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正方形は長方形・まとめ (2014.11+)

【おことわり:2015年4月実施の全国学力テスト算数Bに「正方形は長方形」を踏まえた出題がなされたことを記載しました.】

正方形は長方形問題とは何か,具体例は

正方形は長方形問題(せいほうけいはちょうほうけいもんだい)は,図形の弁別などに関する算数の授業・出題において,正方形を長方形としないという採点方針と,正方形は長方形であるという主張の対立である.…….詳細は誰か書いてください.この出だしは,wikipedia:かけ算の順序問題のリード文を流用しています.
例えば,東京都算数教育研究会が平成23年度に実施した学力調査には,第2学年*1を対象として,以下のような出題があります.

http://tosanken.main.jp/data/H24/happyou/20121019-7.pdf#page=7で,正解率や誤答の状況,そして分析も読むことができます.小問(1)の正解率(完答のみ.以下同じ)は78%,小問(2)は75%となっています.
小問(2)について,正方形の(え),(か)は正解に入っていません.そこでこの出題も,正方形を長方形としないという方針を採用していると見ることができます.

この問題に対する個人的な見解

第2学年で,長方形や正方形を学習する時点では,それらを区別すること,すなわち正方形を長方形の仲間に入れないという指導・採点の方針に,賛同します.その段階では包摂関係への理解よりも,弁別できることが望まれているからです.算数教育の用語をできるだけ使わずに書くなら,正方形を見て,「これは正方形だ!」と認識・判断できることを,同じ図形を見て「これは長方形だ!」と認識・判断できることよりも,重視したいのです.
その一方で,正方形は長方形の特殊な場合であることを知っておけば,複合図形の作成・分割(分析)や,面積計算に役立ちます.「長方形の面積=縦×横」「正方形の面積=一辺×一辺」と,図形ごとに異なる公式を常に当てはめるよりも,正方形だって縦×横を適用して面積を計算すればいいじゃないかというわけです.これも支持したいのですが,一つ注意があって,長方形の面積は縦の長さと横の長さに別々に比例するけれども,正方形はそうではない---“別々に”といかない---といった違いも,忘れないようにしたいところです.
数学的な観点では,「正方形は長方形である」を論証するには,集合の包含をはじめとする取り決め(定義と言ってもいいでしょう)が必要となります.算数教育の歴史において,集合は「数学教育の現代化運動」の影響を受け1970年代前後に指導されたものの,ブームが去ったのち*2,集合の概念,そして図形の包摂関係は,陽には扱われていないようにも感じています.
また形式的には,正方形全体からなる集合をS,長方形全体からなる集合をRと書いたとき,「正方形は長方形である」は,t∈S→t∈Rと表せるのに対し,「正方形は長方形ではない」はS≠R,もしくは∃t(t∈R∧¬t∈S)です.∀t(t∈S→t∈R)と書いたら,これはS⊂Rのことです.
以上より,算数教育においては「正方形は長方形である」と言うよりも,「正方形は長方形のなかまである」と言うのが,適切だと認識しています.学習(クラスで共有)するなら第4学年,長方形の面積の近辺です.

きりぬき

仮想的なこの論争(あるいは思考実験)の解決に,ヒントを示してくれる記述が,『算数教育指導用語辞典』にあります.p.45脚注の右側です.*3

図形の名称
各図形の名称については,次のように決められている。
すなわち,一般の図形の集合から,条件が付加されて特殊な図形の集合が作られたとき,その特殊な図形の集合に名づけられた名称が,その図形の名称となるということである。例えば,長方形も正方形も平行四辺形の条件はもつが,平行四辺形とよばず,付加された条件でできた集合の名称を用いるのである。

これを根拠とすると,黒板にかかれた図形は「四つの辺の長さが等しく,四つの角が直角である四角形だから,正方形です」と言い---教師は,子どもがそう言うのを期待し---,では正方形ではなく長方形をかきましょうといった展開になりそうです.

長方形をかきましょう

正方形と長方形を区別する記述として,学習指導要領解説に見られる「正方形はみな形が同じ」は,全称記号∀と相似の∽を用いて,∀t1∈S ∀t2∈S t1∽t2と表せます.

正方形は長方形である vs 正方形は長方形でない

まとめると:

  • 図形の包摂関係という考え方は,教師は頭に入れておきたい.
  • 児童には(算数では),包摂関係は教えない.

