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「×」から学んだこと 13.04―トランプ配り

目次

  • トランプ配りって,何ですか?
  • トランプ配りを認めないのですか?
  • 等分除って?
  • トランプ配りを使えば,等分除も包含除も同じでは?
  • トランプ配りは,学校で出てこないの?
  • トランプ配りをさせないのですか?
  • 1957年の本に,トランプ配りのことが書かれているんじゃないの?
  • トランプ配りのことを書いた文献には,何がありますか?
  • トランプ配りで考えている子がいるのですけど?
  • トランプ配りを認めると,何かまずいのですか?
  • 乗法・除法の相互関係って,何ですか?
  • 「5個ずつ3人に配る」と「5人に3個ずつ配る」って,どこから出てきたのですか?
  • トランプ配りについて,より深く知るには,どうすればいいですか?

Q: トランプ配りって,何ですか?

A: GIFアニメーションの図をご覧ください.

言葉で説明すると,次のようになります.
《りんごの問題》に対して,まずお皿を5枚,用意します.次に,りんごを,まず1個ずつ,それぞれのお皿に乗せます.それを1回目とし,2回目,3回目も同様に配っていけば.「さらが 5まい」で「1さらに りんごが 3こずつ」という状態になります.
このプロセスを,トランプで,カードを参加者に順に配っていくのに見立てて,「トランプ配り」と呼びます.

Q: トランプ配りを認めないのですか?

A: かけ算への適用を認めよ,それを根拠として,《りんごの問題》に対して,3×5だけでなく5×3も正解だ,という主張がある一方で,算数教育においては,等分除の理解にのみ利用するのが一般的です.

Q: 等分除って?

A: わり算の意味の一つです.
《りんごの問題》(用語)の数量を使うと,「皿が5まいあります。全部で15このりんごが,同じ数ずつ皿に乗っています.1皿に,りんごは何こあるでしょう。」*1が,等分除の問題となります.
トランプ配りの本質はにて,事例を交えて整理していますので,ご覧ください.図にした場合,配る対象を一列に並べている(大きな数を,等しくなるよう分けていく)タイプと,長方形配列で表している(「一つ分の大きさ」と「いくつ分」を明確にする)タイプがあります.
等分除と別の,わり算の意味には,包含除があります.《りんごの問題》をもとにすると,「全部で15このりんごがあります。どの皿にも,りんごが3こずつ乗っています。皿は何まいあるでしょう。」が,包含除の問題となります.

Q: トランプ配りを使えば,等分除も包含除も同じでは?

A: wikipedia:除法では,「等分除とは何か、包含除とは何かを定義することは現実には不可能である」と書かれていますが,このことでしょうか.
算数教育では,国内外問わず,等分除と包含除を,同じわり算でも,異なる意味を持つものとして認識されています.まず単純に,分ける操作が異なります.そして国内外で,包含除よりも等分除の理解が困難であることを統計的に示している論文があります.「整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある」と指摘した文献もあります.
Vergnaud (1983)Greer (1992)など,かけ算・わり算の分類をしている解説でも,基本的に,一つのかけ算の式に対応するわり算の式には2種類を書き,異なる名称を与えています(用語:等分除).
小学校学習指導要領解説 算数編(2008)だと,等分除・包含除の違いは次の2か所に現れます.まず,式の表現として,「包含除は3×□=12の□を求める場合であり,等分除は,□×3=12の□を求める場合である」(p.110)と区別されています.もう一つは5年の,小数の除法の意味です.「割合を求める場合と,基準にする大きさを求める場合」(p.167)があり,割合を求める場合は包含除,基準にする大きさを求める場合は等分除の拡張となりますが,その際に後者は「多くの児童にとっては…とらえにくい」と記載されています.
教材研究(わり算導入) ( 小学校 ) - 授業がんばりMATH - Yahoo!ブログでは,トランプ配りの操作を,「等分除を包含除に統合している」と表現しています.これが最も分かりやすい説明だと思います.包含除の本質は累減である点と合わせると,「等分除も包含除も同じ」というよりは「トランプ配りによって,等分除は包含除に帰着できる」と見るのが自然です.

Q: トランプ配りは,学校で出てこないの?

A: 「トランプ配りのかけ算への適用」が,見当たりません.等分除への適用は,たくさんあります.
1957年の書籍『算数科の教育心理』については,後述します.

Q: トランプ配りをさせないのですか?

A: はい,出題時に配慮し,トランプ配りをさせない事例がいくつかあります.

