金曜日は,母の家へ行くことはありませんでした.
なのですがある事情で,大阪に出ました.
阪和線で天王寺まで行き,地下を降りて降りて,大阪メトロ御堂筋線のホームへ.新大阪行きが出た直後でしたが,少し待てば,次の電車が来ました.
「箕面萱野行き」という音声アナウンスを,耳にしました.
wikipedia:北大阪急行電鉄で確認できるとおり,箕面萱野は3月23日開業の駅です.
母が,この行き先の電車に乗って,千里中央より北に行ったとは,考えられません.しかしテレビ報道などで,この延伸については,知っていたはずです.
用件は忘れましたが,小学生のとき,母に同行する形で千里中央に行くことは何度かありました.難波駅で乗車券を買うとき,江坂から先の表示が(大阪市営地下鉄ではないため)異なり,2つの路線の運賃の合計なので高くなっているのを見て,驚きました.
自分にとっては,物心ついたときから,北大阪急行は,江坂-緑地公園-桃山台-千里中央でした.とはいえ,開業時の千里中央駅は現在と異なる位置だったことや,wikipedia:万国博中央口駅については,PCを通じて,見ることができます.
母が,大阪市内などに住む親類と,「万国博中央口行き」に乗って会場に行っていたことも,十分に想像がつきます.
ところで母は,行き先に応じて,車と交通機関を使い分けていました.自分が生まれる前より運転免許を持っていました.後期高齢者になったときに「免許証,返したで!」と電話が来ました.晩年は(先月のひらパーも),車の2列目以降に座って,車内で会話を楽しんでいたものでした.
和歌山は車社会と言われますが,和歌山市内の主要なところには,電車・バスが走っています.このことを再認識したのは,通夜での,ある親類の発言でした.