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倍の乗法,積の乗法

はじめに

「かけ算」を,「倍の乗法」と「積の乗法」に大きく分けることができます.その分け方には3種類あり,具体的ないくつかの場面で,何が「倍の乗法」であり,何が「積の乗法」になるのかについて,次の表のとおり,違いが見られます.

何の幾つ分 何の何倍 速度×時間 面積
俺流 倍の乗法 倍の乗法 倍の乗法 積の乗法
数教協 積の乗法 倍の乗法 積の乗法 積の乗法
アリティ 倍の乗法 倍の乗法 ―――― 積の乗法

準備

何が「倍の乗法」であり,何が「積の乗法」を容易に確認できるようにするため,4つの文章題を列挙し,ラベルをつけておきます.

  • 《みかんの問題》:6人の子どもに,1人4個ずつみかんを与えたい.みかんはいくつあればよいでしょうか.
  • 《兄弟の問題》:兄は弟はそれぞれ,荷物を持っています.兄の持っている荷物の重さは,弟の6倍です.弟は4kgの荷物を持っています.兄は何kgの荷物を持っていますか.
  • 《歩きの問題》:6時間のあいだずっと,時速4kmで歩きました.どれだけ歩きましたか.
  • 《長方形の問題》:横の長さが6cm,縦の長さが4cmの長方形の面積を,公式を使って求めなさい.

これら4つの問題が,「何の幾つ分」「何の何倍」「速度×時間」「面積」に対応づけられます.《みかんの問題》のオリジナルは『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.114です.

いずれも,小学校では「4×6=24」という式で表されることになります.もちろん答えにはそれぞれ異なる単位(助数詞)が付きます.

俺流

自分なりに分類を試みたのは,次のエントリです.

かけ算の式に表すまでの考え方に焦点を当て*1,いくつか名前をつけてみます.

  • 被乗数と乗数が区別され,反対にして書くと,式の意味が異なるようなかけ算を,「倍の乗法」と呼びます.
  • 被乗数と乗数の区別は本質的ではなく,反対にして書いても,その対象あるいは場面を表していると解釈できるようなかけ算を,「積の乗法」と呼びます.

*1:例えば「6×4」という式に表した状態から始まって,計算して答えすなわち「積」を得るというプロセスは,対象外とします.九九や,交換法則をはじめとする乗法の性質も,さしあたり対象外とせざるを得ません.

倍指向,積指向

このように分類するに至った,言い換えると根拠とした,記述をいくつか挙げます.

小数の乗法とは,乗数が小数である乗法のことである。被乗数が小数である乗法は,整数の乗法に含める.本稿では倍(multiple)に関する小数の乗法を考察の対象とし,積(product)に関する小数の乗法は取り上げない。
([岸本2000] p.1; 「被乗数と乗数の区別」を調査

課題1の作成は,グリア(Greer, 1990, 1992)の調査問題を参照した。(略)これらの型を,値段や重さなど〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と,面積などの〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉の2通りで問題化し,計18通りの問題を設定した。以下では,グリアの語用を借りて,前者を“非対称問題”後者を“対称問題”と呼称する。
([小原2007] p.207; 乗数効果

A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication. For example,

3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?

Within this conceptualization, the two numbers play clearly different roles. The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer. (略)
([Greer 1992] p.276; Greerによる,乗法・除法が用いられる場合

Cartesian products provide a quite different context for multiplication of natural numbers. An example of such a problem is

If 4 boys and 3 girls are dancing, how many different partnerships are possible?

This class of situations corresponds to the formal definition of m × n in terms of the number of distinct ordered pairs that can be formed when the first member of each pair belongs to a set with m elements and the second to a set with n elements. This sophisticated way of defining multiplication of integers was formalized relatively recently in historical terms.
There is a symmetry between the roles of the two numbers here, and hence only one type of division problem. Given that there are 12 possible partnerships, there is no essential difference between (a) being told that there are 4 boys and asked how many girls there are and (b)being told that there are 3 girls and asked how many boys. (In fact, it would be unusual to pose division problems of this type.)
([Greer 1992] p.277; 同上)

教師向けの解説書の中では,次の説明が分かりやすいように思います.3項目に分かれていますが,最後のだけが「積の乗法」,はじめ2つが「倍の乗法」*1です.

