- 佐藤武: 算術新教授法の原理及実際, 成城小学校研究叢書, Vol.3, 同文館 (1919). http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937844
「成城小学校」で検索してみると,現在は成城学園初等学校であることが分かりました.私学です.あゆみに,1917年創設開校,その次の年に「成城小学校研究叢書の刊行はじまる」と載っていました.
大正時代のこの指導書を知ったのは,次の2つのところからです.
そこでリンクされているhttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937844/231(冒頭の文献のpp.440-441)を見ると,内容はいわゆる乗除先行の取り扱いでした.9−3×2+2を例に,計算の手続きを確認してから,「何故に乗法(或いは除法)は加減法よりも先にしなければならぬのであるか」の理由を述べています.「乗数は必ず被乗数に附帯」「此の二つの数は...形の上では別々に別れて居ても一つの数だと考へて居ればよい」が,主要部と言っていいでしょう.具体数・運算数を交えた式の例として,50銭−9銭×3−10銭×2を挙げています.
現在の算数教育において,「乗数は必ず被乗数に附帯」には反例が思い浮かびます.表や数直線で,例えば3倍になっているのを書き足す際の「×3」が,被乗数に付帯しない乗数となるわけです.「一つの数」について,これはならぬ理由というよりは,そういう式の取り扱い(慣行)がこれまでなされていたという程度に認識しています.そういう“きまり”なのだ,です.情報処理の観点でも,乗除演算の優先度を加減より低くするような解析器をつくることは,その実用的価値はともかく,技術的には難しくありません.
ところで「運算数」という用語は見慣れません.同書を確認すると,p.215(コマ番号118)が「第十項 運算数」で始まっていました.乗数は運算数の一種である(他にも運算数になるものがある)ことを,把握した上で,連想する用語は「operator」です.実際,同じページに「只或数を「二度寄せる」「三度寄せる」或は「半分にする」「三つに分ける」といふ作用を意味するものである」とあり,ここの作用は,operationに置き換えられます.乗数がoperatorになるというのは,中島健三(1968)の「乗数をoperatorとしてみる場合に統一的にでき便利である」,Greer (1992)の"The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer."のように,その後の国内外の文献からも伺い知ることができます.
当時の用語が,今だと何に対応するのかを見ていくと,もう一つ,押さえておきたいものが見つかりました.それは,運算数の項の結語(p.216),「「乗除は加減よりも先にする」といふ法則の如きは之をもつて説明することができるのである。」で使われている,「法則」です.
ここでいったん,近デジから離れまして,算数で「法則」を探してみます.といってもTOSS(法則化)のことではありません.交換法則・結合法則・分配法則なども,上記の「法則」とはやや意味合いが異なっています.機械検索可能な,『小学校学習指導要領解説 算数編』のPDF版で調べてみると,ほかに「計算法則」「計算の法則」も出現しますが,これらは交換・結合・分配の3法則を合わせたものと解釈できます.
検索ではなく,解説から乗除先行の扱いを読んでみます(p.158).
指導に際して,乗法,除法を加法,減法より先に計算すること,( )の中を先に計算することなどのきまりがあることを理解できるようにし,習熟を図る。さらに,四則を混合させたり( )を用いたりして一つの式に表すことには,数量の関係を簡潔に表すことができるなどのよさがあることが分かるようにし,四則を混合させたり( )を用いたりして一つの式に表すことができるようにすることが大切である。
この中の「きまり」が,佐藤の著述で見つけた「法則」に対応するものと思われます.そこで,機械検索の対象を「きまり」に変更してみると,次の箇所にあることが分かりました*1.
- p.12: イ 乗法九九表からきまりを見付ける活動
- p.24: ...九九表に潜むきまりを発見するなどの探究的な活動...
- p.87: 乗法九九については,児童が自ら乗法九九を構成したり,数の並び方のきまりを発見したりしながら身に付けていくことが大切である。
- pp.88-89: なお,乗法九九の表から児童が見いだすきまりは,例えば,3の段と4の段の和が7の段になること,1×1,2×2,3×3,…というように同じ数どうしをかける計算は斜めに並んでいることなど,様々である。
- p.107: また3×0の答えは,具体的な場面から0と考えたり,乗法のきまりを使って3×3=9,3×2=6,3×1=3と並べると積が3ずつ減っていることから,3×0=0と求めることができることに気付くようにする。
- p.157: 第4学年では,数量の関係を式に表したり,式を読み取ったりする力を伸ばすとともに,計算の順序についてのきまりなどを理解し,適切に式を用いることができるようにすること
- p.158: (上の引用のとおり)
- p.158: 公式については,幾つもの数量の組を作って,数量と数量の間に共通するきまりや関係を見付け出し,それを一般化させて言葉を用いて表し,公式をつくり上げていく過程を大切にする必要がある。
- p.188: ...的確にとらえられるようにするために,見いだした特徴やきまりを「横の長さが2倍,3倍,4倍,…になれば,面積も2倍,3倍,4倍,…になる」などのように言葉を用いて表すようにする。
並べてみると,上で引用したp.158だけ,「きまりがあることを理解」となっており,そこから,乗除先行は「そういう“きまり”なのだ」というニュアンスなのが読み取れます.それ以外に出現する「きまり」は,児童が自分で発見することが意図されています.
ところで,乗除先行について,「なぜかけ算・たし算を,かけ算・わり算よりも先にするのか?」という問題意識は,学習においてあまり良くないかなとも思っています.代わりに,「なぜかけ算・たし算を,かけ算・わり算よりも先にする必要があるのか?」を考えれば,結合法則との対比を通じて,その意図(必要性)を認識しやすくできそうです.
次のような計算問題にします.
- (2+3)+4=
- 2+(3+4)=
- (2×3)×4=
- 2×(3×4)=
- (2+3)×4=
- 2+(3×4)=
- (2×3)+4=
- 2×(3+4)=
答えは上から順に,9,9,24,24,20,14,10,14となります.2つずつ,4つのペアで見たとき,前半の2つのペアは,数を変えても,答えが同じになる*2のに対し,後半の2つのペアではそれぞれ,計算の順序が変わると,答えが異なってきます.
それで,最初の2つと次の2つについては,2+3+4や2×3×4と書いても,差し支えありません.では同様に,2+3×4と書いていいのかというと…いいけれども,どんな順序で計算してもいいというわけではなく,数学でも使われているルール(乗除先行),結局のところ「かけ算・たし算を,かけ算・わり算よりも先にする」を,この段階で取り入れることとなるわけです.
算数と数学とのつながりとしては,もう一歩,「(□+△)×○と□+(△×○)の答えが同じになるのはどんなときか?」を,□と△と○に数を当てはめて計算・照合しながら,探求するのは,どうでしょうか.大人モードでは,(a+b)c=a+bcよりa(c-1)=0を得て,□=0または○=1のとき,かつそのときに限り,(□+△)×○=□+(△×○)となります.加法と乗法それぞれの単位元が出現し,また中間の△に関する条件がつけられないのが,ちょっと面白いところです.