当記事は古い内容となっています.わり算,包含除・等分除,トランプ配り (2016.05)が最新です.
わり算の意味としての「包含除」と「等分除」,かけ算とわり算の相互関係,そして「トランプ配り」について,知識の再構築を試みました.
目次
- かけ算とわり算,包含除と等分除
- 包含除と等分除の拡張
- 包含除・等分除 指導の歴史
- 最近の指導例
- 一つのかけ算に一つのわり算
- おやつの じかん
- トランプ配り
- Wikipedia
かけ算とわり算,包含除と等分除
かけ算とわり算の相互関係を図にすると,次のようになります.
2種類のアレイ図から共通点を探ると…オレンジの囲みがいくつできるか,というのが包含除で,一つのオレンジの囲みの中に,青い丸がいくつあるか,というのが等分除です.
もう少し踏み込んで,検討するため,かけ算について,「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」という言葉の式を基礎とします.(「基準量×いくつ分=全体量」「内包量×外延量=全体量」といった別称もあります.)
この関係式のもとで,「全体の大きさ」と「一つ分の大きさ」が既知のとき,「いくつ分」を求めるには,「全体の大きさ÷一つ分の大きさ=いくつ分」とすればいいのです.この形のわり算が,包含除です.
「全体の大きさ」と「いくつ分」が既知のとき,「一つ分の大きさ」を求めるには,「全体の大きさ÷いくつ分=一つ分の大きさ」とします.この形のわり算は,等分除です.
「3個ずつミカンを持った子どもが5人います。ミカンは全部で何個ですか」がかけ算の問題(式は3×5=15)なのに対し,「15個のミカンを3個ずつ配ります。何人の子どもに配れますか」が包含除(15÷3=5),「15個のミカンを5人に同じ数ずつ配ります。1人は何個になりますか」が等分除(15÷5=3)となります.
包含除・等分除という言葉は,学習指導要領の解説(『小学校学習指導要領解説 算数編』の第3学年と第5学年)に書かれています.第3学年,すなわちわり算の導入のところを,抜き出します(p.110).
ア 除法が用いられる場合とその意味
除法が用いられる具体的な場合として,大別すると次の二つがある。
一つは,ある数量がもう一方の数量の幾つ分であるかを求める場合で,包含除と呼ばれるものである。他の一つは,ある数量を等分したときにできる一つ分の大きさを求める場合で,等分除と呼ばれるものである。なお,包含除は,累減の考えに基づく除法ということもできる。例えば,12÷3の意味としては,12個のあめを1人に3個ずつ分ける場合(包含除)と3人に同じ数ずつ分ける場合(等分除)がある。
包含除と等分除を比較したとき,包含除の方が操作の仕方が容易であり,「除く」という意味に合致する。また,「割り算」という意味からすると等分除の方が分かりやすい。したがって,除法の導入に当たっては,これらの特徴を踏まえて取り扱うようにする必要がある。なお,おはじきなど具体物を操作したり,身の回りのものを取り扱ったりするなど,具体物を用いた活動などを取り入れることが大切である。
あわせて,除法には割り切れない場合があり,その場合には,余りを出すことを指導する。
イ 除法と乗法,減法の関係
除法は,乗法の逆算ともみられる。そこで,乗法と関連させて,被乗数,乗数のいずれを求める場合に当たっているかを明確にすることも大切である。包含除は3×□=12の□を求める場合であり,等分除は,□×3=12の□を求める場合である。また,実際に分ける場合でも,包含除も等分除と同じ仕方で分けることができることなどにも着目できるようにしていくことが大切である。そのようにして,どちらも同じ式で表すことができることが分かるようにする。
(p.110)
また,例えばÊ¡²¬¸©¶µ°÷ºÎÍѻ¥ì¥Ý¡ªで読めるとおり,教員採用試験で問われることもあります.
しかし,授業の中で用いたり,子どもたちが「包含除」「等分除」といった名称を学ぶことは,ありません.かわりに,親しみやすいネーミングを取り入れます.
最も有名なのは,「ドキドキわり算」「ニコニコわり算」です.総数が不明なときに---ただし導入においては,あまりのないわり算を考えます---,3個ずつ配っていくと,クラスの子ども全員には配れないかもしれないということで,「ドキドキ」なのに対し,3つの班に同じ数になるよう配れば,みんな公平にもらえるということで,「ニコニコ」となります.数学教育協議会(数教協)を中心に,活用されています.