A群(計算の意味)

  1. (1つ分の大きさ)×(いくつ分・何倍)=(全体の大きさ):1つ分の大きさが決まっているときに,そのいくつ分(何倍)かに当たる大きさを求める場合
  2. (基準にする大きさ)×(割合)=(割合に当たる大きさ):1つの大きさの何倍かに当たる大きさを求める場合.「〜倍」「〜%」「〜割」など.
  3. 積:面積や体積,のべなどを求める場合.

(『松野康子先生の算数はこう教える!』p.39; 「積」再考

4つの文章題を,確認しておきます.いずれも準備で書いたとおり,式は「4×6=24」です.《みかんの問題》と《兄弟の問題》は明らかに「倍の乗法」,《長方形の問題》は「積の乗法」です.
《歩きの問題》については,「時速4km」を「1時間に4km」に読み替え,単位量(単位時間)当たりの大きさとみなして「1時間に」を取り除けば,4kmの6倍で4×6となります.なお,《歩きの問題》は[Greer 1992]ではRateという小分類に属し,これもまた,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉すなわち「倍の乗法」に入る根拠となります.

数教協

数学教育協議会(数教協)主導で理論化と運用がなされてきた,乗法の意味づけは,「内包量×外延量」です.手元にある書籍の中で,そのことを最も明快に述べているものを,抜き書きします.

「量×量」の立場は,加法と乗法の背景にある量の関係が本質的に異なると見なし,乗法を「内包量×外延量」で意味づけるものである。
中原(1961)は,分数の乗除は,量×量,量÷量とて,量の関係として扱うべきであると主張し,乗法を累加で定義して,後に倍概念に拡張する立場を批判している。加法と乗法は本来性質の違う演算として導入すべきであると主張する。乗法は2つの量の「積(product)」として捉え,「倍(multiple)」ではないとしている。この立場から乗法を次の3つの概念で分類している。
(1) 2m×3=6m
(2) 2m×3m=6m^2
(3) 2m/秒×3秒=6m
(1)は「倍」で,2つの量の比較する場合に生まれる概念であり,拡張によって小数倍,分数倍へと発展する。(2)と(3)は「積」であり,(2)は「外延量×外延量」で面積のような二元的な量,(3)は「内包量×外延量」で速さなどである。この「積」の概念が乗法演算の本質であるとしている。(略)
(『数学教育学研究ハンドブック』p.73; 日本数学教育学会による,乗法の意味づけ

一方,意味の拡張を意図しない立場では,乗法の意味づけは,(内包量)×(外延量)になる。乗数を外延量とすることで,整数でも小数でも意味づけは変わらないことになる。
この意味づけの課題は,乗法の導入段階で内包量の見方を児童ができるかということである。例えば,みかんが3こある場面で,これを3こ/皿という内包量として見るのは児童にとって難しいことである。また,数学的な考え方と関わった意味の拡張などの見方をどのように扱うかを明らかにする必要がある。
(同 pp.74-75)

なのですが,上の解説を書いたのは数教協所属の方ではなさそうなので,他の本でも確認してみます.『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』pp.98-105で,整数(分離量)を対象とした乗法の「3つの意味」を示しています.
A. (1あたり量)×(土台量)
B. 直積型
C. 倍(倍写像型)
このA,B,Cは,先ほどの解説の(3),(2),(1)に対応づけられます.
これらをどのように教えるべきかについては,本から抜き書きしましょう.

ところで,問題は,これらのかなりかけ離れた3つの意味をどういう順序で指導すべきかということである。従来は,Cの「倍」の意味で統一させようとしてきたのであったが,先にも述べたごとく,また今分析したように,この場合は関数として掛け算を取り上げることになって,教育上好ましくないのである。
すると,残るのは,1あたり量によるAと面積型Bとである。Bはわかりやすいようではあるが,加法と違って一般に乗法では,掛けられる2つの量x,yが等質でないという事情を考えると,かえって面積型では転化がきかない。分析でも述べたように,むしろ面積型Bは,Aの特殊な場合なので,Aを先に導入し,Bをそれから導く方が望ましい。Cはそれらと大分様相を異にするので,ずっとあとで改めて概念構成をした方がよい。かくて,順序は,
A→B―(ずっと間をおいて)→C
となる。
(pp.104-105)

これをもとにして,連続量の乗除を,同書のp.155以降で取り扱っています.なお,内包量の説明はp.156ですが,外延量の説明はp.149にあり,小数の加減法の中で記述されています.
遠山啓はどう考えたかについて,一つ,引いておくことにします*2.『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.102には,面積計算における「3cm×4cm=12cm^2」のよさを,「1cm^2×3×4=12cm^2」と比較して説明しており,その導出の考え方,言い換えると「内包量×外延量から外延量×外延量を導くこと」の一例について,次のように記しています.

