数学的・科学的リテラシーの心理学 --子どもの学力はどう高まるか
- 作者: 藤村宣之
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2012/12/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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注意点がいくつかあります.出版は2012年ですが,はしがきに書かれているとおり,いくつかの章は,2003年から2008年に論文として発表済みの内容です.それから,速さや混み具合の話で,本文でたびたび「内包量」の用語が出てきます*1.最後に,「京都大学大学院教育学研究科・田中耕治教授」の名前が謝辞に出てくるほか,以下で取り上げる日中比較研究でも,この方を代表とする科研費のもとで実施されたことが,p.71に記載されていました*2.
本日,取り上げたいのは,第5章(数学的リテラシーの国際比較I---中国,アメリカ合衆国と日本---,pp.69-90)です.この章の前半すなわち「日中」の比較については,以下より,オープンアクセス論文として読むことができます.
日本の公立小学校6年生273名,中国の普通校の6年生145名,先進校の6年生214名に対し,スタンダードな計算課題と文章題,そして概念理解を図るための作問課題などを解かせ,正解率を算出するだけでなく,解答内容の分類・分析を行っています.
2種類の課題ごとの正解率の比較は,本だとp.76の棒グラフですが,論文では表で細かい数値まで載っています.2種類の課題とも,日本は,51%ほどです.それに対し中国は,計算・文章題で70〜80%台,概念理解課題は60%台となっています*3.
作問課題の一つの結果に,びっくりさせられました.6×4.5 6÷4.5 で計算が表されるような問題(文章題)を作るように,という出題です.本ではp.78(表5-3),論文ではp.375(Table 3-2)に載っていますが,中国先進校で「単位順序逆転」として,この調査で誤答に分類された解答が,52.8%もあるというのです.
「単位順序逆転」というのは,本と論文のいずれにも例が載っていて,「4.5cmのリボンを6こつなげると…」です*4.
この種の,かけるられ数を整数,かける数を小数とした作問課題で,逆にすると誤答としているのには,連想する文献があります.この論文より後の,浅田(2006)*5です.そこに載っている誤答例も「2.4mのリボンが7本ありました.それをぜんぶつなげると何mになりますか」と,リボンいくつ分になっていました.
これらから,共通点を探ってみるなら,ひょっとしたら「できる子」は,被乗数と乗数の区別に頓着しないのかもしれません.
さらに言うと,出題において,6×4.5という式を提示して,これは乗数が小数なんだよ,いくつ分(整数)にするわけにいかないんだよという考え方が,出題者・採点者そして論文の著者と,解答者(子どもたち)との間で共有できているのかが,気になってきます.
とはいえ,日本においては,「乗法の意味の拡張」をキーワードとして*6,乗数が整数から小数や分数になった場合の,かけ算の意味や計算方法についての指導例は,それなりに目にしています.中国普通校・先進校の,それらの指導や学習については,本からも論文からも,知るための手がかりが見当たりませんでした.
(最終更新:2015-04-07 朝)
*1:表11-2(p.182)の表では,算数の最初の例に「内包量」を挙げています.学習指導要領やその解説にない用語が,この本でなぜ頻繁に使用されているのかは,推測ですが,「逆内包量」を使いたかったのではないかと思われます.速さを1個の数値にしたり比較したりしようとするとき,1分あたり何km進めるかを「正内包量」とすれば,1kmを進むのに何分かかるかは「逆内包量」となります.
*2:時期的・内容的に『教育評価 (岩波テキストブックス)』が関係するかなと思いながら,参考文献を見たものの,入っていませんでした.
*3:これについては「早期導入」(論文p.371,脚注1),「中国の普通校に含まれる計算や文章題の量は,日本の教科書の7〜9倍」(同p.372)が影響していると考えられ,この値をもってただちに「日本の算数はダメだ」と言うわけにいきません.
*4:本のほうではp.77に「(4.5×6の作問としては正解)」とあります.
*5:http://ci.nii.ac.jp/naid/110005716875, http://www49.atwiki.jp/learnfromx/pages/39.html
*6:ただしこの考え方と,「1あたり」「内包量」との相性は決して良くないのですが.