また新潟大学教育人間科学部附属長岡小学校の取り組みでは,「ドドレ型」「ドレド型」とあります*1.ドドレ型の例は,「12(枚)÷4(枚)=3(袋)」で,「左辺は同じ単位で右辺は違う単位」とのこと.ドレド型は「12(枚)÷3(袋)=4(枚)」です.
さまざまな文献で見かけた,等分除・包含除の別名を整理しておきます.
等分除 | ニコニコわり算,つ割,ニワリ,分け算,ドレド型,分配,sharing |
---|---|
包含除 | ドキドキわり算,ずつ割,ズツワリ,取り算,ドドレ型,累減,repeated subtraction |
ここまで,2つのわり算の意味を対等に示してきましたが,子どもたちの理解はというと,複数の文献*2で,包含除よりも等分除の方が困難であることが示されています.その理由は,「整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある」が端的に表しています.
包含除と等分除の拡張
学年が上がり,小数のかけ算・わり算を指導するときにも,1つのかけ算に2種類のわり算が登場します.『小学校学習指導要領解説 算数編』の第5学年(p.167)より,わり算の該当箇所を抜き出します.
小数の除法の意味
除法の意味としては,乗法の逆として割合を求める場合と,基準にする大きさを求める場合とがある。
Bを「基準にする大きさ」,Pを「割合」,Aを「割合に当たる大きさ」とすると,次のような二つの場合である。
① P=A÷B
これは,AはBの何倍であるかを求める考えであり,除法の意味としては,Pが整数の場合には,いわゆる包含除の考えに当たる。例えば,「9メートルの赤いリボンは,1.8メートルの青いリボンの何倍になるか」という場合である。式は,9÷1.8となる。
② B=A÷P
これは,基準にする大きさを求める考えであり,除法の意味としては,Pが整数の場合には,いわゆる等分除の考えに当たる。例えば,「2.5メートルで200円の布は,1メートルではいくらになるか」という場合である。式は,200÷2.5 となる。
これらの式は,BやPが整数の場合だけでなく,小数の場合にもそのまま当てはまると考えていくことが大切である。このとき,多くの児童にとっては,①の場合に比べ,②の方がとらえにくい。つまり,整数の場合は,P等分した一つ分の大きさを求めるという説明で,1に当たる大きさであることが理解できたが,除数が小数の場合,1に当たる大きき(基準にする大きさ)を求めているという見方に一般化するのに難しさがある。この点については,公式や言葉の式だけでなく,数直線や図などを用いたり具体的な場面に当てはめてりして分かりやすくすることが大切である。また,はじめに乗法の式に表してから,除法で求めるという考えを用いることも大切である。
(p.167)
英字について,Pをproportion(割合),AをAmount(全体量),BをBase(基準量)の頭文字と思えば,理解しやすくなります.現在の学習指導要領には記載がありませんが,割合Pを求める式P=A÷Bを,比(または割合)の第一用法,Aを求める式A=B×Pを第二用法,Bを求める式B=A÷Pを第三用法と呼ぶこともあります.3つを合わせて比の3用法です.第一用法は包含除,第三用法は等分除の拡張です.
包含除の拡張の式を,A÷B=Pと書いたとき,わられる数とわる数は同種の量であり,商はそれらと異なります*3.なお,このときのPについて,無次元量であるとは限らず,例えば,「200円あったら,1メートルが80円の布を何メートル買えるか」をわり算で求めると,200÷80=2.5で,Pに対応する量は2.5メートルとなります.また,等分除の拡張の式A÷P=Bでは,わられる数と商が同種の量,わる数がそれらと異種の量となります.包含除はドドレ型,等分除はドレド型というのは,拡張しても成り立っています.
なお,数教協に関わってきた遠山啓や銀林浩の著書によると,「度の3用法」と「率の3用法」に分かれます.指導にあたっては,率よりも度を重視しています.率の3用法は,上とほぼ同じです.度の3用法では,1あたり量(または内包量.学習指導要領に記されている「単位量当たりの大きさ」でもあります)を求める等分除のほうが,第一用法となります.