(略)だから,乗法そのものの意味を「1あたりからいくら分を求める計算である」と変えておかねばならない。そうなると,量×量はなんの抵抗もなく納得できる。そうすれば,タテ3cm,ヨコ4cmの長方形の面積は,ヨコ1cmあたり3cm^2だから,3cm^2/cmとなり,それが4cm分だから,
3cm^2/cm×4cm=12cm^2
であるとすれば,なんなく説明できる。
ここで,cm^2/cmはcmと書きかえてよいから,
3cm×4cm=12cm^2
とすることができる。

4つの文章題をチェックします.それぞれ式が違ってきます.

  • 《みかんの問題》:4個/人×6人=24個
  • 《兄弟の問題》:4kg×6=24kg
  • 《歩きの問題》:4km/時間×6時間=24km
  • 《長方形の問題》:4cm×6cm=24cm^2

分類のほうは,悩むことなく,《兄弟の問題》だけが「倍の乗法」,《みかんの問題》《歩きの問題》《長方形の問題》は「積の乗法」です.

アリティ

アリティは,算数・数学教育ではあまり見かけない用語ですが,arityと綴り,「引数の数」と訳されます.その数が1ならunary,2ならbinary,滅多に使いませんが3ならtrinaryです.ただし,unary/binary/trinaryは,いずれも形容詞です.それらの語尾「ary」に着目し,「ity」をつけて名詞化したので,「arity」という綴りになっている,と過去に教わったことがあります.
ここでは関数(function)の引数(parameter)ではなく,演算子(operator)の演算対象(被演算数, operand)の数と,それに応じた意味の違いに焦点を当てます.
きっかけは,どこだったかのブログで,それを読んで本を購入しました.

これまでのたし算やひき算の式では、式の中で用いている数はすべて同じ種類のものだった。たとえば、りんごが8こあって新たに4こもらうというようなとき、8+4=12としてりんごの総数を答える。このとき登場する8、4、12という数は、すべてりんごの数である。
これに対してかけ算の式では、登場する数が2つの種類になる。
たとえば、次のような場面を4×3=12とあらわすのだが、りんごの数は4と12だけであり、3はいくつ分あるかをあらわす数となっている。
(図:省略)
これがまず大きな違いである。このような演算を単項演算という。この場合は、3×4と4×3の意味は異なる。これが抽象的な数になり2つの数が対等になったとき、二項演算になる。このときから交換法則が成立するようになる。
(『新しい発展学習の展開算数科 (小学校1~2年) (教育技術MOOK)』p.86; かけ算・資料集1(2010年までの書籍))

後日,別の本を手に取ると,次のように説明されていました.

(1) 演算の意味について
加法,減法,乗法,除法は,二項演算(binary operation)である。それは,たとえば,加法
5+3=8
では,5と3という2つの数に「+」というはたらきがあって,8という数が決まってくるということである。
抽象数については,このようにみるのがよく,上の式も二項演算としての加法を示したものといえるが,小学校においての演算の実際的な意味の指導では,加法や乗法が適用される具体的事象を,はっきりと認識させることが必要で,その場合は,単純に二項演算とかたづけるわけにはいかない。たとえば(略; 加法の例; 乗法の例はなし),つまり,単項演算(unary operation)と見られる。
実在する四則計算のいっさいを,単項演算か二項演算かだけで割り切るのは,おおざっぱにすぎるかも知れないが,とにかくこの両様が考えられ,具体的な意味づけをすると,右のようになる。

単項演算 二項演算
加法 増加 合併
減法 残り ちがい
乗法
除法 等分除 包含除

演算記号の導入の段階で,両様の具体例をいくつかずつ与えて,演算の意味をしっかり認識させることが大切である。
(『新編算数科教育研究』pp.128-129))

面白い分類の仕方です.思案するに,単項演算については,演算記号の左に書くもの(被加数・被減数・被乗数・被除数)と演算結果とで,付随する単位(助数詞)*3を同じにできます.いわゆる「サンドイッチ」の根拠となります.さらに,この考え方は,次の記述と整合します.

