新しい教育評価入門 -- 人を育てる評価のために (有斐閣コンパクト)
- 作者: 西岡加名恵,石井英真,田中耕治
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2015/04/08
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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編者3名,本を開くと執筆者8名,Column執筆者も別に8名の名前が,目次より前に書かれています.和歌山大学教育学部の教員の名前もありました.
各章の参考文献を見ると,『教育評価 (岩波テキストブックス)』をはじめ,田中耕治氏の論文・著書がよく出てきます.
先頭から読んでいき,「かけ算の意味がわかる」(p.78)が育てたい能力の1つとして例示されているものの,かけ算の意味や,わかることの判定方法などは,見当たりませんでした.
具体的な評価方法は,次の章に書かれていました(p.128).
作問法は,子どもに問題をつくらせることによってその子の理解を探る評価方法である。特に算数で用いやすい。たとえば,「3×5=15という計算で答えを出すようなお話をつくりなさい」という課題などである。これによって測られるのは,九九を覚えているかではない。かけ算の意味を理解しているかである。たとえば,仮に「3×5はいくつでしょう」という問いに正しく「15」と答えられる子どもであっても,この問いに対して「男の子が3人,女の子が5人います。かけると何人でしょう」といった問題しかつくることができなければ,かけ算の意味理解が不足していることが明らかになる。
かけ算を使った作問法は,『教育評価』にも載っています.読み直しました(p.158).
パフォーマンス評価の一種である「作問法」(この場合は「算式法」)では,「4×8=32となるようなお話をつくってください.そして,そのお話を絵で描いてみましょう」という例があげられるであろう.今までは子どもたちは与えられた問題をひたすら解く立場であったものが,「聴衆(オーディエンス)」を意識して問題を作成するという立場にたつことで,自分たちの生活知を活性化させる意欲を喚起される.そして,乗法にかかわるさまざまなエピソードやイメージを想起しつつ,ストーリーを紡ぎ出し,その場面を描くことになる.
この場合の採点基準としては,「乗法の意味内容を踏まえたお話であるか」(正比例型,直積型(面積),倍比率型となっているか),「乗数と被乗数の意味が区別されているか」(とくに正比例型では「4」は「一あたり量」,「8」は「いくつ分」と区別されているか),「お話が現実的であるか」(たとえば「潤一君は1日4kgの牛肉を8日間食べ続けました.全部で牛肉を何kg食べたでしょうか」という話は,論理的には正しくても生活文脈的にはやや無理な作問である),「お話と絵が一致しているか」を考えておけばよいだろう.(略)
字数も,内容にしても,作問法によるかけ算(乗法)の意味理解の評価については,『教育評価』のほうが充実しています.なお,p.155には「乗法の意味」として,「正比例型(一あたり量×いくつ分=全体量),直積型(面積),倍比率型(倍),累加型(たとえば3+3+3)の4通り」を挙げています.
それに対し『新しい教育評価入門』では,かけ算の意味が具体的に何なのかも,「3人に5こずつりんごをあげるには,りんごがいくついりますか」というお話を作った子に対する評価についても,答えを得ることができそうにありません.
この違いは,それぞれの執筆者に対する「かけ算の意味」や児童の理解,またその評価に対する関与の度合いの違いとなっています.関与の度合いについて,『教育評価』では章末の注で,田中氏を代表者とする科研費の研究においてパフォーマンス評価を実施したと書かれていますが,『新しい教育評価入門』の該当箇所については,参考文献などを見ても判然としません.
ところで,2つの記述の違いについては,別の解釈も思い浮かびます.被乗数・乗数を逆に書いた式を,間違いと明記することの回避です.
具体的にこれこれこうだから間違い,という記述が取り除かれた事例は,東京都算数教育研究会の2つの学力調査から見てきていました.
解説の文章に,「順」「順序」を含む,いわゆる「かけ算の順序」を匂わせる表現がなくなっているのも,気になります.具体的にはこうです.