上の引用のうち,「多くの児童にとっては,①の場合に比べ,②の方がとらえにくい」について,掘り下げてみます.番号ではなく言葉にすると,「包含除(の拡張)よりも等分除(の拡張)の方がとらえにくい」となります.
平成19年度(2007年度)から毎年4月に行われている,全国学力テストについて,算数A問題*4をざっと読み,包含除・等分除の拡張になっている出題を取り出してみると,次のとおりでした.なお,「の拡張」は省略しています.
- 2007年度:大問4
- 2008年度:大問4(何倍か;包含除),大問9(2)(何冊か;等分除)
- 2009年度:大問7(女子の人数の割合;包含除)
- 2010年度:大問2(棒1m,3等分;等分除),大問9(畑の面積;包含除)
- 2011年度:なし
- 2012年度:大問3(2)(白いテープの長さ;等分除),大問4(平均;等分除),大問8(8人が25%*5;等分除)
- 2013年度:なし
- 2014年度:大問4(2)(単位量あたりの大きさ;等分除)
- 2015年度:なし
初期には包含除と等分除を公平に扱っていたほか,包含除のみの年度も見られますが,近年では等分除の拡張に関する出題ばかりです.出題する年度としない年度が交互なので,来年度は,また出題があるかもしれません.
2007年度の算数A大問4の出題は,次のとおりでした.
答えが210×0.6の式で求められる問題を,下の1から4までの中から1つ選んで,その番号を書きましょう。
- 砂糖を0.6kg買って,210円はらいました。この砂糖1kgのねだんはいくらでしょう。
- 210kgの大豆を0.6kgずつふくろにつめます。大豆を全部つめるには,ふくろはいくついるでしょう。
- 1mのねだんが210円のリボンを0.6m買いました。リボンの代金はいくらでしょう。
- 赤いテープの長さは210cmです。赤いテープの長さは白いテープの長さの0.6倍です。白いテープの長さは何cmでしょう。
正解は3です.残りの選択肢はいずれも,210÷0.6の式で求めます.さらに言うと,1と4は等分除の拡張で,2は包含除の拡張です.
高学年になったら,割合にあたるPが1よりも小さいとき,A÷Pの式が正解となる文章題で,A×Pとやってしまいがちです.包含除(の拡張)で,同種の2つの量をかけてしまうという誤答は,比較的少ないので*6,結局のところ,等分除(の拡張)のほうが,間違えやすいと言えます.
包含除・等分除 指導の歴史
包含除・等分除という言葉は,昭和初期の書籍からも見ることができます.木村教雄『小学算術教材ノ基礎的研究』(培風館,1936)のp.23には,次のように書かれています.
脚注の「包含除の本質は累減にあると見ることが出来る.」が,大事なところです.
この前後では,a×b=cからaまたはbを求めるのを割算と称し,いくつかの用語を定義しています.そして「次の二つの場合」とし,(1)が上記の包含除で,例文を文字にすると,「12銭は4銭の幾倍か(幾つ含むか)」です.ページをめくって,(2)が等分除です.等分除の例文は,「12銭は幾銭を4倍したものか.(四つに等分するとその一つ分は幾らか)」です.そのあと,乗法の交換法則を理由に挙げ,「積と一因数を知って他の一因数を求めるものである」と,まとめています.
昭和50年代に移りますと…『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』は,新算数教育研究会の機関誌「新しい算数研究」から論説を精選し,テーマごとに章分けするとともに解説を入れています.第4章が「除法の意味」となっており,1978〜1980年(1件だけ,1985年のものがあります)の論説や研究事例を読むことができます.
章のはじめの解説(pp.130-131)では,包含除(から指導を始めること)が優勢のように見えます.“配り方”についてもp.145(長田耕一「わり算の意味と方法についての具体的展開」)で挙げられています.「包含除の場合は,同数累減という操作で処理できる」「被乗数先唱で九九を唱えれば,除数を先唱して商を見つけることになる」といった理由を挙げ,包含除から導入することの分かりやすさを指摘しています.