  • 東京都算数教育研究会が実施した学力調査では,「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 4こずつ ふくろに 入れて くばります。くばる みかんの 数を もとめる しきを かきましょう。」という問題があります.入れ方を明記することで,トランプ配りをさせないようにしています.もしそれでも,みかんを1人に4個ずつ,3つの袋に入れる際に,トランプ配りのやり方で入れることができると主張するなら,そういった入れ方は,「みかんの産地」や「みかんの大きさ」などと同様に,問題を解くのには使えない付加情報だ,となります.
  • 教科書からだと,「ボートが 3そう あります。1そうに 2人ずつ のって います。ぜんぶで 何人 のって いますか。」(東京書籍 平成23年度用「新しい算数」2年下p.16,学力調査結果に見るつまずきへの取り組み)という出題に対して,ボートを3そう用意しておき,1人ずつ2回乗せていくというのは,非現実的です.1人がボートに乗った状態で2人目を待つ,そんなボートが何そうもあるというのは,運営上,非常に危険です.
  • 「一つ分の大きさ」を連続量,「いくつ分」を分離量とする場面も,トランプ配りを困難にします.例えば,「池のまわりにはたが立っています。はたは6本です。はたとはたの間は、どこも8mです。池のまわりは、何mでしょう。」(『算数好きにする教科書プラス 坪田算数2年生 (TEXT BOOK PLUS)』p.73)があります.この出題で,6×8も正解にしようとするなら,旗の間隔が1mだったら周囲は6mだけれど,間隔は実際には8mなので8倍して,式は6×8になる…というのは実のところ,複比例を用いているのです.

Q: 1957年の本に,トランプ配りのことが書かれているんじゃないの?

A: 『児童心理選書〈第8巻〉算数科の教育心理 (1957年)』ですね.4年の指導例として,「4年1組45名で,こう堂にいすをはこんでいます。1人が1こずつ4かい運ぶと,みんなでいすは,なんこ運ぶことになるか。」という出題に対し,「45×4=180」という式について,45を人数から「全体が1回に運ぶ数」に置き換えることを子どもたちに発見させ,これも正しいとする展開になっています.
この件は,ここで取りまとめたほか,汝の隣人のブログを愛せよ | LOVELOGで該当箇所の画像を見ることができます.読めば分かるように,その本では,3年(当時,かけ算を学習する学年)の指導で,《りんごの問題》と同型の文章題に対し,6×7=42が正解で7×6=42は間違いとしています.
低学年ではかけられる数とかける数の意味を大事にし,高学年では,その間に学習したことを活用して,「必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい」(『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』p.92*2)と判断できます.そうすると,当時も今も変わりません.
そんなわけで,『算数科の教育心理』は,低学年では,トランプ配りのかけ算への適用を行うべきではないことを補強する書籍となっています.
加えて,1957年にそのような指導例がありながら,現在それが活用されていないことにも,気を留めておきたいものです.「面白い本を見つけてきたね(今では役に立たないよ)」「昔はこうだったんだね(今は違うけど)」と読むこともできます.

Q: トランプ配りのことを書いた文献には,何がありますか?

A: 等分除への適用については,トランプ配りの本質はでまとめています.以下,かけ算に関連するものを列挙します.

  • 児童心理選書〈第8巻〉算数科の教育心理 (1957年)』:前述の通りです.
  • 「6×4,4×6論争にひそむ意味」:著者は遠山啓です.1972年,科学朝日に掲載され,『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』pp.114-120で読むことができます.「ミカンを配るのに,トランプを配るときのやり方で配ると,1回分が6こ,それを4回くばるのだから,それを思い浮かべる子どもは,むしろ,6×4=24という方式をたてるほうが合理的だといえる。」とあります。
  • おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)』:遠山啓について語る中に,「カード式配り方」という小見出しの文章があります.著者(矢野健太郎)がラジオ局に対して「4掛ける6でなくて、6掛ける4でもよい」という説明をすることになり,トランプ配りの方式をひねり出しました.後日遠山は,「実際、矢野君の言うように考える子がときどきあるんだよ。われわれはこのような配り方を、カード式配り方とよんでいるがね」(p.124)と言っています.
  • 数の現象学 (ちくま学芸文庫)』:トランプ配りに関連する話は、「次元を異にする3種の乗法」(pp.66-80)に収録されています。遠山が1972年に取り上げたのと同じ文章題で,6×4=24を正解とするための答案の書き方として,「1人に1個ずつ配ると6人に対しては6個必要になる.1人当たり4個にするためには,それを4回繰り返さなければならない.∴6個/回×4回=24個」と記しています.
  • 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』(pp.48-49),『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』(pp.46-47):「4本の木に,それぞれ5こずつりんごがなっています。りんごはぜんぶでいくつでしょうか。」を授業の中心としながら,4×5=20にできる考え方として,1本の木に5種類の花が咲き,そんな木が4つあるという「ふしぎな花のさく木」を,板書の外に図示しています.類例は,デカルト積のピクトリアルをご覧ください.
  • 活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』:1年向けの授業例で,「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」(p.66)を出題しています.指導上の留意点として,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を挙げています.トランプ配りをさせない指導例です.

次の2冊は,遠山啓(編)であるのに加えて,その発行年,トランプ配りの適用対象など,興味深い内容を含んでいます.ただし,かけ算への適用は見当たりません.

Q: トランプ配りで考えている子がいるのですけど?

