(略)算数科・数学科で「文字の式」を繋ぐとき,最も課題になるのが,乗法の順序に関する事項である。例えば,1つa円の品物を3個購入したときの代金について,小学校の表記ではa×3と表す。aは1個あたりの値段を表すので,あくまでもaがかけられる数であり,普通3×aとは書かない。ところがこれを文字の式で表記すると3aであるり,文字どおり読めば,3×aを表す。もし,「文字の式」まで前倒しを測るのであれば,a×3であっても,文字式の約束によって,掛け算記号を省略した上で数を先に書くので3aと表すという理解を持つ必要があるだろう。
(『学校と教師を変える小中一貫教育―教育政策と授業論の観点から』p.95; 転載元)
上記を打ち出して記事にして,これと似た論理展開の文章があるのに気づいたのは,1日たってからでした.以下の文章です.
具体例を挙げて、少し説明を加える。かけ算の導入は、日本では次のように扱われる。
『しょうがくさんすう2年下』(中原他, 1999, p.16)
みかんがひとさらに5こずつのっています。4さらではなんこになりますか。
この問いに対して、1さらに5こずつ4さらぶんで20こです。このことをしきで
5 × 4 = 20
とかき「五かける四は二十」とよみます。
それに対して、英語ではかけ算を表す順序が逆で、“four plates of 5 oranges”という英語での表現より、4×5=20となる。そこで問題となるのは、例えばタイでは自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている。単にかけ算の順序が逆になっただけで小さなことのようであるが、初めての学習者にとってはかなりの認知的な負担が強いられるだろう。この例に見られるように、認識的な差異を考慮に入れないでカリキュラム開発をするならば、教科書という基本的な教材の中に、基本的な問題を抱えこんでしまう可能性がある。
(馬場卓也: 数学教育協力における文化的な側面の基礎的研究,平成13年度 国際協力事業団 客員研究員報告書, p.38. http://jica-ri.jica.go.jp/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/kyakuin/pdf/200203_08.pdf#page=47)
前者を四字熟語で「小中連携」と書くなら,後者は「国際比較」でしょうか.
ともあれ,カリキュラム開発における留意点を述べている,という共通点があります.
いずれも,ある程度の状況説明はなされていますが,それをもとに,こうすれば教える側も学ぶ側も満足できるといった教材があるのかというと,それはまだだというのも,読んで想像できます.
『学校と教師を変える小中一貫教育』を通して読みました.2部構成で,後半・第II部の執筆者が牛瀧文宏氏とのこと*1.同書p.68に著者そして執筆のスタンスが書かれていて,拾い挙げると,トポロジーを研究している数学の研究者であるとともに,算数・数学の教員研修や授業の助言指導で年30〜40回程度,10年以上の経験を持っており,脱線しながら書いている(理路整然とは書かれていない)のは,その経験(研修や講演のスタイル)に基づく意図的なものである,となっています.
じゃあ純粋に数学の話なのか,教材論なのかというと,そうでもありません.平成26年度までと平成27年度からのそれぞれで,各出版社・各学年の教科書のページ数などを一覧表にしてある(pp.76-77)のは,虫の目どころか鳥の目*2の考え方も入っているなと感じました.
ただ,かけ算・わり算の話も散らばって書かれています.全体として,「かけ算の順序」に一定の理解を持った上で,日数教や筑波の算数なんかと,距離を置いた人の文章を読んでみたいという人には,面白いのではないかとも思います.
「かけ算の順序」がどのように絡んでくるのかというと,冒頭の引用のほか,pp.82-85にあります.そこで半九九を推奨しています.推奨する中にも,「もちろん筆者は九九の学習の最初から直ちにこの方法を取り入れることを勧めているのではない。早くともaのbこ分を計算するa×bと,bのaこ分を計算するb×aの意味の違いをきちんとおさえた上で,「九九の決まり」として交換法則の成立を学んでからの導入となる」(p.83)と記されているのでした*3.
小学校での新たな指導の提案は,著者のご苦労が含まれているなと読み取りました*4.1点だけ指摘しますと,pp.93-94のところです.「筆者は算数科・数学科で言えば,「正の数 負の数」の一部までは小学校への前倒しは比較的容易に行えると考えている」とあり,どんな教え方をすればいいのかなと思って読み進めると,次のページの,4×(-2)の計算*5は,中学1年の数学で学んでいる内容と同一ではないかと,思わずにはいられませんでした.
Q: この記事の後半の内容と,タイトルの「認識的な差異」との関係は?
A: 本の著者と,情報工学をメインとして算数・数学教育はツッコミ*6の材料としている自分とで,認識には大きな違いがあると思って(書いて)いるのですが.
*1:Amazonで検索してヒットする,「ドラゴン桜式」の本のカスターレビューは,厳しいものが目立ちます.
*2:p.117に「第I部が「鳥の目」で第II部が「虫の目」といったところであり」とあります.
*3:個人的には半九九の採用には否定的です.一つは,半九九で間違える(例えば,6×8=46)と逆にしても間違えるからです.また学習指導要領に基づくと,九九の表を通じて,交換法則だけでなく,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」という性質の発見も望まれていますし,筑波の算数ほかでは表の塗りつぶしを通じて,そこに出現する平方数は必ず奇数個となるのを学ぶ授業例を見たことがあるので,九九の表を三角形ではなく正方形として認識し活用する意義は高いと思っています.なお,総九九/半九九とかけられる数・かける数の区別に関しては,算数から離れますが,総当たりのリーグ表と結びつけるのが面白いかなと感じています.そのうち我が子に試してみます.
*4:率直に書くと,「いやあ,それは,小学校で採用されにくいでしょう」です.
*5:3ステップになっていて,最初を書き出すと「(1) 1メモリ(原文ママ)が1cmの数直線を考える.数が増えていく向きに毎秒4cmの速さで動く点が,今0の場所にいるとする.2秒前にいた位置を考えよう.2秒前は(-2)秒後なので,この計算は4×(-2)となる」です.数直線における正の数・負の数の対応づけと,速さの式(速さ×時間=道のり)が,前提知識となっています.当ブログでは:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150620/1434752599, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131127/1385496397
*6:学会発表でのツッコミは:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150320/1426847271