頭のいい子には中学受験をさせるな: 「灘」を超える、東大合格のメソッド
- 作者: 稲荷誠
- 出版社/メーカー: メディアイランド
- 発売日: 2013/12/25
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (2件) を見る
著者が運営している稲荷塾では,右端の列の通り,小学生のうちに算数と中学数学を,中学生のうちに高校数学(数IA,数IIB,数III)を終わらせ,高校3年間は演習に明け暮れるという方式とのことです.
算数や数学の,いわば教材論に足を踏み入れた内容は,後ろから読む横書きの文章に入っています.「資-1」といったページ番号が振られています.
算数のある問題を「難問」と位置づけていた箇所(pp.資-6―資-8)に,目がとまりました.
例2
これは非常に難問です.
の意味が説明できるでしょうか.
まず,割り算のもともとの意味は2通りありました.
6÷3=2
を例に考えてみます.
一つは6を3つの部分に分けると,一つ一つの部分は2になっているという意味で,
[○○][○○][○○]
もう1つは6の中に3が2グループあるという意味です.
[○○○][○○○]
すると,
であれば,後者の考え方を用いて1の中にが3個あると理解することができます.
(図省略)
しかしこのような理解ではを解釈することができません.そもそもの中にはないじゃないかということになってしまうからです.
そこで次に
を考えてみます.これも難解ですが,
であり,が2個集まればだという解釈は成り立ちます.
ここで注目すべきはab=baという計算規則です.実は,数学ではある一定の計算規則が成り立つという約束の下で,扱う数の範囲を整数から有理数へ,有理数から実数へと拡大してきたのです.
それではではどんな規則を用いればよいでしょうか.
でも使っていますが,「割り算は逆数の積で言い直すことができる」という規則を使えばよいのです.つまり
というわけです.
このように算数の中にもその意味を理解するのが非常に難しいという例はあるのですが,それでも「意味を理解しようとする姿勢」は大切です.
ただしこの作業にはかなりのエネルギーを必要とすることがあるので,いつもいつも強調するのではなく,要所要所で押さえるようにすることが肝心です.
一読して,のあたりがすっきりしないな,の意味を説明する道具として,回り道をしているみたいだなと感じました*1.また「割り算は逆数の積で言い直すことができる」は(もちろん,等号は成立しないのですが)を想起します.
大人モードで,分数÷分数を検討するとなると,まずは,簡潔にまとめられた情報を見ておきたいところです.
ア 乗数や除数が分数の場合の乗法,除法の意味
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=133
第5学年で,乗数が整数の場合の分数の乗法について,計算の意味を指導している。それは,同じ数を何回も加える累加としたり,基準とする大きさとそれに対する割合から,その割合に当たる大きさを求めたりするというものである。除数が整数の場合の分数の除法は,乗法の逆としてとらえることができる。
第6学年では,これまでに指導してきた整数や小数の計算の考え方を基にして,乗数や除数が分数の乗法及び除法について理解できるようにする。すなわち,乗法の意味は,Bを「基準にする大きさ」,Pを「割合」,Aを「割合に当たる大きさ」とするとき,B×P=A と表せる。除法の意味としては,乗法の逆として割合を求める場合と,基準にする大きさを求める場合とがある。
(分数)÷(分数) の指導にあたっては,分数の乗法と同じように,数量関係をことばの式にあてはめ,立式に導きます。次いで,計算の仕方を考えます。
分数の除法|算数用語集
(図省略)
分数の除法では,計算の仕方を考えるのに,図を使う方法とわる数を1にする(逆数をかける)方法があります。(略)
ペンキ塗りの問題を用いると,「㎥のかべをdLでぬれるペンキがあります.1dLでは㎥ぬれます」という関係を表した式が,となります.
式を先に書くなら,という式の意味として,「㎥のかべをdLでぬれるペンキがあります.1dLでは㎥ぬれます」を挙げることができます.ここで「式の意味」は「式の読み」に置き換えられます.
割合を求める場合は,例えば「㎥のかべをぬります.1dLで㎥のかべをぬれるペンキでぬるには,dL必要です」はどうでしょうか.
作ってみた2題について,学習指導要領解説に書かれている文字B,P,Aが,それぞれどの数量に当たるかを見ておきます.
「㎥のかべをdLでぬれるペンキがあります.1dLでは㎥ぬれます」では,数量は次のようになり,単位を無視すれば(後述),A÷P=Bが成立します.
B=㎥
P=dL
A=㎥
それに対し,「㎥のかべをぬります.1dLで㎥のかべをぬれるペンキでぬるには,dL必要です」だと,数量は次のとおりで,関係式はA÷B=Pです.
A=㎥
B=㎥
P=dL
「単位を無視すれば」と書きましたが,単位を無視して考えてよいのは,割合すなわちPの値です.これは,かけ算の式を書くと,より明確になります.
前者のかけ算の関係式(B×P=A)は,㎥×dL=㎥で,乗数をスカラー倍*2とみなせばよく,㎥×=㎥という式への違和感は,すべてに単位を付けた式よりも,小さくなります.
わり算の式は,㎥÷=㎥です.
後者のかけ算の関係式は,㎥×dL=㎥で,乗数だけ単位を取り除けば,㎥×=㎥です.
この場合,わり算の式は,㎥÷㎥=で,商は無次元量です.この結果をdLと解釈するには,場面に立ち返る必要があります.
こういった,かけ算・わり算の相互関係をもとに,演算の意味や式の意味を検討し,展開するには,1965年の座談会で発言のあった「乗法・除法の適用の場を構造として捉える」*3が,基礎となっています.今回取り上げた本の著者は,中高の数学を重視しているために,小学校で学習する分数どうしのわり算の「意味」が,2ページほどでうまく伝えきれなかったのかな,という思いもあります.
*1:演算の意味や式の意味と,「答の出し方」の区別について:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121019/1350588115
*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070の「SCHEMA 5.2の考え方」でもあります.
*3:『数学教育の現代化 (1966年)』p.350; http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140610/1402399854