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道徳教材「タッチアウト」について

教育技術MOOK 思考ツールでつくる 考える道徳

教育技術MOOK 思考ツールでつくる 考える道徳

 「キャンディチャート」「Iチャート・Yチャート・Xチャート*1」「クラゲチャート」「バタフライチャート」といった思考ツールが,道徳に限らず発想支援の図式になるかなと思い,購入しました.
 終わりのほうに,「タッチアウト」と題する教材による授業事例が書かれていました(pp.88-91).中学2年生の授業です.
 以下のページでリンクされているPDFファイルの,終わりの2ページが,その本文と思われます.作者は書かれていません.

 以下からも授業事例が読めます.

 福岡県教育センターの指導案の登録年度は「H21」すなわち10年前です.高知大学の紀要論文は昨年の出版で,平成31年度(今年度)から中学校で「特別の教科道徳」が実施されることを背景としており,末尾を見ると2017年公表の「中学校学習指導要領解説総則編」と「中学校学習指導要領解説特別の教科道徳編」が,出典として書かれていました.
 「タッチアウト」が載っている教科書*2は,廣済堂あかつきの「中学生の道徳2」とのことです.なお,以下も野球のプレイを扱った道徳教材ですが,タイトルも出版社も,ストーリーも異なります.

 中学の道徳で「タッチアウト」を通じて,何を学ぶことが期待されているのかを,『思考ツールでつくる 考える道徳』p.88より書き出します.

 野球にはさまざまな駆け引きがあり、判定は審判が下します。判定を自軍に有利にもっていくことも策の1つです。主人公は落球をごまかした心の弱さとそれを責める良心との間で悩み続けます。落球したことを打ち明け、懺悔する機会は永遠にきません。今回は主人公の行為の是非に焦点を当てるのではなく、「考え、議論する」ことで道徳的価値を把握し、よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことをねらいとしています。そのため、自分が主人公ならどうするのか、多面的・多角的に考えたり、理由付けしたり、自分の変容に気付いたりなどの思考場面を設定し、自我関与することで道徳的価値の自覚を深めていきます。

 いくつか補足します.「落球」はフライを取り損ねたのではなく,主人公はキャッチャーでして,本塁でのクロスプレーにおける落球(そして審判はそれに気付かずアウトと宣告したこと)を指します.2回出現する「道徳的価値」に関連して,同書のp.15ほかで「価値葛藤(モラル・ジレンマ)」という用語を見かけます.「タッチアウト」の話では,「正直に言う」と「黙っておく」の2つが,主人公の葛藤となります.
 そして,「主人公の行為の是非に焦点を当てる」,野球を取り扱った道徳の教材として,「星野君の二塁打」が知られています.

 「星野君の二塁打」の初出は,1947年です.「タッチアウト」の本文には「新幹線」が出現し,文脈から東北新幹線を指しますがその開業は1982年です(間を埋めておくと,「星野君の二塁打」の作者・吉田甲子太郎氏は1957年没で,東海道新幹線の着工は1959年,開業は1964年です).「星野君の二塁打」と「タッチアウト」の間に,つながりがある(例えば後者は前者を踏まえて書いたことを著者が公表している)かどうかは分かりませんし,野球に限らずスポーツにおいて葛藤を扱ったお話はいくらでも見つけられそうですが,学校の外から道徳教材を見るとなると,これら2つは関連付けて検討すべきではないかと考えます.
 「タッチアウト」の中身に関して,もし私自身が主人公の立場ならどう行動するかについて,書かないことにしますが,『思考ツールでつくる 考える道徳』のp.91,「黒上先生のコメント」の最初の文は,「授業では、審判の判定を自分個人の感覚で変えることはあり得ないと強く主張する野球部の生徒がいました。」でして,ここは掘り下げておかないといけません.
 道徳の授業において,結論ありきで持論を展開する児童や生徒や,一つの結論に持って行こうとする教師がいたら,いいものではないなと思いながら,コメントを読み進めると,「おそらく、先の野球部生徒も、正直に言うことの価値や、言わなかったことによる後悔も理解した上で、自分の立場からはこうしか見えないと主張したのでしょう。」と分析しています.同書p.12の,2017年告示小学校学習指導要領総則における「自己の生き方を考える」「主体的な判断の下に行動する」「自立した人間として他者と共によりよく生きる」と関連付けると,そのような解釈もできる,ということでしょうか.

*1:Iチャートは縦線を引き,その左右で異なる視点を書き出します.Yチャートは領域(視点)が3つ,Xチャートは4つです.

*2:道徳が教科である前は,「教科書」ではなかったのですが.