乗数、被乗数の関係を考えて立式できるかをみる問題である。正答率は54%である。また、28%の児童は問題文に合った図を選ぶことができ、6%の児童は問題文から立式することができている。乗法の指導においては、問題場面を絵や図、半具体物に表す活動をとおして、「一つ分」に当たる数はどれかを視覚的に捉えたり、絵や図から「一つ分」を捉えたりすることが大切である。また、問題場面を絵や図に表す活動と絵や図を式に表す活動、式から問題場面を考える活動に取り組むことでかけ算の意味の理解を深めていきたい。
前回(平成22年度実施)はというと:
乗数、被乗数の関係を考えて立式できるかをみる問題である。正答率は54%である。36%の児童は問題文に出てきた順に立式したものである。乗法の指導においては、問題場面を絵や図に表すだけでなく、式を半具体物で表したり絵や図で表したりする活動や、身の回りの事象から乗法の式で表せるものを探す活動を通して、「1つ分×いくつ分」という関係が体験的にとらえられるようにしていきたい。また、問題文に出てきた順序と逆に立式する問題を取り入れ、「1つ分」に当たる数はどれかを考える態度を育てていきたい。
この違いですが,想像するに,「この問題,3×4ではダメなんだよ」という書き方を取り除いた,と読めば,まずはそれが,この調査結果を踏まえて教育改善にあたろうという先生方のためのアドバイスであり,あともう一つは,昨今の「かけ算の順序論争」への対応の仕方なのかもしれません.
6年は鉄のぼう,2年はみかん
そうしたとき,『新しい教育評価入門』の作問課題で,「3人に5こずつりんごをあげるには,りんごがいくついりますか」と書いた子への評価はというと,この本では明示されていないだけであって,2年の算数の教科書や各種書籍,また学習した状況・経験を踏まえると,「5×3だ」と認識または指摘をするのが,自然な流れになりそうです.
教師受けしそうな展開もあります*1.「3人に5こずつりんごをあげるには,りんごがいくついりますか」と書いた子に対して,「それ,3×5かな?」と先生が尋ねます.子どもが考え直すなり,図をつくってみるなりして,「これだと5×3だ!」と気づき,作った問題の3と5を入れ換えるか,「りんごを3こずつもっている人が5人います.りんごはぜんぶでいくつありますか」に変更して,提出すれば,教師は,この子はかけ算の意味をきちんと理解していると判断するわけです.
「かけ算の意味」や,児童が理解をしているかどうかの評価方法について,ここ数年で大きく変わったとは思えません.ただ,『かけ算には順序があるのか』出版の前後あたりから,かけ算の意味はこうだとか,式を逆に書いたらどういう意味になるだとかいった記述が,教育に携わるところから減ってきたような印象も,持っています.
時間の経過を考慮しつつ,同一の出題による調査を,総合初等教育研究所が実施しているのを,最近知りました.
平成25年1月と3月に予備調査と本調査を実施し,調査報告書は今年2月に公表とのこと.
調査結果から問題や今回・前回*2の正答率を見ることができます.前回見られた「タイプI」すなわち未習内容の出題は,現行の学習指導要領のもとで既習となっていました.
正答率に関して,2・3年の「6つのはこに,ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。」や3・4年の「1mの重さが3kgの鉄のぼうがあります。この鉄のぼう12mの重さは何kgでしょう。」では,式の正答率が答えのそれよりも低くなっていました.新しい方の調査でも,6×8や12×3を間違いとしているのが推測できます.
「掛け算の順序」批判でも,新旧読み比べができます.
(略)どうやら1950年代に一部の教育家が「乗数」と「被乗数」という言葉を発明して「掛け算の順序」という愚劣なことを言い出したのが始まりらしい.(略)
(『数学をいかに教えるか (ちくま学芸文庫)』p.45)
(略)掛け算の順序の順序を区別しなければならないと考える指導法では、掛け算を
1あたりの量×いくつ分
と考える。(略)
もともとこのようなことがはじまったのは、「1あたりの量」をしっかりと教えよう、という動機かららしい.(略)
(『やじうま入試数学 問題に秘められた味わいのツボ (ブルーバックス)』p.84)
1950年代や,「1あたりの量」の概念の発生よりも前からも,被乗数と乗数の概念やその区別がなされていたのは,例えばhttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826848/27*3で読むことができます.それよりも前に書かれた『筆算訓蒙』だと,被乗数・乗数ではなく実・法ですが,意味づけは同様ですし,別の種類の乗法の存在についても,導入時に考慮されています*4.
日本の算数や算術や,海外の数学において,どのようなタイプのかけ算を学習しているのかを,実用性・系統性や失敗例とともに認識しておけば,『数学をいかに教えるか』と『やじうま入試数学』の上記2つの引用も,その体系に組み込めそうです.
*1:元ネタ:『さんすうの授業 第1階梯―自主編成研究講座 小学校1・2・3年生』pp.174-175;http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130204/1359989997#3
*2:前回調査のURL(http://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/keisan_h18.xhtml)にはアクセスできなくなっています.