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教えて考えさせる,算数・数学の授業26事例

教えて考えさせる算数・数学

教えて考えさせる算数・数学

著者はこれまで「教えて考えさせる授業」を提唱してきた方です.著者自らが実施した,小3から高1までの26の授業を取りまとめた本が,『教えて考えさせる算数・数学』です.
授業は以下の通り.
〔小学校〕
§1 3けた×1けたの筆算(3年)
§2 円の直径とその性質(3年)
§3 和と差のがい算(4年)
§4 小数のイメージをつかむ(4年)
§5 折れ線グラフをかく(4年)
§6 小数と分数の大小比較と加減計算(5年)
§7 意分母分数の加減計算(5年)
§8 合同な図形とは(5年)
§9 比例とは何か(5年)
§10 分数のかけ算と単位の換算(6年)
§11 分数でわる計算(6年)
§12 おうぎ形の面積(6年,発展)
§13 線対称と点対称(6年)
§14 場合を整理して考える(6年,発展)
〔中学校〕
§15 数量の関係を表す式(1年)
§16 角の二等分線の作図と性質(1年)
§17 立体の展開図と表面積(1年)
§18 連立方程式の文章題(1年)
§19 多角形の内角の和(2年,発展)
§20 連立方程式と関数のグラフ(2年)
§21 因数分解による2次方程式の解法(3年)
§22 平行線と比(3年)
§23 円周角の定理(3年)
〔高校〕
§24 相加平均と相乗平均(1年,発展)
§25 代表値(1年)
§26 チェバの定理(1年)
授業は,北海道から沖縄まで出向いて,実施したものが大部分です.著者の所属で実施されたものもあります.
各授業は,教師の説明・理解確認・理解深化・自己評価の順で進められています.
問題解決学習だと,1回分の授業の大部分をかけて行う内容は,「教師の説明」に対応し,あまり時間はかけません.これが,「教えて考えさせる」のうち「教えて」の部分になります.
そして「考えさせる」は,「理解確認」と「理解深化」が受け持ちます.「理解確認」は,文字どおりです.「理解深化」で何をするのか…本文から引用しましょう(pp.10-11).

(略)ここは,「理解深化課題」として,多くの子供が誤解していそうな問題や,教えられたことを使って考えさせる発展的な課題を用意する。小グループによる協同的問題解決により,参加意識を高め,コミュニケーションを促したい。

「教えて考えさせる授業」がどんなものなのか,できる子・できない子がいるクラスにうまく適応するのか,などに関心のある方や,問題解決学習は良くないと常々思っているのだが,さあどうしたらいいものか,とお考えの方々にお勧めの本です.


ただ,通して読みまして,個人的には,いくつかのページで「うーん」と思い,立ち止まってしまいました.*1
順不同でいくつか挙げていきます.まずp.174(おわりに)に「私自身,教科の指導案など自分で書いたことのない状態から(略)現場の先生とともに「教えて考えさせる授業」を追求してきた」とあります.じゃあ算数や初等教育に関しては素人なのかというと,決してそんなことはなく,東京書籍の算数教科書の著作関係者に,お名前が載っています*2.奥付のプロフィールにそのことが書かれていないのが,気になりました.
書く書かないは著者の都合,あるいは「紙面の都合」と言ってもいいのですが,この件,本文に反映されていました.授業例より前のp.10に,「教科書の執筆者から教わる」という表現があります.児童・生徒にせよ教師にせよ,「教科書から教わる」でいいはず…と疑問に思ったあと,ここには教科書執筆者どうしの情報交換を通じて,著者が教わったことが含まれていることに気づきました.
次の戸惑いどころに移します.『教えるって何?―時代の節目に授業観を問い直す―』という,全国算数授業研究会が企画・編集した本をp.16で取り上げている箇所です.引用を入れ,かなり共感できるところがあると書きつつ,全体としてはその本や「問題解決学習」を批判的にとらえています.
そこと次のページに出てくる人物名のうち,「山本良和氏」「田中博史氏」「細水保宏氏」で思い浮かぶのは,筑波大学附属小学校です.いずれも算数を専門とする先生方です.では,著者(市川伸一氏)は筑波の算数に喧嘩を売っているのかというと,決してそういうわけでなく,実際p.69では「筑波大学附属小学校の5年生1クラスを東京大学教育学部の教室に招いて」比例の授業を行ったとあります.交流がある上で,人物名を挙げているのですね.
それと,p.13に「公立学校のほとんどのクラスが直面している大きな学力差の中で(略)」と,学力差があるのを現状認識とし,かつネガティブに評していますが,全国算数授業研究会が企画・編集し,「学力差」を書名に入れた本が,今年8月に出ています.