ここでなぜ,包含除のほうが分かりやすいのか,そして「被乗数先唱」が出てくるのかを,上に書いたミカンの問題をもとに,確認しておきます.「15個のミカンを5個ずつ配ります。何人の子どもに配れますか」(包含除)に対して,わり算を知らない(または除法を乗法と関連づける活動として)状況で表したかけ算の式,5×□=15から,□を求めるのは九九の五の段が使えます.すなわち「五一が5,五二10,五三15」として,□は3となります.一方,「15個のミカンを5人に同じ数ずつ配ります。1人は何個になりますか」(等分除)に対する式,□×5=15から,□を求めるのは,何の段を使えばいいか分からない分,手間がかかるというわけです.なお,5×3=15を「五三15」というのが被乗数先唱,それに対し3×5=15を「五三15」というのが乗数先唱です.
とはいえ,『整数の計算』には,等分除を先,包含除を後とする指導法も入っていまして,pp.156-159(正木孝昌「整数の乗除の意味と計算指導のキーポイント」)にあります.その根拠として「等分するという生活経験が子どもには多いし,問題場面の理解が容易」を挙げています.被乗数先唱・乗数先唱の件は,「かけ算の交換則を認め,自在に使っている子どもだから」により,うまくいくとしています.
優劣ではないのですが,黒表紙時代の考え方が書かれているものが興味深かったので,抜き書きします(杉山政衛「整数のわり算―その意味と方法―」).同ページには,緑表紙ではどう対応しているかについても,記されています.
しかも,除法における演算決定の困難性を次のように,加減乗と異なる二義性にあると説く.
整数四則算法のうち,最も児童の了解に困難を訴ふるのは除法である.(略)即ち,等分・包含といふ派生的の二義的観念が算法の本質をなして居る.この二義性が児童を昏迷せしむる所以である.*7
かくして「算法は四則にあらずして五則なり」などという見解も流布された.また「なぜ割るのか」の判断基準を包含・等分の意味に求めることの重要性が指摘され,等分を「つ割」,包含を「ずつ割」などと称して,意味の徹底を図ろうとする試みさえ出現するにいたった.(略)
外国の教科書に基づく論説も,収録されています.杉山吉茂「アメリカにおける除法の意味と計算」(pp.139-142)で,先頭から2番目の段落に,「包含除,あるいは同数累減といった立場で指導を展開している教科書が多い」とのこと.それと対比する形で,最初の段落は日本の(昭和50年代前半あたりの)算数指導が述べられており,「ほとんど同時にとりあげる」となっています.
現在はというと,算数・数学教育に関する理論的・実践的研究の集大成として2010年末に出版された『数学教育学研究ハンドブック』を見ることにします.
第3章§2(演算の意味・手続き)の中で,除法の意味づけについて記されています.「除法は,乗法を割合で意味づけた場合,基準量を求める場合と割合を求める場合の2つがある。それを別々にせず,乗法の逆演算ということで意味づけることもある」(p.74)とあり,これのみを見れば両論併記ですが,以降では,別々にしない意味づけでの指導方法が見られず,直後の段落には「等分除」と「包含除」が,そして次ページの結論に関わる中に「整数÷整数の包含除」が書かれています,そういったことから,主流となる考え方・教え方は「包含除と等分除をともに学習させること」「包含除を主とすべきこと」なのが読み取れます.
包含除と等分除の区別を知っておくのには,いくつか意義があります.一つは,子どもたちが問題に取り組むときに,「あ,これはわり算だ!」と判断できるようになることです.大人の立場でも,数や量の構成(ものの見方)をより豊かにすることができます.
加えて,現在の日本の教育では「言語活動」,算数においては「算数的活動」のウエイトが高まっています.そうしたとき,ある出題(文章題,場面)に対して,子どもたちが答え(個数,人数など)だけ,あるいは式と答えだけを書くのでは不十分であり,その判断・根拠を説明できるようになることまでが期待されています.包含除と等分除の区別は,演算決定の根拠をより明確にし,算数(数学)と日本語を結びつけたコミュニケーションを図りやすくするのに寄与すると言えそうです.
最近の指導例
最近の指導例を2つ取り上げます.『算数科「問題解決の授業」に生きる「問題」集』では,次のような,わり算の問題と授業例が紹介されています(p.85).
文字にしておきます.
第3学年 D 数量関係
わり算 わり算が用いられる場面
問題43
12このクッキーを絵のように分けました。
式にあらわすと,どちらが正しいでしょうか。
ア 12÷4
イ 12÷3
どちらが正しいか予想させると,「アが正しい」,「イが正しい」,「どちらも正しい」に分かれます.それぞれの考えを説明し合う中で,クッキーの置く手順の違いや,「○人に分ける」や「○個ずつ分ける」など,分け方の違いを確認していきます.そして教科書を用いて「わり算は,同じ絵でも式が違う場合がある」ことをまとめる,としています.