なお,註4)で,アメリカでは,乗数を先にかくとのべたが,最近では,わが国の場合のように,乗数をあとにかく方法(乗数をoperatorとしてみる場合に統一的にでき便利である)をかなり取り入れるくふうがされている.
([中島1968b] p.77; 1968年の「被乗数×乗数」.強調は引用者)

二項演算のうち,積と包含除については,「積の単位が,被乗数とも乗数とも異なるような場面」と,「包含除により得られる数量の単位が,被除数とも除数とも異なるような場面」を,それぞれ考えればいいのでしょう.
表記は二項演算,しかし意味は単項演算という,演算子の二面性は,Rubyプログラマとしても見逃せないところです.演算子式の定義にあるように,Rubyでは,+による二項演算を定義できます.その書き方ですが,操作を適用するクラスまたはインスタンスがあり,そこへ一つの引数を関わらせて作用させるという,unary functionとして記述することになります*4
ところで上にかいた,表による分類は,別の本でも見かけたように記憶します.大もとがありそうです.
4つの文章題ですが,式のほうは俺流と同じで,「4×6=24」でいいでしょう.《みかんの問題》と《兄弟の問題》は「倍の乗法」,《長方形の問題》は「積の乗法」なのも,当然です.
しかし《歩きの問題》については,俺流と同様の考え方をとれば,「倍の乗法」ですが,その一方で数教協のように「量×量」でとらえるならば,これもまた「積の乗法」に位置づけられます.なので,《歩きの問題》がどちらになるかは,判断を保留したいと思います.

おわりに

「積の乗法」に着目すると,こんな可能性が考えられます.
《みかんの問題》に対して,6×4=24も正解だとする根拠の一つに,「6人×4個/人=24個」と考えればいいじゃないか,というのがあります.その等式を成立させるには,

  • (内包量)×(外延量)という,数教協の「積の乗法」

  • 被乗数と乗数の区別は本質的ではないとする,俺流の「積の乗法」

の両方を,必要とするように思えるのです.そしてそこには,複数の相異なる立場を使っていいのですか,という素朴な疑問が発生するわけです*5

(最終更新日時:Thu Mar 22 04:29:16 2012ごろ)

*1:この2つを同類とできるための説明は,次のとおり:「(略)乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。」(『数学教育学研究ハンドブック』pp.74-75; 日本数学教育学会による,乗法の意味づけ

*2:もっと良いのがあるだろうなあ,とも感じています.

*3:「式の中に単位を含めて書くべきか」については,引用した次のページに,「(3) 名数と無名数式について」と題して説明があります.要所を抜き出すと,「名数式→無名数式→計算法則→□や○を含む式→文字を含む式」「しかし,現在では,抽象化を早める必要から名数式の段階を省略し,当初から無名数式が指導されている」の2点です.

*4:クラスというと…『新しい発展学習の展開算数科 (小学校1~2年) (教育技術MOOK)』の,上の引用と同じページには,「1つのクラスに40人ずつ子どもがいて、それがちょうど3クラスあれば、これは40×3とあらわすことができる」とあります.プログラミングの授業で,学生が40人いて,各人が3つのクラスを定義すれば,これは3×40となります.ただし答えは「120クラス」ではなく,「(定義したクラスの数は)120個」となります.たぶん先生が一つ一つ,見ていくのでしょうね.

*5:もしこれを「藁人形(wikipedia:ストローマン)」と言うのなら,《みかんの問題》のような出題に対する反発は,藁人形ではないのでしょうか.この1問をもとにした,学校現場でどのような教育がなされているかの推測は,どれだけ妥当なのでしょうか.前にも書きましたが,1972年に遠山が記事を書いたときと,現在の小学校教育との違い(例えば,問題解決学習,指導と評価の一体化,など)は考慮しなくてもいいのでしょうか.