こちらはまだ読み終えていませんが,学習指導要領では「学力差」どころか「学力」という言葉も出現しないこと,しかし,学力に関する諸能力の個人差を前提として,指導上の留意点が記されていることが,指摘されていました*3
『教えて考えさせる算数・数学』に戻りましょう.授業内容で引っかかり,当記事にて挙げて差し支えなさそうに思ったのは2件あります.まずは,分数のかけ算と単位の換算(pp.72-75)のところ.何度か「構造が同じ」「同じ構造」が出てくるのですが,それはVergnaudが示した乗法構造のうち関数関係によるものを,連想します*4.ちなみに「「同じパターンになっている」というような発言が見られた」(p.75)のほうが子どもらしい,授業ならではのシーンであり,これを引き出すための「構造」なのかなとも思っています.
とはいえ,いつ誰が言ったとかよりも,この本全体を通して,参考文献のページがないのが,引っかかりどころなのでした.
2点目は,直後の,分数でわる計算(pp.76-85)です.そこに書かれた授業では,子どもたちが,ひっくり返してかけることの意義や実用性を得られないのではと思いました.
平行四辺形の面積の公式を教えてしまう(p.12)のと同様に,分数でわるには,わる数の分母分子をひっくり返してかければよいことを教えてしまい,理解深化のための文章題では,わり算の順序を逆にしたらおかしな値になってしまうことを通じて,等分除でも包含除でも,わられる数とわる数を適切に選択することに力を置くという流れであれば,もっと安心して読めたのですが.
この件,引用しながらもっと具体的に書きましょう…著者の問題認識は,教科書の分数のわり算は等分除(1あたり量を求める除法)のみで説明している点に,端を発しています(p.76).そこで,予習プリントには等分除に当たる,以下の問題を入れています(p.83).

問題1 あるペットボトル\frac34本分に,ジュースが\frac25Lはいっています。このペットボトルは1本あたり何Lはいるでしょうか。

そして「深めよう」と題する理解深化の場面では,次の問題を与えています(p.85).包含除です.*5

問題3 1本あたり\frac34Lはいるペットボトルに,ジュース\frac25Lを入れると,何本分になるでしょうか。

問題1と問題3には,2つの共通点があります.一つは,わる数が文章題の先,わられる数が後に出現すること*6,もう一つは,わる数が1未満なので,わり算の答えは,わられる数よりも大きくなることです.
後者を授業に取り入れたら,「1より小さい数をかけると,積は,かけられる数よりも小さくなる」と「1より小さい数でわると,商は,わられる数よりも大きくなる」が,分数でも成立するのを確かめられる機会となります.この性質もまた,ひっくり返してかけるという手順と結びつけて,理解を深めるのに役立ちそうだと感じました.


別件ですが「等分除」「包含除」という算数教育「学」の妖怪 - 身勝手な主張を読みました.「わり算は、かけ算の逆演算」という主張は『数学教育学研究ハンドブック』p.74にも載っていましたので,その後追いかなという印象があります.等分除と包含除の区別がないという主張を,海外事例や高学年の学習と照合せずに書くのも,毎度のことのように思います*7

*1:査読を引き受けて,届いた論文を読み,第一印象はこれ通していいんじゃないのだったけど,繰り返し読んで,報告書を作成するとなったときには,リジェクトの結論にしないといけないなあ,と思うときの感情に似ています.とはいえ私はこの本を値踏みするつもりで,この記事を書いたわけではないのですが.

*2:http://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/introduction/intro16.htm, [http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140519/1400446336, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140623/1403471968

*3:柳瀬泰:個人の学力差への対応を再考する.

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150214/1423867877

*5:問題2は「確かめよう」と題し,等分除になります.書いておくと:あるペットボトル\frac58本分に,ジュースが\frac23Lはいっています。このペットボトルは1本あたり何Lはいるでしょうか。

*6:関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141217/1418766506.なお,分数の等分除の文章題で,わられる数が先,わる数が後に書かれている(出現順に数を書いて間に「÷」を入れればよい)事例はhttp://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/06/page6_06.htmlにあります.

*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150523/1432339671 http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150115/1421268318