A: 小学2年生、掛け算の文章題で悩んでいます。 : 妊娠・出産・育児 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)(トピ主のみ)の件ですか?
読んでみると,「配り方」とかけ算の式とを結びつけているのはトピ主さんであって,お子さんではありません.その内容をもとに,「配ること」がお子さんの持つ,かけ算のイメージ(もしくは,かけ算の素地)であると主張するには,無理があります.
「配る操作」は,総数と,配る人数(または皿の枚数など)が分かっているときに行います.実際に配れば,1人(1枚)が何個ずつになるかが確められますが,その個数は,わり算で求めることになります.一方,1人(1枚)が何個ずつかというのと,配る人数(皿の枚数)が分かっているときに,総数を求めるのが,かけ算です.ここから,演算の意味---どのようなときにかけ算・わり算が適用できるか---が異なるのを見ることができます.
「子供が5人いて、5人がそれぞれお菓子を2個持っている」というイメージと,【5+5=10】の式については,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187の「(2)関数関係に基づく乗法」に似たところがあります.しかし,同じ発言(「娘は自信満々で、全問、数字を逆に書いていました」「完全に図式が逆に成り立っていたようです」)を見ると,式の意味を間違えて覚えている(田中, 2009)可能性もうかがえます.
といった次第で,その記載内容にはトピ主さんのバイアスが含まれており,信頼性に疑問があります.
かけ算を学習する前,学習していく中で,トランプ配りを利用している子どもがどれくらいいるのか,学術調査があれば興味深いのですが,算数教育においてトランプ配りは等分除の手段(またはその素地)というのが定着しているので,それはおかしいと考える人々に,学術的批判に耐えるエビデンスの提出をお願いしたいところです.トランプ配りは出てきませんが,シドニーでの調査事例が参考になるように思います(かけ算およびわり算の文章題に対する子どもたちの解法:長期調査).

Q: トランプ配りを認めると,何かまずいのですか?

A: 2つあります.一つは,乗法・除法の相互関係への理解がおろそかになること,もう一つは,式の意味がより広くなり,誤解を招きやすくなることです.
乗法・除法の相互関係は,割合(「倍」の考え方の一つ)だと,A=B×p,p=A÷B,B=A÷pで表すことができます.低学年で学習する,分離量どうしの乗除算にも,同様の関係があり,かけ算・わり算の8マス関係表を作ってきました.
そういった関係を破壊して,より良い学習(算数・数学)の体系を見せてくれるのなら,現状の算数・数学教育との比較もできるのですが,そのような配慮がないのが残念です.トランプ配りのかけ算への適用を主張する人々の,算数・数学教育に対するスタンス---文献や発言の取り上げ方,子どもたちへの配慮---を見ていると,とても支持できません.
なお,「積」に基づく指導による課題は,遠山啓をはじめ,算数・数学教育に携わる人々が指摘しており,かけ算には本来,順序がないの後半で取りまとめています.
もう一つまずい事態について,例を挙げて説明します.「5個ずつ3人に配る」と「5人に3個ずつ配る」が,ともに5×3=15で表されるというのは,「5×3」という式を見たとき,ある人は「5個ずつ3人に配る」と判断し,別の人は「5人に3個ずつ配る」と判断するといった,誤解を招くことになります.
そのほか,「5個ずつ3人」という意図で,「5個×3人」もしくは「3人×5個」と書いたとしても,この式を受け取った人は,「3人ずつ5個」と理解するかもしれません(「りんご 15こ」もご覧ください).
『かけ算には順序があるのか』のまえがきでは,「証券会社の社員が,1株61万円で売る株を,1円で61万株を売るという誤発注を出し,株式市場が混乱」した事件に言及していますが,トランプ配りをかけ算で認めたり,かけられる数とかける数が区別されるべき状況で「どちらでもいい」を支持したりする主張や教育のほうが,そういった誤発注を引き起こしやすいように思います.

Q: 乗法・除法の相互関係って,何ですか?

A: 式は上に前に書いたとおりです.その関係式は,比の三用法と深い関わりがあります.Vergnaud (1983)やGreer (1992)に記されている構造やモデルも,この相互関係のもとで理解することができます.
なお,面積や直積は,被乗数と乗数が実質的に区別されない("there is no essential difference", Greer, 1992)ので,また別の構造・モデルとなり,その種のかけ算の式に対応するわり算は,1種類だけとなります.

Q: 「5個ずつ3人に配る」と「5人に3個ずつ配る」って,どこから出てきたのですか?

A: 初出は2010年11月19日です.

その後,何度か表現を変えてリリースしています.

Q: トランプ配りについて,より深く知るには,どうすればいいですか?

A: ここまでに挙げた書籍をひととおり読むことをおすすめします.
当ブログを参考にされるのでしたら,これまで,「トランプ配り」をタイトルに含む記事として,次のものを書いてきましたので,ご覧ください.

以下の記事でも,トランプ配りを取り上げています.

(リリース:2013-05-02 19:30:00ごろ)

(最終更新:2013-06-11 早朝)

*1:3年までに学習する漢字を使うとともに,文節間の空白をなくしています.

*2:その根拠として「交換法則」「外国での立式」を挙げていますが,個人的にそれらには賛同できず,面積に関連する「積」の乗法と,数量の関係を表す式(第4学年)をベースにすべきだと考えます.

*3:「12枚のトランプを1人に4枚ずつくばると何人にくばれるでしょう……12÷4=3」(p.244)