というわけで,問題文は「どちらが正しいでしょうか」ですが,結論は「どちらも正解」という授業でした.
その次のページでは,「リボンの長さを5倍すると30mになります。リボンの長さは□mです。」の式に「ア 30×5=□」「イ 5×□=30」「ウ □×5=30」を提示しています.そしてアとイはおかしく,ウが正しい,と展開します.これも第3学年でして,「□を使ったかけ算」の問題と授業例です.
2011年6月4日にNew Education Expoで実施された公開授業も,興味深い内容です.基調講演者が報告を書いています(New Education Expo 公開授業).筑波大学附属小学校の田中博史氏が,3年生の算数,等分除の導入の授業を行いました.
報告の中ごろに,「かけ算の順序」を意識したディベートが出てきます.
ぼくが心を奪われたのは、アメを4人に等分した後のこと。
「では、これを計算でできるかな?」と先生。
生徒たちがノートに書いたものを前面で紹介し、賛否を問います。
ア 4×3
イ 3×4
ウ どっちもいい
エ どっちもだめ
さあ。すると生徒たちはワアワア手を挙げてディベートです。
「アがいい。4人がいて、それで3個ずつ。」「3個のアメを4人に分けるからイ。」「3×4だと最初から3個って解ってるってことじゃん。」「4×3だって最初から3個って解ってるから、どっちもだめ。」「4×1個を3回やるってことだから、ア。」
各陣営が大変な意見の応酬で。すると、後ろに座ってた300人の業界人や先生たちもザワザワと議論を始めました。
なるほど、この授業のヘソは電子黒板やデジタル教材でのわかりやすい視覚効果ではなくて、そこからスタートした、定まらない答えをみんなで考える、この時間なのですね。
授業全体の7割の時間がこのディベートに当てられています。
「4×1個を3回やるってこと」はトランプ配りを思わせます.
算数のディベートはというと,次のようにして収束させていました.
さて、目の前の公開授業では、アが優勢になり始めました。
が、おさまりがつきません。
すると先生、今度は別の子が書いた式を前で紹介。
□×4=12
なるほど、これで納得。
というところでチャイム。授業終了。
田中先生は,授業を受ける子どもたち,そして参観する人々のことをよく考慮して,授業を展開したのが伝わってきます.みんな先生の手のひらの上で踊らされた,と言ってもいいのかもしれません.
一つのかけ算に一つのわり算
他の種類のかけ算・わり算を見ていく前に,海外の包含除・等分除を確認しておきます.
Vergnaud (1983)では,Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」で引いたとおり,"first-type division","second-type division"という名称を挙げています.
Greer (1992)については,Greerによる,乗法・除法が用いられる場合で紹介しましたが,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉だと一つのかけ算に2種類のわり算,〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉だと一つのかけ算に1種類のわり算,として乗除の関係が表になっています.
英語で読める,新しい指導の体系として,米国のCommon Core State Standards for Mathematics (Core Standards)があります.3年向けの学習内容としてp.23に,次のように書かれています.
1. Interpret products of whole numbers, e.g., interpret 5 × 7 as the total number of objects in 5 groups of 7 objects each. For example, describe a context in which a total number of objects can be expressed as 5 × 7.」と「2. Interpret whole-number quotients of whole numbers, e.g., interpret 56 ÷ 8 as the number of objects in each share when 56 objects are partitioned equally into 8 shares, or as a number of shares when 56 objects are partitioned into equal shares of 8 objects each. For example, describe a context in which a number of shares or a number of groups can be expressed as 56 ÷ 8.
そこでもまた,かけ算は1種類なのに対してわり算は2種類であること,そして等分除と包含除を区別して(いずれもわり算で求められる事例として)扱うことを示唆しています.
Core Standardsのp.89では,かけ算とわり算の問題や式が,以下のとおり表になっています.
表の中段,「Area example」を見ると,18 ÷ 3 = ?によって求める問題は
Area example. A rectangle has area 18 square centimeters. If one side is 3 cm long, how long is a side next to it?