まとめにもう一つ,追加しておきましょう:

  • 学習指導要領に基づくなら,「正方形は長方形である」よりも「正方形と長方形は異なる」を重視した指導が行われる.
正方形は長方形である?〜包摂関係に着目して

と,留意点はいくつかあるものの,「ある図形が正方形であるならば,その図形は長方形である」は,適当に文字の意味を定めた上で,t∈S⇒t∈Rと表すことができます.

「正方形は長方形である」が小学校で取り扱われない理由として,技術的なものと,政治的なものが思い浮かびます.理解のためには,is-aやbelongs-toといった関係の違いのほか,「ならば(⇒)」も必要となります.集合の概念は,数学教育の現代化運動の流れを受けて,小学校の算数に一時期取り入れられたものの,その次の学習指導要領改訂で削除された,という経緯もあります.

正方形は長方形である?

長方形では,2つずつ,角が合うようにして,折り重ねると,長方形ができます.しかし正方形に対して同じ操作をしても,正方形にはなりません.紙を使って,簡単に実演できます.

正方形と長方形

外では

向かいあった2組の辺がどちらも平行になっている四角形は平行四辺形ですが,角がみんな直角になっていると長方形になります。したがって,長方形は平行四辺形の特別な形とみることができます。このとき,角がみんな直角であるということは,(少なくとも)向かいあった2組の辺がどちらも平行であるという条件を満たしているので,長方形を平行四辺形の仲間に含めて考えることができます。このような図形に関する相互の関係を図形の包摂関係といいます。
小学校で学習する図形として考えられるのは,正方形を長方形の仲間とみたり,長方形やひし形を平行四辺形の仲間とみたりすることなどがあります。また,立体では,立方体を直方体の仲間とみるなどの例が考えられます。
(図省略)
図形の包摂関係については,以前は教科書でも積極的に取り上げられたこともありましたが,現在では,特に取り上げないことになっています。
しかし,長方形のわくを使って,いろいろな平行四辺形をつくる際,長方形と平行四辺形との関係に気づいた児童には,長方形が平行四辺形の特別な形であることに簡単に触れてもよいでしょう。

図形の包摂関係|算数用語集

イ 正方形,長方形と直角三角形

第2学年では,正方形,長方形の意味や性質について指導する。また,正方形や長方形の特徴を調べるとともに,身の回りから,かどの形が直角であるものを見付けたり,紙を折って直角を作ったりするなどの活動を行い,直角の意味をとらえられるようにする。
四つの辺の長さが等しく,四つの角が直角である四角形を正方形という。正方形には大きさは様々なものがあるが,形はすべて同じである。また,四つの角が直角である四角形を長方形という。長方形には,縦と横の長さの組み合わせによって,様々な形がある。

小学校学習指導要領解説算数編

Understand that attributes belonging to a category of two-dimensional figures also belong to all subcategories of that category. For example, all rectangles have four right angles and squares are rectangles*4, so all squares have four right angles.

Grade 5 » Geometry » Classify two-dimensional figures into categories based on their properties. » 3 | Common Core State Standards Initiative

その後,これまでに学習した「垂直」「平行」のかき方を利用して,「長方形」を作図します。いくつかのかき方があるのでその都度紹介しながら,自分で大きさを考えていろんな長方形を作図しました。やっているうちに一人の児童から,
「あっ,正方形になってしまった。」
という発言がありました。それも当然あり得ることなので,
「縦と横を同じにするとそうなるね。それもいろいろかいてみよう。」
と,どんどん作図を行いました。この発言は,「長方形の特殊が正方形」という「包摂関係」の萌芽といえます。

