わさっきhb

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Re: 最近の算数掛け算順序問題には、明らかに2種のとらえ方があるらしい。

途中に,2012年10月に作成した当ブログの記事がリンクされています.はてブしたあと,この方の直近の記事を読んだところ,「かけ算の順序」関連で他に以下の記事を出されているのを知りました(ページ名の「|YuhのCar Room」以降および【…】を取り除いています).

少しばかり,あらさがしをしておくと,請求書などの画像には「かけ算」が見当たりません.個人的にあのフォーマットは,Rのデータフレーム(例えば,39. データフレーム事始)で考えるのが分かりやすいだと思っています.
実際のところ,数量・単価・金額はそれぞれ異なる列です.データ設計において金額は含めない(そのつど,数量と単価をかけて---フォーマットの「外」で---計算する)という運用もできますし,あるいは,数量・単価・金額の値を書いておいて(欠損値も認めて),それぞれの行が適切であるかをチェックする関数を別途定義し,適用するといった使い道も想像できます.
別記事に見られる「5kgは5×1000×gを表す」は,要注意の式です.6×3が6本の3倍というのなら,「5×1000」は5(これが1つ分? 1あたり?)の千倍になるのか,そして「5000×g」についても,5000(これが1つ分? 1あたり?)のグラム倍になるのか,といったツッコミを与える余地ができてしまいます.
背景には,算数では例えば「10が3つで30」のように,10を単位(1つ分の大きさ)としてとらえる学習があります.上の話であれば,「1000」や「g」が,単位となります.
そう書いてみると,ツッコミに対する答えを出すことができて,「三十」や「3g」のような書き方では,「いくつ分」と「単位量」を(間に「×」を入れずに)表すという慣例があるというわけです*1.「一つ分の大きさ×いくつ分」に基づく,かけ算の式にするときには,10×3や1g×3となります.なお『量と数の理論 (1978年)』では「A+A+AをAの3倍といい,3AまたはA×3で表す」により乗法が導入されており,「3×A」は使わずに話を展開しています.
一連の記事を読んでいて,最も違和感を持ったのは,追記された箇所です.

追記:
 最近の算数掛け算順序問題には、明らかに2種のとらえ方があるらしい。
 一つは、最近ネットで話題になった、「立式順が指定されていないにもかかわらず、掛け算の数値を入れ替えたら×にされた」という、正解を間違いとして扱われることへの怒り。
 二つ目は、一つめをきっかけにし、そもそも算数教育が掛け算に順序があるものとして取り扱うこと自体がおかしいと主張するもの。
 一つ目については、算数指導を理解していない現場の教員の問題か、そもそも立式順が指定されているにも関わらず従っていないために×にされたことを一面的に伝えたための誤解である可能性がある。

「算数教育は現実の生活からスタートするものなのだろう【微改訂】」Yuh_Fazioliのブログ | YuhのCar Room - みんカラ

自他のブログから,関連情報を探ってみると,一つ目の件はかけ算の順序を問う問題にて,戦前の事例までさかのぼれるよう整理してきました.今年度から使用の教科書展示会で見かけたものは,平成27年度算数教科書読み比べ(2)〜かけ算の出題同(4)〜2年以外の「基準量が後に示された問題」で読めます.教科書ではどんな式を書いたら間違いなどと明示されていないにしても,いくつかの事例から「順序」を認識でき,またテストなどで問われているわけです.
二つ目の件は,かけ算に焦点を当てながらそこに限定せず,「そもそも算数教育がおかしい」と主張する,黒木氏の算数の教科書とその指導書の問題点と,それを読んで当ブログでいくつか取り上げた件(Re: 算数の教科書とその指導書の問題点)が関わってきそうです.ネットを離れるなら,『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』にアクセスしたいところです.算数教科書の編集委員を務めた方による,両論併記を見ることができます*2
違和感というのは,「一つ目」「二つ目」の各項目の適切さというよりは,2つというと何と何になるか,すなわち視点の違いです.個人的にネットを通じて知った「かけ算の順序」への批判は,次の2点に集約されます.

  • 〔逆の順序もある〕かけ算は「1つ分の数×いくつ分」というが,「いくつ分×1つ分の数」の形のかけ算の式もあるじゃないか.
  • 〔順序のないかけ算もある〕かけ算は「1つ分の数×いくつ分」というが,長方形の面積のように,2つの数を1つ分やいくつ分にできない場面もあるじゃないか.

前者に対しては,かけ算の順序論争について(日本語版)で項目にした「B-6: 言語や文化の違いに配慮しながら式で表すことが教育上有益である.」が自分なりの回答となります.レシート*3の数量×単価も,小学校算数・中学校数学では「単価×個数」を根拠として,実際に式で表したり,その後3xといった式にしたりするわけです.また非日本人による英語論文で見かけた「単価×個数」について,学校教育を受けた子どもはで取り上げたことがあります.「式で表す」に関しては(批判だけでなく)いろいろ文献もありますが,ある本をもとに,「8×5円と書いたら,8円が5つか5円が8つか,曖昧だが,8円×5や5円×8と書いたら,同じ字数で曖昧さが解消できる」のに気づいたのは,いい経験でした.
後者についてはGreer (1992)という文献1つで事足りる話です.表をかけ算・わり算でモデル化される場面で和訳しました.乗法における〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉といった分類は,この文献だけでなくそれまでの海外文献からも見ることができ,現行の『小学校学習指導要領解説 算数編』もよく読むとそれが反映されています.日本でも1960年代(中島健三),70年代(森毅)に書かれた論文や書籍を通じて,裏取りをすることが可能です.
国内外の状況やそれらの相互関係を軽視し,1個の出題例や授業例を見て,「交換法則が…」*4「数学では…」などとケチをつけているのが,ネットに見られる状況だと理解しています.


Q: はじめにリンクした一連のブログ記事の主張には賛成? 反対?
A: 大枠としては賛成です.ただ,あのままだとツッコミにさらされるのではないかと思いまして(それと,当ブログのリンク記事が古いですし),読んで気になったことを書き出してみた次第です.

*1:もちろん「三十」と「十三」は,異なる数です.小学校低学年の算数から他の例をとってくると,「1cm5mm」といった表記においては,1とcmと5とmmとを単純に連結したものではなく,「1cm」と「5mm」がより強く(乗法的に)結びつき,それからその2量を(加法的に)結びつけた長さを意味することとなります.

*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130928/1380313669, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070

*3:https://twitter.com/yuh_yuh/status/692979266535972864の件,http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20130107/1357561784を書いてからきちんと事例整理はしていませんが,昨日IKEAでまとめ買いしたときのレシートは「個数x単価」でしたし,餃子の王将のレシートは依然として「@単価x個数」です.

*4:“答えが同じになるのでかけ算の順序はどちらでもいい”という生徒の考えを引き出した上での授業例を,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614で紹介しました.「さてティファニーさん,あなたは,そんな2つの式が違った場面を表すのに使えないって言うのですか?」という問いかけにより,“交換法則を学習したら,かけ算の式はどちらでもよい”は先生の望むところではないことが読み取れます.