で,18 ÷ 6 = ?によって求める問題は
Area example. A rectangle has area 18 square centimeters. If one side is 6 cm long, how long is a side next to it?
となっており,違いは「3cm」と「6cm」だけです(それ以外の場面では,2種類のわり算の文がそれぞれ異なっていることも,確認できます).これもまた,特別な種類のかけ算に対しては,わり算の式が実質的に一つであることを補強しています.
歴史的にも国際的にも,初等教育における除法には,2種類の意味づけがあると言っていいでしょう.
上に書いた「特別な種類のかけ算」や「〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉」について,少し書いておきます.
「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」(それと同様の式を含みます)に基づかないかけ算もある*8のに,注意したいところです.そこでは,わり算の意味づけも異なってきます.
例えば,「縦の長さ×横の長さ=長方形の面積」を用いた場合,「長方形の面積÷縦の長さ=横の長さ」と「長方形の面積÷横の長さ=縦の長さ」という式を得ることはできますが,これらは実質的に同じ式となります.〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉では,一つのかけ算の式に対応するわり算の式は(実質的に)一つです.
面積のわり算は,『小学校学習指導要領解説 算数編』の第4学年のところでも見ることができます.「そして,(縦)と(横)から(面積)が求められるという見方に加えて,(面積)と(横)から(縦)を求めることもできるというような,公式の見方ができるようにすることも大切である。」と記されています.
「(面積)と(縦)から(横)を求める必要はないのか?」と問われれば,「『面積=縦×横』は,『一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ』とは異なる種類のかけ算なんだよ」と答えればいいのです.
『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』第4章§4では,除法の意味として「A. 1あたり量の第1用法」「B. 1あたり量の第3用法」「C. 直積型の逆算」「D. 包含除」「E. 等分除」という5種類を挙げています*9.DとEは,「倍」の逆算です.Cについては,「xy=zにおいて,2つの量xとyはまったく対等だから,その逆演算は1つしかない」(p.116)としています.
おやつの じかん
よにんの しまいが いました。アヤコ,カナコ,サワコ,タダコ という なまえです。
あるひ,アヤコは ピアノの おけいこで,いえに いません。おとうさんが,カナコ,サワコ,タダコの さんにんを よんで,いいました。
「おやつの じかんだね。みんなで おいしいのを たべるか」
こどもたちは よろこびました。
「ちょうど,『ひとくち みかん ゼリー』を もらった ところで,ほとけさまに おそなえして いるから,とって こよう」
「いくつ?」
「そうだなあ。ゼリーは たしか,15こ あったぞ」
こどもたちは またも よろこびました。
「ちょうど いい。わりざんの もんだいだぞ。15こを 3にんで おなじ かずずつ わけたら,ひとり いくつかな?」
こどもたちは,こえを そろえて いいました。
「じゅうご わる さん は ご!」
「その とおりだ。では ゼリーを とって くるよ」
おとうさんが,ゼリーを もって,おかあさんと いっしょに,カナコ,サワコ,タダコの ところに もどりました。
「ほら,やるぞ」
こどもたちは ますます よろこびました。
「そら。1こめは,カナコ,サワコ,タダコ,おかあさん,おとうさん。2こめは,カナコ,サワコ,タダコ,おかあさん,おとうさん。そして 3こめは,カナコ,サワコ,タダコ,おかあさん,おとうさん」
「あれっ?」
「みんな,3こずつ あるよな」
「おとうさん,おかしいよ」
「どうした?」
「さっき,ひとり ごこって いった じゃない!」
「いって ないよ」
「いったよ!」
「そうか? わりざんの もんだいだぞ。15こ あって,3こ ずつで,なんにんに わけられるかな?」
こどもたちは,こえを そろえて いいました。
「じゅうご わる さん は ご! あれ?」
「そうだよな。いま,いえには 5にん いるんだから,3こずつ 5にんで,ゼリーは ちょうど 15こだ。めでたし,めでたし。はい,おとうさんの ぶんは,ごちそうさま。おまえたちも,はやく たべるんだよ」
「おとうさん,ぜったい おかしいよ!」
トランプ配り
「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」に立ち返ります.この式(乗法)と,包含除・等分除に対して,トランプ配りを用いて視覚化・手順化を試みている事例が豊富にあります.そこで以下のとおり,名称をつけておきます.