単元全体で(平行作図) ( 小学校 ) - 授業がんばりMATH - Yahoo!ブログ

「正方形は長方形問題」と「かけ算の順序問題」の共通点

「正方形は長方形問題」と「かけ算の順序問題」には,いくつか共通点があります.
どちらも,テストやドリルなどの答案そして評価に対する批判として,発生しました.その批判は,「この答案を不正解というが,これも正解なのではないか」という形で,他の科目にも展開しています*5.批判を支える数学的・実用的な根拠や,不正解だと将来どのような不都合が起こるかについても,それぞれにおいて指摘されています.
当ブログで調査し記事にしてきたのは,批判の根拠を崩すというよりは,不正解としている根拠の整理となります.授業や算数教育を中心としつつ,実用や数学まで視野を広げています.
その活動を通じて,「正方形は長方形である」や「かけ算の順序」といった言葉の曖昧さも,見えてきました.上の形式化で用いた文字を使うと,「正方形は長方形である」を支持する文脈では,t∈S→t∈Rが前提となっていますが,S=Rという等式もまた,その命題を表すことを,支持する人々は考慮していないように見えるのです.
「かけ算の順序」の曖昧さ,あるいはこの言葉の多様な使われ方については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140810/1407660260, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120406/1333658986をご覧ください.正解・不正解はさておき,実用面の検討については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130809/1375999854, http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20140601/1401628916を挙げておきます.

余話

  • 「かけ算の順序」「正方形は長方形」はいずれも,算数と数学の違いという観点でとらえることもできます.算数と数学の違いで,今年知ったことがあり,算数では倍数に0を入れません.平成27年度から使用される教科書でも,検定意見を受け「0は,入れないで考えます。」が追加されています*6
  • 東京都算数教育研究会の学力調査では,長方形を答える問題に対して,正方形の(え),(か)を書くと,間違いであると読める表現は,見当たりません.第4学年では,「向かい合っている2組の辺が平行になっている四角形」と「平行になっている辺の組が1組しかない四角形」を選ぶ出題があり,これについては後者で,平行四辺形・長方形・ひし形の図形を答えに入れると,間違いになると思われます.
  • 長方形の面積についても,いくつか記事を書いてきたので,リンクしておきます.

余話2:2015年には

国学力テスト(平成27年全国学力・学習状況調査, http://www.nier.go.jp/15chousa/15chousa.htm)の算数B,大問5(2)(最後の問題です)に,以下の出題がありました.

この大問の(1)では,長方形の対角線が交わる点を見つけ,この点を通る直線を引けば,長方形の面積を2等分できることを提示した上で,大きさの異なる2つの長方形を方眼紙上で隣り合わせ,それぞれの長方形の対角線が交わる点を通る直線を引いたとき,分けられた2つの図形の面積が等しくなるのはなぜかを,言葉などで説明させています.
(2)は,「正方形は長方形である」---問題文のどこにも書かれていませんが---のを踏まえ,これでも,求めるべき図形と,残りの部分とが,同じ面積であることを理解する必要があります.その理解ができたら,色がついた部分の面積は,2つの正方形の面積の和の半分ですので,式は(8×8+4×4)÷2=40,答え40(㎠)となります.

とはいえ,「正方形は長方形である」という知識がなくても,半々の面積になるのを確認できます.「長方形の対角線が交わる点を見つけ,この点を通る直線を引けば,長方形の面積を2等分できる」という文で,長方形をすべて正方形に置き換えて,成立するかどうかを考えればいいのです.「正方形の対角線が交わる点を見つけ,この点を通る直線を引けば,正方形の面積を2等分できる」は,真です.なぜなら,正方形の対角線が交わる点を通る直線は,正方形を合同な2つの図形に分割するからです((長方形を平行四辺形に置き換え,「平行四辺形の対角線が交わる点を見つけ,この点を通る直線を引けば,平行四辺形の面積を2等分できる」としても,成り立ちます.これをもとにした問題が,『[isbn:9784023313927:title]』の表紙およびpp.108-111に載っています.)).

正方形は長方形問題を言い換えると

「□は長方形です。なぜなら、それは四つの角が直角である四角形だからです」と「□は長方形ではありません。なぜなら、それは正方形だからです」との対立です*7

(最終更新:2015-05-27 深夜.2015年の全国学力テスト出題を記載しました.)

*1:調査人数=解答者数は53,967人.

*2:現状を認識し今後への展望を議論するにあたり,1960〜70年代に書かれたものを読み直すのが有益である,というのは,かけ算の順序論争にも当てはまります.

*3:引用にあたっての注:「正方形を見て,「これは正方形だ!」と認識・判断できることを,同じ図形を見て「これは長方形だ!」と認識・判断できることよりも,重視したいのです」と書いた最も大きな根拠です.

*4:この文は,米国においても「正方形は長方形である」は論証と密接な関係がある,という点で興味深いです.

*5:他の科目で最も有名なのは:https://twitter.com/HIM_kisarazu/status/303810987608399872

*6:[http://togetter.com/li/684704

*7:https://twitter.com/takehikom/status/538168938807697408