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小2でかけ算を導入するときにもかけ算の順序へのこだわりをしつこく教えていない学校がかなりあるのではないか

5 教育現場での現状は?
実は現代の現実の小学校でどこでどれだけかけ算の順序強制教育が行われているかについては正確にはよくわかっていない。おそらく地域・学校・教室ごとに教え方は違っているのだろう。実際,この推測と整合的な以下の調査結果がある。
総合初等教育研究所による計算力調査(略)における「6つのはこに,ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう」という問題の「式」の正答率は小2で50.8%、小3で23.8%である。「式」の正解は「8×6」であり、「6×8」は誤答扱い。「答えの正答率は小2で81.3%、小3で87.4%である。(http://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/keisan h18.xhtml)
小2でも半分程度しか正解していないということから、小2でかけ算を導入するときにもかけ算の順序へのこだわりをしつこく教えていない学校がかなりあるのではないかと推測される。
(黒木:かけ算の順序強制問題. asin:B00MBUXKYA pp.114-115)

今回も*1,小さなツッコミから.URLに下線記号が脱落しており,正しくはhttp://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/keisan_h18.xhtmlです*2.問題文の中の「,」(カンマ)は原文通りです.式の正解はWebから確認できず,調査報告書を入手するのは困難ですが,『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』で正答・誤答の状況や,指導の提案などを読むことができます.
中身についてですが,「小2でかけ算を導入するときにもかけ算の順序へのこだわりをしつこく教えていない学校がかなりあるのではないかと推測される」は,よくWebで見かける「導入時は順序があったとしても,交換法則を学習すれば順序は不要」といった主張を,学校現場に投影したものとなっているように感じました*3.「こだわり」「しつこく」のところは,こういった表現の使用に異を唱える人が編集サイドにいないのが現状なのかという思いもあります.
前段に,「小2でも半分程度しか正解していないということから」を置くのには,違和感を持ちました.というのも,計算力調査で同程度の正解率の問題を見れば,論理が合わないのです.例えば5年生Bには「0.6mの青いテープと,1.5mの赤いテープがあります。青いテープの長さは,赤いテープの長さの何倍でしょう」という問題に対して,式の正答率が50.6%となっています.この種の小数のわり算を,学習していないと言うわけにはいきません.
正答率の低さは,算数から離れたところでも,見つけることができます.『大学における「学びの場」づくり』の第1章,2番目のエピソード(pp.27-28)は,アナトーレ・ディオン教授の述懐です.心理学入門のクラスで,強化と罰の違いや,正の強化・負の強化について,具体的な例を挙げながら,説明しているにもかかわらず,試験で「負の強化」について問うと,6割近くが誤答だったとのこと.この件もまた,授業で取り上げるなと言うわけにいきません.なお,章題は「学生の先行知識が学習におよぼす影響」となっており,p.49では,「負の強化の『負』という語を考えるとき,引き算を思い浮かべてください」という助言を記しています.*4
「小2でも半分程度しか正解していないということから」を「式が答えの正答率よりもかなり低いことから」に置き換えれば,その論理を支える別の事例を,同じ計算力調査から確認することができます.3年生にある「1mの重さが3kgの鉄のぼうがあります。この鉄のぼう12mの重さは何kgでしょう」では,式と答の正答率はそれぞれ,48.6%,76.0%となっています.
これについては,いったん12÷3=4と書いたけれども,「1mで3kg,12mだと4kg」というのはおかしい,そこで÷を×にして12×3=36にした,という解き方が想定できます.この流れにおいて,演算決定がきちんと行えているとも,かけ算の意味が分かっているとも,言いがたいし,その場面において「一つ分」を12mとするかけ算が,どういうことなのかの説明も,本人には困難と思われます.*5
とはいえ,そのように置き換えたとしても,学力調査における正答率の低さを根拠として,「かけ算の順序は学校現場できちんと教えていないのではないか」という主張には,やはり賛同できません.
というのも,出題で出現する2つの情報を,答える際にはひっくり返す必要があるのだよという出題が,かけ算から離れ,上の学年に出現するからです.
一つは,わり算です.計算力調査にも入っていますが,全国学力テストに切り替えて,例を挙げると,平成22年度の算数Aには「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう」という出題があります*6
ひっくり返すのは,数に限りません.今年の数学Aには,重量・料金の表と,「「重量を決めると,それにともなって料金がただ1つ決まる」という関係があります」という記述をもとに,何は何の関数であるかを答える問題が出ています*7
それらから浮かび上がるのは,2つの数量の関係を把握して,式や言葉にしよう(子どもたちにはできるようになってほしい)という姿勢です.それを,非対称性*8を持つかけ算の学習からきちんと教え,また学力調査(とくに外在的調査*9)により児童・生徒らの理解状況を確認しようとした一つが,計算力調査であり,正解率の最も低い事例をつまみ食いしたのが,冒頭の引用であるようにも見えます.