- トランプ配りの乗法への適用:トランプを配る操作により,「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」を視覚化・手順化すること
- トランプ配りの包含除への適用:トランプを配る操作により,「全体の大きさ÷一つ分の大きさ=いくつ分」を視覚化・手順化すること
- トランプ配りの等分除への適用:トランプを配る操作により,「全体の大きさ÷いくつ分=一つ分の大きさ」を視覚化・手順化すること
文脈から明らかなときは「トランプ配りの」を取り除きます.この3種類の中で,事例として最も多いのは,等分除への適用です.しかし乗法への適用,包含除への適用についても,見るべき記述があります.
トランプ配りの乗法への適用を示したので有名なのは,遠山啓です.「6×4,4×6論争にひそむ意味」と題する記事が1972年の科学朝日に掲載され,『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』pp.114-120から読むことができます.同年1月,朝日新聞に掲載された論争(テスト問題は「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」)に対し,
ミカンを配るのに,トランプを配るときのやり方で配ると,1回分が6こ,これを4回くばるのだから,それを思い浮かべる子どもは,むしろ,
6×4=24
という方式をたてるほうが合理的だといえる。
(p.116)
と記しています.遠山と親交のあった数学者による著書,具体的には森毅『数の現象学 (ちくま学芸文庫)』(pp.67-68; 次元を異にする3種の乗法)および矢野健太郎『おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)』(pp.121-124; 遠山啓 - カード式配り型)にも,同様の手法が書かれています.
遠山が指摘したより前には,『児童心理選書〈第8巻〉算数科の教育心理 (1957年)』(pp.151-152)に,また比較的最近のものだと『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』(pp.9-10)にも,トランプ配りをかけ算に適用できる事例を見ることができます.
トランプ配りの包含除への適用は,1961年の『算数に強くなる水道方式入門 (1961年)』に載っています.そこでは,〔包含除の指導系統〕の中に,「a トランプ配り型」「b キャラメルの箱入れ型」が入っています(p.244).「トランプ配り」の右には,「※ 1あたりいくつということ,減っていく過程,おわりにいくつに分けられたかハッキリわかるような問題」というコメントがついています.
とはいうものの,同書の〔等分除の指導系統〕(p.233)と合わせて,見ておく必要があります.それは,次のようになっています.
〔等分除の指導系統〕
1 分離量÷分離量
a トランプ配り型 ※等分するということ,1当りいくつということがだれでもハッキリわかるような問題
(a) 余りなし (b) 余りあり
b キャラメルの箱入れ型 ※キャラメルを箱に入れると,1当りの量が見えなくなる。連続量の除法へのつなぎとなる。
(a) 余りなし (b) 余りあり
2 連続量÷分離量
余りなし
3 連続量÷連続量
余りなし
(pp.243-244)
当時は,「トランプ配り」は具体物を使った等分除の導入であるとと同時に,「キャラメルの箱入れ」という操作と対比される手法であったのが読み取れます.そして,それらの対比は包含除でもつくることができる,ということです.
なお,1971年の『新版水道方式入門』では,トランプ配りは等分除への適用のみとなっています.
それでは,最も多い,トランプ配りの等分除の事例を見ていきましょう.
■算数に強くなる水道方式入門 (1961年)
(p.242,再現)
■Anghileri&Johnson (1988)
(FIGURE 6-1, p.147)
[f:id:takehikom:20130227051639j:image](p.156)
[f:id:takehikom:20130227051640j:image](p.160)
■Greer (1992)
(p.281; dealing out)
■教科調査官が語るこれからの授業 小学校―言語活動を生かし「思考力・判断力・表現力」を育む授業とは
(p.71; 2012年のトランプ配り)
■アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード
(pp.57-58; 関連:2. どっちの式でもいいのかな - 北数教)
4.1.2 除法の素地
先に述べた乗法の素地となるような経験は,見方を変えれば,いずれも除法の素地にもなっている。例えば,数えることに関しては,「8個のみかんは,2個ずつまとめて数えると4回になる。」などという見方ができるようにする(図1)。これはまた,減法で表すと,8−2−2−2−2で数え終えたことになる。
また,分配を,計算とは別に,実際にそうさせることもある。例えば,「8個のみかんを4人に分けるにはどうしたらよいだろう。」などという場面を考え,各人に1個ずつ配り,まだ余りがあったらまた1個ずつ配るという活動をさせる。
(pp.144-145)
■算数科「問題解決の授業」に生きる「問題」集
(p.85; 3年のわり算かけ算)
■数学の学び方・教え方 (岩波新書 青版 822)
(p.88)
(p.89)
トランプ配りの等分除への適用は,数が多いだけでなく,英語の文献でも見ることができます.また,分ける対象を一列に並べているものと,アレイ図で表現するものが見られます.
