‎ (UTC)の更新時に,追加されています.
「理科の探検」と言えば,学内開催のおもしろ科学まつりが思い浮かびます.今年もお手伝いします.物化生地のいろいろなジャンルで出展をいただきまして,先日の会議で,これからの仕事が割り当てられました.演示や科学教室の調整をしっかり行い,出す人・見た人が満足できるようなイベントにしたいところです.
…などと思いながら,表紙をめくった次の「炎色反応」だとか,金箔は王水に溶ける(p.50)だとか,手軽に実験・実演できないものがうまく写真で表せているのに新鮮な喜びを持ち,それでやっと,特別寄稿の「かけ算の順序強制問題」にたどり着きました.


112から115ページまで読んで,著者のスタンスを一応知っていたこともあり,中身よりも,書きぶりのほうに違和感がありました.ここで連想したのは,あるところの学会誌です.年4回発行のうち1回は,年次大会の予稿集となっており,会員が所定の手続きを踏んで投稿すれば,査読なしで掲載されます.その予稿集に,「うーむ」と思わせる論考が入っていることがありました.それと同じ「うーむ」の思いが,自分にとって分野外の「理科の探検」という季刊誌を開いて,10分もしないうちに,発生したのでした.
違和感をもった書きぶりの一例を,挙げておきましょう(p.114).

5 教育現場での現状は?
 実は現代の現実の小学校でどこでどれだけかけ算の順序強制教育が行われているかについては正確にはよくわかっていない。おそらく地域・学校・教室ごとに教え方は違っているのだろう。実際,この推測と整合的な以下の調査結果がある。

節見出しが,疑問形です.こういうとき読者は,読んでいけば,その疑問を解消してくれるだろうと思います.すなわち,「教育現場の現状は…である」の,「…」の部分を知ることを期待します.
ところが直後(節の最初)の文にあるとおり,「正確にはよくわかっていない」と言うのです.そこで不安を覚えまして,安心して読めないのです.
この季刊誌には,他に特別寄稿が2つあります.それらでは,「?」で終わる見出しのとき,その疑問に著者が答えを提示するのが予想できる書き出しとなっています.まず,p.100(佐野和美: STAP細胞騒動をどう見るか)では:

研究者とはどういう人達のことか?
 そもそも研究者と呼ばれている人はどういう人でしょうか。
 研究者は(略)

次に,p.107(清水隆裕: タバコの害を真剣に考えよう!)だと:

タールって何?
 そもそもタールとは何のことでしょう? 有機物が熱分解した時に生じる黒色〜褐色の油状成分のことです。本誌読者の皆様でしたら(略)

「かけ算の順序強制問題」が推敲不足だったとか,誰かから書き方のアドバイスを受けていれば良かったのでは,とかいったものではなさそうです.先述の査読なしの論考にも,謝辞で批判を仰いだ方の名前が明記されていました.アドバイスを得て,Webと異なり訂正が容易でない媒体に載ったものについて,隣り合う文章と読み比べたときに,「うーむ」の気分を生じさせたのです.
書きぶりというよりは表記に関して,4ページの中に1箇所だけ,ダブルクォーテーションマークが使用されていること,また「らしい」が6回出現していずれも段落末尾であることが,目につきました.語句はというと,「要注意定番キーフレーズ」(p.113左)が打ち出されています.
なお,著者というよりは編集の責任と思われますが,「これがかけ算順序強制」(p.112左l.7)の「制」のフォントだけ,「かけ算順序強」のフォントと異なっていました.それと,この「制」と同じフォントは,引用を表すところで用いられていますが,その引用部の上下で,空行の高さが異なるのも,ほんのわずかなことですが,読みやすさを損なっているように感じました.


内容に移ります.まず,「朝日新聞1972年1月26日の記事」(p.112右)に対して,遠山啓はいくつかの理由を挙げて6×4でもいいとしていたのに,「かけ算の順序強制問題」での遠山の取り上げ方はというと「体積×密度=重さ(略)それはひどく考えにくいだろう」(p.113右)となっています.4ページで説明するのって難しいなあ*1と思った箇所です.
2節(現在の文科省はノータッチ)に戻って,学習指導要領で「かけ算の順序」というと,次の2点に留意したいものです*2
一つは,学習指導要領解説にも,「子どもが6人います。1人にあめを7こずつくばります。あめは何こいりますか。」と同じ出現の仕方の文章題が入っています.第3学年で,現行*3では,「ひもを4等分した一つ分を測ったら9cmあった。はじめのひもの長さは何cmか。」という問題文です.その直前に「除法の逆としての乗法の問題」とあり,「4等分」だからといってわり算じゃないよ,場面をよく考えて,なに算で求めればいいかを決めるんだよ,という意図なのがうかがえます.その際,「1つ分の大きさ」そして「かけられる数」には,9(cm)のほうが対応します.加えて,「9cm」のところは「0.9cm」や「\frac37cm」など,整数でない値に変えることができる(連続量)のに対し,「4等分」の4のほうは,整数値に限定されます(分離量).この件には被乗数と乗数の非対称性が含まれています.
もう一つは,wikipedia:かけ算の順序問題にも例示した「0.1×3ならば、0.1 + 0.1 + 0.1の意味である」です.小数×整数は第4学年,小数(整数を含む)×小数は第5学年で学習しており,そこからも,小学校の算数では「かけられる数」と「かける数」の区別がなされているのを推測できます.海外はというと,小数×整数はGreerの分類*4のうち,等しい量(Equal measures)と密接に関係しますし,先日リンクしたhttp://mathgpselaboration.blogspot.jp/2014/07/how-should-we-read-5-7.htmlからも,米国算数教育における,かけられる数とかける数の区別を見ることができます.
「現代の算数教育の世界には次のようなドグマ(教義)があるようだ。」(p.114左)に続く,2項目の箇条書きについては,一つずつ見ていきます.