「編集サイド」について,もう少し書いておきます.
「特別寄稿なので自由に書いてください」と著者に伝えてあったのかもしれません.
それでも,刊行物としてリリースされると,品位*10を含めその内容には著者のみならず,編集長を筆頭とし編集に関わった方々にも責任が生じるわけです.
今回の黒木特別寄稿が,前半に「らしい」が7度出現するなど不確かな現状認識に基づく提言として,算数・数学教育とは異なるジャンルの刊行物に掲載されたこと,またその中で,少し離れたところに書かれている2件の歴史的経緯の紹介は,1つのWebページを元ネタとしているのが推測できる(しかも出典が明示されていないし,遠山の1972年の記事が取り除かれている)というのは,距離を置いて見ている者として,今後に不安を覚えています.
その一方で,文章を読み込めば,「小2でかけ算を導入するときにもかけ算の順序へのこだわりをしつこく教えていない学校がかなりあるのではないか」や,「小2のかけ算で,順序へのこだわりをしつこく教えている学校は,どのくらいあるでしょうか」といった疑問に対して,答えを提示しやすいとも感じました.当該寄稿が,不確かな現状認識に基づいているのだから,そういった主張の是非や,数量的な見積りへの回答を,示す価値がないのです.


ところで,「かけ算の順序強制問題」で検索したところ,以下の紹介記事を見つけ,t.mの名前でコメントしました.

  • http://rikatanrikatan.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-c0e8.htmlデッドリンク

しかし読み直してみると,品が良くありません.Googleの結果でhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141004/1412352292が出てくるのは,コメント投稿時に画像として残しています.Yahoo!は不明ですが,Bingからも同じ検索語で,昨日,アクセスがありました.
ですがその次の,「理科の探検(RikaTan)誌編集長の左巻健男(法政大学教授)です。」から始まるコメントには,考えさせられました*11
真っ先に引っかかったのは,「(法政大学教授)」という肩書きの記載です.季刊 理科の探検 (RikaTan) 2014年 10月号を見直すと,奥付では「●編集長 左巻健男(法政大学)」となっており,職位は書かれていません.本文の中のプロフィール(p.59ほか)では,「法政大学教職課程センター教授」とあります.

そのコメントから個人的に学ぶべきなのは2つあり,一つは,行うレスポンスに応じて適切な名乗りを行うことの大切さです.今年催した年次大会で,何かの問い合わせで回答メールを送る際,いつものように,大学名+姓で書いていたところ,実行委員長名のほうがいいですよとアドバイスをもらいました.そのとおりにやってみると,以後もメールが書きやすくなったのでした.

もう一つは,大学の教員なら四の五の言わずに業績をあげ,まずは教授になれというメッセージです.自分の部屋の表札と名刺にはAssociate Porfessorと書かれていますが,学内の呼称変更により昨年度からLecturerが正式となっています.職位はより上を目指すとともに,この件はあなたに聞けば/任せれば安心だと言ってもらえるよう,情報を蓄積し,アウトプットを出しながら日々精進します.

(最終更新:2019-02-18 早朝)

*1:前回:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141006/1412546196

*2:新しい計算力調査の報告がhttp://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/keisan_h25.xhtmlで公開され,h18をURLに含むページはデッドリンクとなりました.

*3:学校現場の多くは「かけ算の順序へのこだわりをしつこく教えて」いるわけではないのだよ,という多数派工作も見てとれます.

*4:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366812608のベストアンサーが明快でした.参照した本は文字ばかりで,ディオン教授も想像するに文字・言語のみで授業をしているのかもしれませんが,「分かるとは分ける」の考え方で,表をつくれば,正の強化・負の強化・正の罰・負の罰の違いが捉えやすくなりそうです.

*5:もう1問,式が答えの正答率よりも低い出題があります.2年生の逆思考(加法逆の減法)の文章題で,式と答の正答率の差は0.2ポイントです.状況を描くなどして数量関係を把握したあと,式を立てずに,答えとなる本数を求めた児童がいたと考えられます.

*6:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130904/1378220400

*7:[http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140429/1398720384

*8:Vergnaud (1988)およびGreer (1992)に見られる"asymmetry"を念頭に置いています.かけ算において,かけられる数とかける数に区別があるというのは,日本限定ではありませんし,区別のあるかけ算と,区別の(実質的に)ないかけ算の存在も,Webを離れて文献を読んでいけば,見つかるというわけです.

*9:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121229/1356731413

*10:教科書を「論外」呼ばわりするのは,先日書いた「うーむ」の一つとなります.教育に携わる者,そして教育学部を持つ大学に所属する教員であれば,可能な限りの情報にアクセスして,現状認識を自分の責任・自分の言葉で表現し,そこから,関係者や周辺の人が読んでなるほどと思ってもらえる提案を,直接の関係者でないので認められない可能性が高いことにも注意し(もちろんそんなことは記載せず),行うのが,学識ある者の基本的な行動だと考えています.「驚き最小の法則」は,教育問題にも適用できそうだということです.

*11:直前のコメントが無視されている点は,ことさら気になりません.ある掲示板で掲載されなかったコメントを膨らませ,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111219/1324225396を書いたのは,いい思い出です.