『数学の学び方・教え方』もそうですが,遠山の著作では(例えば『遠山啓エッセンス〈3〉量の理論』),トランプ配りによって,分離量においては等分除・包含除の意味の転換が可能であることが述べられています.あるいはトランプ配りを介して,等分除・包含除を同等視できる,もっというと,それを根拠として,わり算は2種類ではなくて1種類なのだ,と主張することもできそうです.
私は,そういった主張に賛同しません.トランプ配りは等分除を累減の操作により可視化・手順化したものであることが,国内外の書籍・事例を通じて読み取れます.等分除を,累減(包含除)に帰着する,とも言えます.
「等分除・包含除」は,わり算で求められる場面の分類です.それに対し,「数巡方略・一巡方略」(http://ci.nii.ac.jp/naid/110001898376)やdealing(-out)は方略の分類となります.「sharing(分配)・repeated subtraction(累減)」,「ニコニコわり算・ドキドキわり算」などは,場面と方略の中間的な存在となっています.
Wikipedia
wikipedia:除法では,等分除と包含除はかけ算の順序問題#等分除と包含除に移動したとあります.「独自研究」「検証可能性」の疑義がついており,誰も手を加えられないのが,残念なところです.
これまでに書いたこと
- わり算,包含除・等分除,トランプ配り
- トランプ配り,dealing-out strategy,数巡方略
- 公開授業の等分除〜12÷4を除算記号なしで表すには
- 小話集
- かけ算の順序・1957-2013
- 2013年はトランプ配り,1988年はアレイ
- 初めてのWikipedia編集―かけ算の順序問題
- 「×」から学んだこと 13.04―トランプ配り
- 水道方式入門(1961)のトランプ配り
- かけ算・わり算の8マス関係表
- トランプ配りの本質は
- 包含除先行
- 3年のわり算かけ算
- 包含除と等分除 再考
- 割り算のときにどちらを除数にしてもよいのはどうしてか
- 等分除・包含除の逆としての乗法
- 包含除と等分除
(最終更新:2015-05-27 晩)
*1:高橋喜一郎, 清野佳子: 算数科の研究 (2006). http://hdl.handle.net/10191/20825
*2:http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol18/takahashi-y2003.pdf(2節),http://hdl.handle.net/10270/1758
*3:A,B,Pがいずれも同じ単位になるような,小学校5〜6年生向けの場面(文章題)を作ることもできますが,それらの数量の意味を考えると,Pにあたる値は,AやBと異なってきます.出題例はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120127/1327611401をご覧ください.
*4:これに限定したのは,演算の意味(演算決定)に関する出題が入りやすいことと,私自身の作業時間の都合です.なお,全国学力テストの算数では第5学年までの学習事項をもとに,出題されますので,整数や小数の加減乗除はすべて含まれますが,分数については加減算と,乗数・除数が整数の場合に限られ,「×分数」や「÷分数」は出てきません.
*5:出題には円グラフも載っています.式は8÷0.25=32のほか,8×4=32によって求めても正答となっています.
*6:等分除(の拡張)でも包含除(の拡張)でも,わられる数とわる数を逆にする誤答は出てきます.そういった調査については,http://www.jstor.org/stable/748969で試みられています.
*7:引用者注:(14)が上付きで書かれており,引用文献によると水木梢(1921)『算術新教授法』p.128.
*8:2010年の「熟議」に見られる,[www.mext.go.jp/jukugi/jukugi@jukugi_id=7&p=33.html#5949]のコメントが興味深い内容です.全体としては算数教育を批判するスタンスですが,順序を交換して良い掛け算と,そうでない掛け算の存在を指摘しています.
*9:名称は異なりますが,これと同様の5種類の除法を,Vergnaud (1983)に見ることができます.