- 池田俊和: 平面図形の指導における教材の見方, 算数授業研究, Vol.106, pp.12-15 (2016).
- 作者: 筑波大学附属小学校算数研究部
- 出版社/メーカー: 東洋館出版社
- 発売日: 2016/08/20
- メディア: 単行本
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出版されていたのは知っていましたが,手に取ったのは,今月2度目の学会出張から帰ってきて次の日でした.
冒頭に書誌情報を記した記事の中で,「正方形は長方形」について,興味深い整理がなされていました(pp.14-15).
(略)そして,図形の性質を探る行為の中で,図形の性質同士の関係に焦点が当てられるようになる。「正方形は長方形か」といったことが,図形の性質同士の関連性に気になりだすことによって引き出されるわけである。
図形の定義には,「正方形と長方形とは別物である」とみる背反的な定義と,「正方形も長方形である」という包摂的な定義がある。両方の見方に光を当てていきたい。身近な生活場面では,背反的な定義の方がコミュニケーションにおいては有効である。例えば「長方形を持ってきてください」という依頼に対して,包摂的な定義を基に,正方形を持ってきてもらわれても困るわけである。包摂的な定義だけであれば,「正方形でない長方形を持ってきてください」とお願いしなければならない。逆に,論証においては,包摂的定義のほうが有効である。例えば,「****1が平行四辺形であることを証明しなさい」という問題があった場合,背反的定義であれば,2組の向かい合う辺が平行であることを証明するだけでは不十分で,長方形,ひし形でないことまでを証明しなければならない。昭和40年代の現代化の頃は,包摂的定義が小学校で指導されていたが,現在は,中学校での指導内容となっている。
2種類の定義(見方)により,片方では「正方形は長方形ではない」が得られ,もう片方では「正方形は長方形である」が成立する,ということです.当ブログでは,これらの違いを正方形は長方形・まとめ (2014.11+)で書いてきましたが,上記はもっと明快,かつシンプルです.
明快さ,シンプルさは,それぞれの定義「だけ」では手間がかかるという,事例の指摘が,それぞれに対して示されているところにも,現れています.
ベン図にすれば,それをもとに「背反的な定義」も「包摂的な定義」も,説明できると言っていいでしょう.
それから上の記述により,「かけ算の順序」と「正方形は長方形」について,共通点に気づくことができました.かけられる数とかける数を区別するタイプのかけ算と,区別しないタイプのかけ算が(国内外の,小学校の算数・数学で)存在するのは,文献を通して確認できること*2ですが,批判してきた人々はそこに注意を払わず,区別するタイプのかけ算にしか目を向けてこなかった(交換法則との矛盾を指摘するなど)わけです.乗法の交換法則を学ぶ授業の中で,区別しないと考えた場合の不都合な点を先生が尋ねる*3のは,「正方形でない長方形を持ってきてください」と対応してきます.
「算数授業研究Vol.106 論究IX」で,他に興味深かったところを:
1. 上と同じ解説の中ですが,p.13に2つの同じ形の長方形が,左では横に長く,右では縦に長く(左の形を90度回転させて)配置され,図の直前には「図1は長方形で,図2は長四角(ながしかく)と呼ぶ子どもがいる」と指摘しています.図のあとでは「位置を加味したものの形の分類である。」と考察し,算数・数学的にはそれではダメなんだよといった指摘をすることなく,「一方,これらの2つの形を同じだと捉えることは」として,指導にあたっての留意点へと展開しています.
2. この号の提起文(夏坂哲志:「図形」を究める)の中に,図と問題がありました(p.2).下図のように3点を選んで結んだ三角形*4が,二等辺三角形かどうかが問われています.
これに対し「左の辺は,中心を通っているから直径でしょ。右側の辺は,直径じゃないから,直径は円の中で一番長いところだから,直径の方が長い」(p.3)という子どもの説明により,2辺の長さは異なるため,二等辺三角形ではないことを言っている,としています.
この見開きを見る限り,「二等辺三角形か」にのみ着目していますが,直径を結んで,円周上で残りの1点をとっていますから,これは直角三角形です.そこは読者にお任せという意図なのでしょうね.
追記:いくつか言及ツイートをいただきました.その中から,気になったのを一つ.
特に見ておきたいのは,「一部の教育者は」です.この主語が,上に記した「2つの同じ形の長方形が,左では横に長く,右では縦に長く(略)「図1は長方形で,図2は長四角(ながしかく)と呼ぶ子どもがいる」と指摘しています」の主語(「子どもが」)と対比をなしているのです.
批判のために使われがちな語句と,教育における分析や解説の言い回しとの違いになっているな,とも感じました.
他のツイートのうち,「斜めの長方形」に関しては,2012年にななめでいくつか検討を行い,翌年のhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130318/1363557245#3でもう少し検討と,書籍(『新・算数指導の疑問これですっきり―It’s OK!』)の紹介を入れています.
一連のツイートを読んだ限り,この本も,「算数授業研究Vol.106 論究IX」も,Greer(1992)*5も参照されたように思えないし,今後もそれらにアクセスすることは,期待できそうにありません.算数教育への批判とは,つまるところそんな程度です.
(最終更新:2016-09-19 朝)
*2:もっとも分かりやすいのはGreer (1992)です.それを含む海外文献の抜粋はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151121/1448031600を,そこから着想を得て,国内の高学年児童に対し行ったという実験についてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111003/1317572742を,ご覧ください.
*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614
*4:コマンド:convert -size 320x320 xc:#efe -stroke black -fill none -strokewidth 2 -draw "circle 160 160 160 310" -stroke none -fill black -draw "circle 160.0 10.0 164.0 14.0 circle 235.0 30.1 239.0 34.1 circle 289.9 85.0 293.9 89.0 circle 310.0 160.0 314.0 164.0 circle 289.9 235.0 293.9 239.0 circle 235.0 289.9 239.0 293.9 circle 160.0 310.0 164.0 314.0 circle 85.0 289.9 89.0 293.9 circle 30.1 235.0 34.1 239.0 circle 10.0 160.0 14.0 164.0 circle 30.1 85.0 34.1 89.0 circle 85.0 30.1 89.0 34.1 circle 160 160 164 164" -stroke black -fill none -strokewidth 3 -draw "polygon 160.0,10.0 160.0,310.0 235.0,289.9 " -quality 90 circle12.jpg
*5:小学校のかけ算について多数の文献をもとに事例整理を試みており,「順序」への示唆もあります.それ以降の算数教育とくに文章題や乗除算の文献で引用されているほか,昨年出たレビュー記事のhttp://journal.frontiersin.org/article/10.3389/fpsyg.2015.00348/fullにも見られます.