わさっきhb

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大坂なおみのモラルジレンマ

 テニスツアーで,何があったかについては,wikipedia:大坂なおみより:

ツアー再開後の復帰戦、ウエスタン・アンド・サザン・オープンではベスト4するも、ウィスコンシン州で起きた黒人襲撃事件(ジェイコブ・ブレークへの銃撃事件)に抗議する意を込めて翌日の準決勝を棄権すると発表した。しかし、大会側も同意で大会日程を1日延期することを表明したため出場を続行。準決勝でも勝利して決勝に進出したが、この試合で負傷し、決勝は棄権した。

 この準決勝,決勝でそれぞれ,大坂選手が棄権を表明したことに関して,道徳の「モラルジレンマ」に基づいた授業を組み立てることができるのではないかと思いました.
 「モラルジレンマ」について,久しぶりに検索すると,以前に読んだことのない情報が,上位に出ていました.

 モラルジレンマを扱った,当ブログの記事です.

 ところで,学習指導要領やその解説には,「モラルジレンマ」という表記は出てきません*1.もっとも近い言葉は「葛藤」です.平成29年告示の(解説のつかない)小学校学習指導要領の道徳では,教材の留意点として,「人間尊重の精神にかなうものであって,悩みや葛藤等の心の揺れ,人間関係の理解等の課題も含め,児童が深く考えることができ,人間としてよりよく生きる喜びや勇気を与えられるものであること。」が一つの項目になっています.詳細は『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編』のp.104以降で読むことができます.また,(解説のつかない)指導要領の他の項目として,道徳教材におけるスポーツの活用があげられており,解説のpp.102-103では「例えば,オリンピックやパラリンピックなど,世界を舞台に活躍している競技者やそれを支える人々の公正な態度や礼儀,連帯精神,チャレンジ精神や力強い生き方,苦悩などに触れて道徳的価値の理解やそれに基づいた自己を見つめる学習を深めることが期待できる。」とあります.「苦悩」に,「葛藤」を含めてよいのかもしれません.
 ここまでざっと読んだ上で,大坂選手の件を「モラルジレンマ授業」にできるかというと,容易ではなさそうに思えてきました.まず,準決勝の棄権については(報道からも,またWikipediaのリンクからも分かるように)「Black Lives Matter」への理解が避けて通れません.決勝のほうは,「負傷を理由に棄権するか,負傷を押して出場するか」という対立で表せるのですが,そう考えるのなら,大坂選手を持ち出す必要はなく,フィクションの人物名でもって,ストーリーを作るべきなのかもしれません.
 ここからは上記と直接関係のない(個人的に考え直す機会となった)話です.「モラルジレンマ」で検索して,紀要論文を2つ,見つけました.

 前者のタイトルには「モラルジレンマ」の言葉がないものの,「二値的課題」がモラルジレンマと密接に関係し(文献から離れて,上に書いた「負傷を理由に棄権するか,負傷を押して出場するか」が該当します),二値的課題とそうでない課題の状況は表2で整理されています.
 それと,2つの文献で共通して,「モラルジレンマ批判」の書籍を紹介しています.

 批判を,山下(2018)のほうから取り出すと,「資料の内容が現実とかけ離れていること」「選択肢や考え方を限定して思考させていること」です.そしてこの文献では,懸念事項を挙げた上で,筆者の大学の担当科目で,モラルジレンマ資料を学生に作成させたという展開にしています.藤川(2017)では,批判とそれに対する見解はpp.3-4にあり,見解の結論となるのは,2節の最後の段落の「モラルジレンマの手法のように二つの選択肢のいずれかを選択させる展開に見えても、「広く多面的に考えること」が可能となるような展開は十分に考えられることがわかる。」のところです.

*1:「モラル」は,「情報モラル」という用語で多数出現します.