  • 文章や絵で示された具体的場面を式だけで忠実に表現できるし、しなければいけない。逆に式だけから具体的場面を一意的に読み取れる。

平成20年の小学校の学習指導要領で,言語活動,そして算数では算数的活動の充実が求められるようになったのですが,そこから「式だけで」とか「忠実に」とか「しなければいけない」とかを見出すには,算数教育や文科省方針とは異なる何か,例えば「ネットde真実」と言ってよさそうな要素が入っているように思われます.
なお,一つの場面に対し,かけられる数・かける数が入れ替わった2つの式で表せるという学習事例もあります.今年出た本だったら『「数学的に考える力」を育てる実践事例30*5です.

  • 「2×8」のような式だけを見て、子どもの理解度を測ることができる。

ここに関しては,「2×8」と「8×2」は意味が違うんだよ,答え(総数)は同じになるけどね,と授業中に学習し,そのもとで出題されていると推測できます.「意味は違うけど,答えは同じ」は日本限定ではなく,イランとアメリ*6にも授業事例があります.「2×8」だけを見て批判したり,「2×8=8×2」を持ち出したりするよりも前に,「2×8」と「8×2」の比較が,国内外の授業でなされてきた,と言い換えることができます.


「教育現場での現状は?」に対し,文章を読んで,「違和感がありました」「不安を覚えるわけです」では無責任なので,自分はどう考えているかを記しておきます.
もし私が,「かけ算の順序強制について,教育現場の現状は?」と問われたら…

  • かけられる数とかける数の区別,かけ算の意味,式の意味を重視した指導が行われており,それは教科書や,算数教育の解説書*7のほか,Webで読める学習指導案や学力調査*8から知ることができる.
  • そういった指導や学級運営において,「順序」「強制」といった用語は用いられない*9
  • a×bが正解でb×aは不正解という場面のほか,少ないながら,a×bもb×aも正解(その場面を表した式)であるのを学習することがあり,2年の学習においては,前者には同数のグループ(Equal groups)や等しい量(Equal measures),後者にはデカルト積(Cartesian product)といったモデル化がなされている*10

…を思い浮かべてからから,質問者の意図に合わせてアレンジし,答えることになると思います.


文章全体に関して言うと,(1)かけ算の順序強制問題における「問題」とは,problemのことかissueのことか,(2)理科や科学に関心を持つ者が多いと思われる読者が「かけ算の順序強制問題」の文章を読んで,理科教育・科学教育にどのように役に立つのだろうか,といった疑問点を持ちました.
(1)については,今回見てきた文章,あるいはhttp://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.htmlhttp://genkuroki.web.fc2.com/sansu/の主要部を英訳して,ナンセンスなことを言っている人がいるんだよと海外に向けてアピールするのはいかがでしょうか.
2つの英単語について,違いを書いておくと,problemというのは解決すべき対象をきちんと定義でき,それに対する解が見出せれば,当該問題や関連問題への対処を円滑に行えることが期待されます.それに対しissueは,「論点を明らかにする」ことですが,別の言い方をするなら「騒ぎたい」です
(2)については,工学教育に置き換えて,自分なりに考えていくとします.

*1:雑誌か何かで,もし,「かけ算の順序について記事を書いてください」と依頼が来たら,まずは自分はその専門家でないので依頼を断りたいのですが,あえて専門性を出すとするのなら,文献を通じた概説を示したのち,学習指導要領・同解説と,Web上の言説とで,出現語句やつながりを計量化し,比較を試みるのが良さそうに思っています.

*2:2点とも,「連続量×分離量」で表される種類のかけ算があることを背景としています.詳しくはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150115/1421268318をご覧ください.

*3:平成20年.過去の解説や指導書との比較は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140131/1391118525にまとめています.

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131226/1387983600

*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140916/1410810251 後半

*6:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141002/1412193761

*7:例えば,http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/07/11/062026

*8:例えば,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150102/1420163349.そこで「Link 2」と書いた文献のURLはhttp://mnavidata.edu-c.pref.miyagi.jp/manage/wp-content/uploads/tmpFile/practice_research/01B0010.pdfに変更されています

*9:なお,[isbn:9784472404221]のp.92には,「必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。」で終わる段落があります.とはいえその段落で最も主張したいのは,「第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。」の文であり,異なる著者らおよび出版社により2018年に刊行された[asin:4767921120]にも,同じ趣旨を見ることができます.

*10:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131226/1387983600