わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

みはじ工学

アクセスログを見ていると,mixiの日記からのものがありました.読むにはmixiのログインが必要らしいので,URLや全文の公開は,差し控えます.
そこでは,みはじ・くもわ (2015.08)をリンクされています.もう1つ,リンクされているhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1015073130は,ベストアンサーのURLがほぼデッドリンクなのを含め,個人的に興味深い内容でした.
日記の前半は,「みはじ」「くもわ」への批判に対して「あほか」や「それを世の中の先生たちはわかっていない、というのか」と述べ,どちらかというと現在の教育の在り方を肯定・擁護する立場なのが見られます.


ただ,後半では,手を止め考えさせられました.「教育工学」「工学」を持ち出して,それを「このやり方を使えば問題は解ける」に結びつけた上で,「みはじ」に頼ることへの危機感を表明しています.
ブラウザから離れて,手持ちのファイルを検索…
「問題が解ける」とはどういうことかについて,スライドを用意し,担当科目(情報セキュリティ)で毎年,解説しています.

このスライドの1つ前では,「問題」と「個別問題」との区別をしています.35を素因数分解しなさい,9876543210123456789を素因数分解しなさい*1,というのはそれぞれ「個別問題」なのに対し,正整数nが与えられたときにその素因数の1つを求めなさい,となると,素因数分解の「問題」です*2.nは任意の正整数をとるため,有限長の記述で,無限の個別問題を表すこととなります.
貼り付けた画像ですが,はじめに「個別問題が解ける」を定義しています.アルゴリズムを適用すると,有限時間で停止し,正しい解を出すことです.
これをもとにして,「問題が解ける」を定義します.アルゴリズムが存在して,問題に属するすべての「個別問題が解ける」ことを言います.
「存在して」で連想するのは,存在限量子の「∃」です.「すべての」は,全称限量子の「∀」です.それから,個別問題が解けることを,2つの引数をとる述語記号とします.そうすると,「問題が解ける」が,“∃アルゴリズム [∀個別問題∈問題 [解ける(アルゴリズム,個別問題)]]”という,一階述語論理の論理式に対応します.
その上で,(個別問題の集合としての)問題に対し,それをいわば一網打尽にするようなアルゴリズムが存在するのか,存在するのなら具体的に構成できるのか,存在しない場合はどんな問題で,そしてどのように証明すればいいのか,といったことへと,話を進めていけます.
なお,授業では,決定性/非決定性/確率チューリングマシン,計算量と多項式時間などを解説あるいは確認したのち,P≠NPを理解することを,到達点の1つとしています.その際,現実的な時間内で解けるかどうか,という制約を課すことにもなります(それに対し,上に書いた中の「有限時間で停止」では,「何億年かかってもいいから」といった俗な言い回しをつけて,解説することもあります).


さて,mixiの日記,そして算数教育に立ち返ります.「みはじ」を,算数の「速さ」関連のアルゴリズムの1つと見なしたとき,それを使って解ける個別問題や,その集合としての「問題」も,想像できます.
スライドに入れた,一網打尽の図をじっと見まして…
批判を「『みはじ』を使えば,すべての『速さ』の問題が解けるのか」と表現してみるのは,どうでしょうか.
まあ,みはじで解けない速さの問題もあるだろうな,しかし小学校で学習する範囲*3からだと,どんなだろう,全国学力テストは5年までの範囲だしなあ…
と思ったところで「都算研」が思い浮かび,検索すると,東京都算数教育研究会のトップページで,平成27年度実施の,学力実態調査の結果と考察がリンクされていました.幸いにも,速さを含む「量と測定」の分野の調査でした.
6年はhttp://tosanken.main.jp/data/H28/gakuryokuzittaityousa/h27jittaityousa_kousatu_6nen.pdfです.大問3が,速さの問題です.

2つの小問のうち,(1)は「みはじ」で求められます.しかし,「道のりのちがいは、何kmになりますか。」と問う(2)は,「みはじ」だけでは困難と言っていいでしょう.
B列車の速さについて,「みはじ」を適用して,時速140kmを得るまではいいのですが,次に,2つの列車の「速さのちがい」または「1時間後の道のりのちがい」*4を求めればよいと気づくのは,「みはじ」の範囲外なわけです.
同ページの解説では,「時速を出して、その差を5倍」のほか,「5時間後に進んだ道のりの差」を求め方として挙げています.いきなり,5時間後に進んだ道のりは出せませんので,1時間後の道のりを算出するのが自然な流れですので,解説では,「どちらの方法も」と,2つの求め方を統合した上で,「単位量当たり」というキーワードを提示しています.
このPDFファイルの先頭ページには「調査人員 64,398人」とあり,東京都の小学6年生の何割かは分からないにしても,結構な人数です.正答率は(1)で91%,(2)で77%とあり,教科書レベルの速さの問題と思われます.
そして,この正答率から,少なくとも東京都というスケールで見たとき,日記に書かれている「なんでもかんでもみはじに落とし込む先生がいたとしたら」は,杞憂ではないかと考えることもできます.


都算研でこのような調査・出題がなされている,というのは「工学」の対象外ですが,「速さに関する理解度調査の事例」を効率良く発見できるか*5となると,情報検索に関する知見を,現在の情報化社会・ネット社会に適用するという観点で,情報工学の要素が含まれていると思っています.

*1:目で見て,9で割り切れるのは,ただちに分かるものの,他の素因数は,自明ではありません.http://keisan.casio.jp/exec/system/1161228771に通してみると,1481481481という素因数を持つのですか.元の数をこの素因数で割った結果にも,ちょっとびっくりです.

*2:素因数分解の個別問題と,表現が異なりますが,nの素因数があれば,nをそれで割った値を新たなnとし,1になるまで繰り返し適用することで,もとのnの素因数がすべて求められます.なお,nが素数のときはnそのものが答えになる,という点で,この素因数分解問題は,素数判定問題を含んでいます.言い換えると,この素因数分解問題が,例えば(将来的にそうなるとは期待できませんが)nのビット長に比例するくらい時間で解けるならば,素数判定も,nのビット長に比例するくらいの時間でできることを意味します.

*3:「中学受験の算数」は対象外としたい,という意図です.

*4:「または」で結んだものの,細かな違いもあります.「速さの和や差」を,小学校の算数の中で取り上げられているかどうかです.現実的に,あるいは高校物理の計算において,2つの物体の速さを常に「足せる」とは限りません.今回の問題を「相対速度」と捉えて,授業に取り入れるのも,1つのやり方でしょうが,算数としては速さを足したり引いたりするのではなく,「1時間後の道のりのちがい」として計算するほうが,トラブルは少ないようにも思います.都算研の調査において,そういった求め方を問わず,答えだけを書かせるというのは,1つは解答者数の多さへの対応もあるのでしょうが,各学級で何を皆が学び,何は必ずしも学んでおらず,そして何を問うかということへの,示唆を与えてくれるようにも思います.

*5:「はじき」の適用ではうまくいかない「速さ」関連の問題例には,http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/06/page6_10.htmlに書かれている「50m走の世界記録は5.56秒です。(略)1m進むのに何秒かかったことになりますか。」もあります.